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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第一章 環境適応のススメ編
30/53

異形襲来

お待たせ致しました。どうぞご賞味あれ。



 早朝、ロレインカム防壁前。それを最初に見付けたのは、ロレインカムの門番、ビーチフラットだった。


 何時ものように起床し、何時ものように洗顔と歯磨きを終え、何時ものように飯を食べ、そして何時ものように出勤し、何時もの様に職務に就いた。日々漫然と行われゆくルーチンワークを今日も行い、同僚と馬鹿話に花を咲かせては先輩に見つかって叱られる。そんな、退屈だが平和な日々。今日もそんな一日であった筈だった。


 ロレインカムの町に敵国からの侵略は無い。あったとしてもこの町は国境線から遠いからだ。


 ロレインカムの周囲に凶悪な犯罪者は寄らない。犯罪者が集る程、寂れて久しいこの町に旨味は無いからだ。


 ロレインカムの外壁に魔獣は訪れない。食料という旨味を、昔のロレインカムの住人が乱獲し過ぎたからだ。


 食料が無い所に小動物は居着かず、より食料の豊富な土地へ流れていく。それは水が高い所から低い所へと流れるように自然な事であり、そしてロレインカムは豊富な土地の中に突如出来上がった絶縁地帯のようなもの。乱獲されて消えた栄養度の高い餌を求めて小動物はロレインカムから離れ、小動物を餌とする捕食動物も付随して消えた。その捕食動物をも餌とする大型肉食獣がロレインカムから離れるのは、極々自然な道理である。


 故に、ロレインカムの周囲に魔獣は少ない。居ないと言っても良い程に。


 そんな状況に置かれた門番が、平和に浸ってしまうのも無理は無いだろう。門の外に立ちながら今日の夢を話し、冒険者を見送りながら昼の献立を夢想しては腹を空かせ、陽が落ちるのを見届けながら晩飯に思いを馳せたとしても、彼らを責める事は出来ない。


 怠慢と言えば怠慢になるだろう。不忠勤と言えば不忠勤だ。だがその平和が何年も続き、その間にも門番としての職務になんの問題も生じなかったのなら、明日もまた平和だと思ってしまう事は仕方の無い事だった。


 それは、ビーチフラットも例外では無い。


 夜勤として門の外を見張りながらずっと立ち続け、今まさに交代しようと出勤してきた同僚を相手に引き継ぎをしていた矢先、彼は目撃する。


 ロレインカムの街並みを背にした門の向こう。朝日に彩られた草原を二つに分断した土の道の上に、それ(・・)は居た。


 白い幼女。それを見てビーチフラットが最初に抱いた感想は、白色の幼子だった。真綿のように白く、夏雲のように白く、朝霧のように白く……、そして深雪のように白い童女。何処から何処までも、何処を如何したって、さながら塗りたくられたように全身が真っ白な生物だった。あからさまな不純物が付着していなければ。


 それだけならビーチフラットも驚きはしなかっただろう。精々が変わった容姿の子だな、と思うだけである。では何が彼を驚愕に身を強張らせたのか。それは、余りにも白いその生物が、どうしようもなく異形であった事に尽きるだろう。


 毛羽立った白い毛髪は全身を覆わんばかりに長く、そして広がっていた。頭部に小さくも主張している二対四本の突起は恐らく角。毛羽立った毛髪の下に見える顔は幼女のように幼くありながら、一対二つの眼が怪しく光っている。人で言えば白目の部分が黒く、黒目の部分が赤い、おぞましさすら覚える瞳。その下に備えられた口には鮮血が付着しており、幼女に似付かわしくない牙をたまに覗かせていた。鮮血が付着しているのは、体に相応しくない程大きな両手に抱きかかえられたボイドウルフを生のまま食しているからだ。ぼりぼりと、ごりごりと骨が噛み砕かれる音がビーチフラットの耳にまで届く。


 白く、巨大な手で、ボイドウルフを生のまま齧る少女。それだけならばまだ良い。色彩が異常で、衣服を纏っておらず、未発達に細い両足ではあるが、彼女は人型を取っていた。彼女の容姿の異形さがそれだけならば、まだマシだった。


 何よりも異形なのは、彼女の腰から生えた尻尾だ。いや、それは尻尾と言って良いものか。腰回りの太さをそのままに3m程延長したかのような、蛇のように鱗の生えた尾。その発達ぶりと強靭さを見せつけるように、白い幼女は二本の脚を大地に着けておらず、尻尾のみで自重を支えていた。これでは、【人型で尻尾が生えた生物】では無く、【半人半蛇の下半身に足が生えた生物】のようだ。


