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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第一章 環境適応のススメ編
3/53

狐兎族の姉妹



 テーラとソーラという双子の姉妹がいる。


 この二人は狐兎族の娘であり、冒険者ギルドに所属するDランカールーキーだ。


 狐兎族とは兎のような長く丸い耳と狐のような尻尾を持つ種族であり、比較的臆病な性格の持ち主が多い。その性格に由来してなのか非常に集音性の高い形状をした耳は周囲の索敵に長けており、ある地方では【森の隠者】とまで言われる程に姿を捉えさせない事で有名な種族だ。そんな種族の双子だが、ことこの双子は他の狐兎族と少し違う毛質を持っているようだった。


 冒険者ギルドとは、冒険者の為の互助組合のようなものである。冒険者とは字の如く【冒険】を生業とする者。未開の地に足を踏み入れ開拓する者もいれば、遺跡を調査し歴史を掘り起こす者もいる。獣を狩る事もあれば、魔獣に狩られないよう護衛任務に就く事もある。対象者を護り、獣を狩り、場合によっては野盗などの人とも殺し合う事だってある。誤解を恐れずに言うのであれば、金さえ払えばなんでもやる傭兵みたいなものだ。そしてその職業上、必然的に荒くれ者が多くなってしまうのは致し方ない事なのだろう。


 そんな荒くれ者の巣窟に所属する狐兎族だ。一般の狐兎族と同じ臆病者では勤まらない。


 姉のテーラは勇猛果敢。黄金色の髪を肩口でばっさりと切った活発な少女だ。猫のような碧眼で真っすぐ前を見据え、高めの敏捷性で詰め寄り剣で切る、典型的なヒット&アウェイ型のアタッカーである。


 妹のソーラは冷静沈着。灰色に近い白の髪を背中まで伸ばし、三つ編みに結んだ少女。切れ長の赤眼で隙無く周囲を見渡し弓と短剣で敵を仕留める、遠距離対応型のサポータ―だ。


 二人は共に、狐兎族特有の性質よりも、外への好奇心が勝る、一風変わった性格の持ち主であった。故に彼女らは故郷を飛び出し、こうして冒険者ギルドに所属している。


 そんな二人であったが、彼女達は今、危機的状況に見舞われていた。



「武器を捨てて跪け。そうすりゃあ命までは取らねぇからよ」



 山賊である。十二名までの少数からなる狼牙族主体の山賊だったが、初手で痛手を負ってしまった今、魔の手から逃れる事は難しいだろう。逃げ道を塞ぐように囲まれている。


 ギルドの依頼板に常駐している薬草採取の任に就いた二人だったが、手持ちが薄かった事が災いした。女二人旅だ。眼前に立つ山賊達のように、こうして下卑た目で舐めるように見つめられる事は多々ある事だった。だから荒くれ共と余計な小競り合いはしないように努めてきたし、この薬草採取の依頼だって十分な下調べをして安全マージンをとったつもりだった。山賊や魔獣の被害や目撃情報のまるで無いエリアを選んだ筈だ。だから、油断した。矢の残数は9。いきなり襲い掛かられてテーラの剣は叩き折られた。隠れた弓兵に片足ずつ射られた。この足では町まで到底逃げ切れないだろう。


 絶体絶命。そんな言葉がソーラの脳裏を過ぎる。


 厭らしい視線をそのままに、山賊の手が此方へと延びる。此処から、自分達の人生は転がり落ちるように奈落の底へ向かうのだろう。自慢では無いが、自分達はまずまずの容姿をしていると自負している。故に、まずは慰め者にされる。そしてどこぞの貴族に売られてしまうのだ。そこで身体が壊れるのが先か、精神が壊れるのが先か。


 そんな拙い末路を辿るぐらいならば、自らを犠牲に、この山賊共と心中してくれよう。背負う矢筒の中には九本の矢。懐刀の存在は未だ知られていない。威力は弱いが、目晦ましぐらいにはなる。十人ぐらいなら道連れに出来る筈だ。いや、しなければならない。それで姉のテーラさえ生き延びれば、私達の勝ちだ。