 半人半蛇と言えば蛇足族という種族もそうではあるが、彼の種族に足は生えていない。では有鱗種かと思えば、彼の種族は完全二足歩行で尻尾もそこまで長くない。


 該当する種族の無い、今目の前でボイドウルフを齧り続けているこの生物は、いったい何なのか。こんな生物、ビーチフラットは見た事も無ければ聞いた事も無かった。


 否。聞いた事なら、有った。


 ビーチフラットの所属する組織の上部に位置する、新兵の訓練とちょっとした捜索依頼の為にロレインカムを出発し、そして二日前に返ってきた男の報告を、彼は昨日、上司から聞かされたのだ。



 ――被害地域の村民から聞けば、現場の近くに白い蛇の抜け殻が落ちていた。それは、人の胴体程もある大蛇の抜け殻のようだったらしい。


 ――被害現場に一番近い森の中には、確かに白い大蛇の抜け殻が落ちていた。何本もの白い体毛と共に。


 ――ボアウルフの死骸を発見。齧った痕跡や付近の状況から見て、捜索対象物である可能性が高い。種族不明の人骨も発見した。該当生物による被害かは未定。


 ――ロレインカム近く、西の草原地帯にて、ヒョウモンゼブラの死骸を発見。血痕から見て二体居たと思われるが、死骸は一体。それも上半身のみ。もう一体は恐らく骨まで食されたと推測。さしもの該当生物も、ヒョウモンゼブラを二体丸々食す事は、腹か舌かが許さなかったのだろう。それでも一体半食べた事に驚愕を禁じ得ない。


 ――集めた見聞を統合すれば、人を食す可能性も生じ始めた為、この該当生物を危険度Bランクとして再捜査を行う。


 ――この該当生物の名は、【齧り取る蛇】。冒険者ギルドがそう呼んでいる為、我々も暫定的にそう呼称す。



 記憶を辿ったビーチフラットは硬直した身体をそのままに、眼前の異形に視線を這わす。頭髪……、毛……、白……、蛇……、牙……。彼の脳内で情報が統括され、一つの結論が導き出された時、ビーチフラットは手に持つ槍を構え、口を大きく開いた。



「魔物だあああああああああああ!! 魔物が出たぞおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 町の平和は乱され、異形はゆっくりと動き始める。




 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲




 カンカンカン、と耳を(つんざ)く金属音がロレインカムの町に響き渡る。それは警鐘。危険を知らせる鐘の音である事は、町の誰もが理解した。早朝であった事もあり住民の多くは家の中で、警鐘に跳ね起きては窓を閉めてドアに鍵をかける。荒事を得意とする冒険者達は野次馬のように我先にとロレインカムの門へと向かい、しかしそれぞれの手にはしっかりと己が得物を掴んでいた。


 誰しもが理解した。緊急事態だと。

 誰しもが察知した。非常事態だと。

 冒険者の誰しもが殺気立った。稼ぎ時かもしれないと。


 一人の男を除いて。



「だあああああああ!! ウゥルッッセェなァッ!! なんだぁこんな朝っぱらから酔っ払った何処ぞの馬鹿が騒いでんのか!! 今何時だと思ってやがんだ即刻打首獄門晒し首にしてやらァッ!!」



 町に響き渡る金属音は宿屋【コーカサス・ド・レッド】の窓を容易く貫通し、深く沈んでいた紅朗の意識を蹴り出すように夢から追い出した。飛び起きると同時に怒鳴る紅朗ではあったが、その怒りは持続しない。起き抜けはどうしたって意識は低迷しているし、なにより腹が飢えている。怒鳴り声は空きっ腹に響くし飢えを促進させる行為だ。起き抜けの怒りと同様に急速に萎んでいく紅朗の覇気。


 警鐘の音は五月蠅い事には五月蠅いが、そこは現代日本人である紅朗。工事現場程では無いので無視出来るレベルだ。流石に二度寝は出来ないが、それは音が無くても目覚めた腹が許さない。こうして紅朗が金属音によって目覚めたのだから、ソーラやテーラも起きているだろう。そう判断した紅朗は、ソーラ直々の朝食(魔力)を貰おうとベッドから立ち上がり、しかし彼がドアノブに触れるより早く部屋の扉が激しく叩かれた。



「クロウ、起きてる!? 非常事態が発生したわ!! クロウ!!」


五月蠅(うるさ)い」



 がちゃりと開きしな、扉の前に居るソーラに一言。だが彼女は一人では無く、姉のテーラと共に全身フル装備でスタンバっていた。何かに大分意気込んでいるようで、二人とも息が少しばかり荒い。



「なに、二人してどうした。今日って祭りでもあるんか?」


「そんな事言ってる場合じゃないんだって! 警鐘! 非常事態発生!」


「ロレインカムの門の辺りが騒がしいの! 多分、魔獣が現れた!」


「あぁそう。そんな事よりも俺、腹減ったんだけど……」



 鼻息荒く端的に説明する二人を尻目に、紅朗はレガースを装着する。寝巻を使用しない紅朗はズボンもシャツも着たまま寝るので、特に着替える必要も無いのだ。ましてや長年一人旅してきた男であり、現在使用しているベッドは粗末なもの。素肌を晒してチクチクしたベッドに寝るぐらいなら、ゴワゴワした服を着たまま寝る。異郷の地を一人旅する男の服装観念なんてそんなものだ。



「今はご飯を食べてる暇無いんだってば!!」


「それに今紅朗に魔力を上げたら私が動けなくなるでしょう!?」



 宿を出る準備はレガースを着けるだけではあるが、如何せんながら紅朗は寝起きで空腹だ。しかし残念な事に現状は紅朗が思っているよりも深刻なようで、訴えも虚しくソーラとテーラはそれぞれが紅朗の腕を握って引きずり始めた。



「いやちょっと待って、そんなご無体な……あぁもう……」



 空腹と寝起きでやる気の欠如した紅朗は、言われるがまま引きずられるがまま、宿を後にする。彼の背中にはただただ悲壮感だけが圧し掛かっていた。




 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 紅朗達がロレインカムの門、つまりは警鐘が鳴らされた騒ぎの中心地に着いた時。そこには阿鼻叫喚が渦巻いていた。ロレインカムの門を護る門番は全てが倒れ伏しており、鎧はひしゃげ、全員何処かしら体の一部が曲がってはいけない方向に曲がっている。外と中を隔てる壁に埋まっている者までいる始末だ。我先にと騒ぎに先着した者なのか、被害者の中には何人か冒険者も混じっている。


 そしてその中心に、魔物と呼ばれた白い異形が居た。3m余りの長い尾で自らを支えながら、器用にも冒険者の一人を絡め捕り締め上げて。


 そんな中でも幸いな事だと言うのならば、重傷者は居れども死傷者は出ていないという事だろうか。そこかしこに倒れ伏した者達は全員が一様に何処かしらの骨を砕かれてはいたが、呼吸はしているようで胸が動いている。痛みに呻く者もいれば微動だにしない者もいるので、気絶しているか否かの差はあれど、死者が出ていないのは幸いと言っても良いだろう。


 いや、逆に死者が出ていない方が問題なのかもしれない。何故ならばそれは、(くだん)の白い異形が魔物同然のように振る舞う事無く、つまりは人を殺す程の力を用いずとも周囲の敵を沈黙させられる程の実力を有している表れなのだから。見れば白い異形の体に何一つ傷は無く、汚れも口元の血痕を除けば移動跡だろう土埃以外着いていない。その口元の血痕だって、未だに抱えている獣の身体の一部を見れば一目瞭然。獣を食した痕跡に過ぎないのだ。


 異形は、一切本気を出さずして、鎧袖一触同然に敵を掃ったのだろう。周囲の被害者をよくよく見てみれば、異形に直接やられたであろう外傷は身体の一部、砕かれた骨でしか無いのだから。恐らくは、埃を掃うようにその強靭な尻尾で弾いただけなのだろう。


 であれば、今現在異形の尻尾に巻き付かれて締め上げられている真っ最中のあの冒険者は、掃われずに巻き上げられてしまった、残念にも不幸な生存者だ。



「可哀想に。あいつ絶対今日の運勢最悪だぜ。俺の国だったら朝の占いで今日一日引き籠るよう言われるレベル」


「バカな事言ってないで! 早く助けないと!!」


「助けるったって……どうやって?」



 異形の締め上げは余程キツイのか。酸欠に加えて骨が内臓を傷付けたのだろう顔を真っ赤にして吐血し始める冒険者。その冒険者を絡め捕っている白い異形の周りには、多数の血気盛んな同業者達が各々の得物を手に、じりじりと間合いを詰めている。紅朗達は、野次馬染みたその冒険者の群れの外側に居た。巻き付けられた冒険者を助ける為には、まずこの同業者達の波を掻き分けなければいけないのだが……



「俺は嫌だぜ。面倒臭いし、腹減った」



 紅朗は特に動くつもりは無いらしく、ソーラとテーラの細腕では冒険者の波を掻き分けられそうに無い。ではどうすれば良いと言うのか。現状では傍観以外に取れる手段は無いだろう。


 幸いな事に紅朗達や他の冒険者達がどうにかする前に、かの不幸な冒険者は放り投げられて締め上げから解放された。例えそれが周囲の冒険者目掛けた銃弾扱いであったとしても、そのまま絞殺されるよりかは生きているだけで充分過ぎる。そして重荷を捨てて身軽になった異形は、周囲の殺気立った冒険者達を一掃し始めた。


 異形の取った行動は、自重を支える尾っぽの一閃でしかない。しかしそれが齎した結果は感嘆たるものだ。


 まず人を打つ音が尋常では無い。自重を支え続ける生活がその強靭さを育んだのか、さながら巨大な丸太が氾濫した川の濁流に乗って来たかのような、凄まじい衝撃が冒険者達を襲った。紅朗がその脳裏に自然災害を思い浮かべる程の衝撃は、容易に冒険者達の骨を砕き、剣を折り、盾を割り、鎧をひん曲げる。それ程の質量を伴った猛威。人によってはクリティカルを貰って吹き飛び、壁に激突する者まで出る始末だ。成程、故に最初の光景が生まれたのか、と紅朗は頷く。


 きっと、異形の尻尾には見た目以上の筋肉がぎっしりと詰められているに違いない。破壊力で言えば蛇以上だ。尻尾が振るわれた時に生じた風圧は相応の風切り音を伴い、冒険者の峰を越えて紅朗の肌を撫ぜたのだから。


 こっちの世界(妖精郷)には色んな生き物が居るんだなぁ、と紅朗は改めて感心しつつ、ふと疑問に首を捻らせてソーラに訊ねた。



「所でアレ、どういう種族? ていうか魔物でいいの? 人型っちゃあ人型してるけど」



 その疑問は、紅朗とこの世界の住人達との間に引かれた大きな隔たりの全てが内包している。


 紅朗が現状に今一危機感を持てないのは、別に彼の性質に由来するものだけでは無い。確かに飢餓感は拭えないし、朝一ならではの倦怠感は残っている。だが危険が迫れば彼だって相応に動くし、対処だってしない訳じゃない。


 では何故今、それをしないのか。紅朗には、ソーラ達のような文明的な種族と、ボイドウルフのような魔物との線引きが出来ていないのだ。


 今現在、周囲の殺気立った冒険者達が己の得物を振り回しながら魔物だ魔物だと叫んでいる。その魔物とやらが中心の白い異形である事ぐらいは、紅朗にだって理解出来た。だがどうだろう。白い異形は、長い尻尾や衣服を着用としていない点を除けば、人型なのだ。


 体形としてはラミアという半人半蛇に近いが、ラミアに足は無い。紅朗の知識内において白い異形に一番近い形の生物を実在非実在関係無く考えれば、特撮怪獣でとしてハリウッドデビューも果たしたゴジラか、あるいはリザードマンぐらいだろう。両者を比べてみれば、白い異形の肌は滑らかだし尻尾は長いし、足においては足としての機能を全く有していないぐらいに細いが、まぁ縮尺を弄ったゴジラかリザードマンと言えば、それが最も近しいイメージだ。


 つまり、人型だ。それも空想生物よりも人寄りの。それをはたして魔物と呼んで良いものか、紅朗には判別が付かなかった。



「それは……」



 そんな疑問に、しかし狐兎族の頭脳担当ソーラであってしても首を傾げて言葉に詰まる。さしものソーラであっても、白い異形の情報は何一つ持っていなかった。



「いや、あれは魔物でしょ」



 そこで頭脳担当に代わり、答えたのは体力担当のテーラ。いやにきっぱりと断言する様から、彼女にはそう言える程の根拠があるようだ。



「だってホラ、あんなに暴れてる」



 違った。直感的思考(バカ)特有の、何の根拠も無い自信だった。まさかの発言に、やれやれと紅朗が頭を振るうのは致し方無いだろう。



「なんですか、テーラさんは暴れてる何かを見たら魔物だと思えと教育されたんですか?」


「うん。人を害する動物は直接だろうと間接だろうと、魔獣や魔物と呼ばれるって婆ちゃんが言ってた」



 皮肉のつもりで放った言葉は、まさかの肯定を返され。



「確かにそうだけど……」


「え、『確かにそう』なの……?」



 そしてまさかの同意が得られてしまった。


 なんだそれはと紅朗が頭を抱えるのも無理は無い。よもやまさか、狂暴か否か、有害か否かで、魔獣かそうでないかを分別しているとは、紅朗は思いも寄らなかった。極論だ。暴論も良いトコだ。であれば町中で暴れ出した酔っ払いも魔獣に分別されてしまいそうな程のザル理論だ。



「いや、もうちょっとこう……なんかあるだろ。魔目魔物科魔獣属とか、明確に線引き出来る決定的な違いが。それだと畑荒らした猪ですら魔獣に分類されそうじゃねぇか」


「クロウ、それは魔獣だよ」


「そうね、魔獣だわ」



 テーラとソーラの言い分を真に受けると、どうやらこの世界の分類学は余り発達していないようで、日本で言う害獣の事をこっちでは魔獣と呼称するようだ。いやきっと分類学の概念自体無いのだろう、こうまでカテゴライズされていない大雑把な見分け方なのだから。



「……蛮族か」



 吐き捨てるように呟いた紅朗の言葉は、誰にも拾われる事無く霧散した。紅朗の声が小さ過ぎた事に加え、近くに居る耳の良い狐兎族姉妹にも言葉として拾えない程、眼前の戦闘は激しくなりつつあるからだ。


 怒号が飛び交い、風が抉れる音を掻き消す金属音。そして響く悲鳴。肉の打つ音と瓦礫と化す壁の一部。冒険者達は一向に白い異形を傷付ける事が出来ないまま、時間と共にその数を減らしていく。先程まで鬱蒼と茂る森の木々のように冒険者達で遮られていた視界が、間伐されたかのように拓けていく。


 ロレインカムの門付近に到着した当初では所々しか見えていなかった異形の全体像が今、ようやっと紅朗の目にも映るようになった、その時だった。白い異形と紅朗の目が合ったのは。


 紅朗は異形を見、異形もまた紅朗を目視する。その瞳に映る感情を、なんと呼ぶべきだろうか。


 互いに初対面である筈の二人。紅朗にとってみれば今立つ場所は全てが異郷の物であり、建造物等の人工物は地球にも似たようなものはあれど、そこに住まう種族は全てが初めて見るものだ。ましてや、眼前の白い異形など見た事も聞いた事も無い。


 にも関わらず、白い異形が紅朗に向ける表情の色は、なんだ。驚愕に目を見開き、安堵に口元を緩ませ、眉尻を下げて不安を映し……。まるで――その顔はまるで、迷子が親を見付けた表情にも似ていた。



「――グル……」



 その音に意味はあるのか。ここに来て初めて発された、白い異形の絞り出された声。擦過音のような独特の擦れを含んだその声は、到底人の発する声では無い。舌や口の開き具合を複雑に組み合わせて作られた音では無く、喉の奥を震わせて鳴らす原始の音。それでも何故か、その音に威嚇等の敵に向ける感情が全く込められていないように紅朗は感じた。


 そして、突然の跳躍。長い強靭な尻尾をバネのように伸縮させた跳躍は、見事冒険者の波を飛び越えて異形は紅朗の前に着地する。ドスン、と地面を震わせる着地音は異形の重量を感じさせ、それでも異形の脚は地面に着いてはいない。3mもの長い尻尾を持ちながら、凡そ2mもの高さまで自身を弾き上げ、4~5m程の距離を跳んだのだ。その事実だけでも異形の尻尾が持つ性能は目を見張るものがあり、且つそれだけの高さと距離を跳んだのなら着地の衝撃と負荷は相応のものになるだろう自重を、尻尾一つで完璧に支え上げた。本当に、尻尾だけで移動するタイプの生命体のようだ、と紅朗は驚愕と共に感心を抱く。


 対して異形は、紅朗の関心を他所に鼻を鳴らしていた。顔の骨格や造りからして人の造形に近い異形ならば、鼻もあるだろうし、であれば嗅覚も備わっているのだろう。顔を自分に寄せてスンスンと鼻を鳴らす異形に困惑を抱いた紅朗だが、ぱっと顔を離した異形の笑顔に、更に困惑は深まる。



「――オ、とウさン!」



 大困惑である。


 ちょっと待って欲しい。今、目の前のコイツ(異形)は俺の顔を見てなんて言った。オトウサン? おとうさん? おとう……父さん!? 


 突如として放たれた驚愕の新事実に、表情まで困惑に固まる紅朗。それは周囲も同じようで、紅朗が顔を上げてみれば今さっきまでの怒号が嘘のように静まり返って此方を見る冒険者達。傍らの狐兎族姉妹も揃って目を見開いて大口を開けていた。



「………………俺が?」



 呟かれた紅朗の言葉が、音が鳴る程静かな世界に響き渡る。






・ビーチフラット


 ロレインカムの門を護る門番。職種の分類としては公務であり、いわば地方公務員である。


 他に決まっている設定は無いです。



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