 そう、ソーラが命を懸けようとした瞬間……



「ぎゃぁぁああああああああああああああああ!!」



 と、悲痛な叫びが森に響き渡る。


 思わずソーラが、そしてテーラも声の響いた方へ視線を向けた。視界の端で山賊達も目を向けている事を確認して、これが山賊達の作戦では無い事をソーラは理解する。


 山賊達と双子の視線が一箇所に集まる其処からは、やがてガサガサと物音を立てて一人の男が進み出てきた。



「安心、してくれ……。後遺症が残る、怪我は、させてない……」



 息も絶え絶えに、フラフラに体を揺らせて出てきた男を、双子は知らない。


 赤錆色の髪を振り乱したかのような、長髪の男だった。170cm後半、中肉中背の男。全身に走る擦過傷と打撲痕、青痣どころか紫斑の痣と黒く乾いた血液が男の異常さを物語らせている。俯きがちの顔からは黒い瞳が此方を覗き込み、満身創痍の体には似合わない、研ぎ澄まされた刃のような、あるいは手負いの獣のような意思を持った吊り目が、油断なく辺りを睨み付けていた。


 そして何故か全裸。


 双子だけでなく、男の全身像を見た山賊達も思考が止まった。


 もう一度言おう。男は全裸である。


 先の悲鳴はなんだ? ていうかお前誰よ。その前にその体はどうした事だ? というかなんで全裸なんだ!?


 双子と山賊達の思考は、凡そこの四つで満たされた。そんな彼らの思考に割り込んだのは、先ほどと同程度の音量で響く悲鳴。見れば、彼の足元には双子と相対する山賊達と同じ格好をした男が、彼の足によって大地に縫い止められていた。近くには弓が落ちている事から、その男が自分達の足を射ったのだろうと双子は推測した。


 そして、成程、と。先の赤髪の男の台詞は、その足元の男の事を指していたのだと全員が察する。赤髪の男の足。その親指の爪が山賊の背中に食い込み、見えなくなるほど埋まって、それで喉が焼き切れんばかりの悲鳴を上げているが、後遺症は残らないと男は言ったのだ。



「――取引を、しよう……」



 足の指で悲鳴をコントロールした男は、悲鳴と悲鳴の間で、その場にいる全員に聞き渡るように言う。



「どっちかに、加勢、してやる……。事が、成った暁、には、食いもんを、寄越せ……」



 ふらふらの身で、今にも倒れそうな体で、しかし彼ははっきりと全員に告げた。意思を持った言葉で、絶対に成し遂げてみせると決めた瞳で。ギラついた眼で、彼は両者を真正面から見据えた。上げた顔は、狐よりも狼よりも獣のようで……。



「はぁ!? てめぇそんなフザケたナリで――」


「私が契約しよう!!」



 だからなのか、あるいは藁にも縋るように、ソーラは声を上げた。テーラの驚愕に満ちた顔を横目に、彼女は渾身込めて誓いの声を張り上げる。



「必ず君の腹を満たしてみせよう! だから私達を――」



 ソーラの言葉は、最後まで続かなかった。凶刃が塞いだのでは無い。爆発音にも似た、赤髪の男の踏み込みが遮ったのだ。足元の山賊を意に介さず、ばかりか山賊ごと土にめり込ませ、砂塵を後方に削り上げて撒き散らす。その音に遅れて、ソーラは確かに聞いたのだ。



「……了解っ!」



 一挙動で男は自身の背丈を超える程の跳躍を見せ、山賊の垣根を越えて双子の前に右足で着地。そのままの勢いで、彼は左足を鞭のように振り回した。


 ――まるで木っ端のようだ、とテーラは思う。


 山賊と自分達の間に着地したかと思えば鞭のようにしなる足を一振るい。たったそれだけで、まるで木っ端のように周囲の山賊が飛んだ。あの凹んで、捲れ上がった大地を見ればそれも当然かもしれない。それ程の脚力を有しているのだろう。後はもう、十秒にも満たない短い時間で終わったように思う。肋骨が圧し折れる音、鎖骨が蹴り砕かれる音、膝を踏み潰される音。まるで屠殺場で豚の骨を折った音を濁らせたかのような、耳障りの悪い音が数回響いた。ただそれだけで、自分達の周囲に立っていた山賊達が、文字通り蹴散らされていた。


 残りは、山賊頭らしい奴と、その側近ぽい二人。たかだか一分足らずで双子の危機は翻り、残り三人になった。その三人にとっても予想外だったのか、呆気に取られて口を開き、眼をひん向いて男を見ている。足元の山賊達はそれぞれが何処かしらの骨を砕かれていて、呻き声を上げるばかり。酷い者だと口の端から血の泡を吹き溢していた。恐らく、首を折られたのだ。



「俺ぁさぁ、死に掛けってぐらい、腹が減ってんだよ……」



 赤髪の男が山賊頭に向けて歩みを始めた。



「腹が減るとイラつくんだよ……解るだろ……?」



 酷くゆっくりとした足取りだ。体は矢張りふらふらで、右往左往と揺れていて。水分も不足しているのだろうか、吐息には擦過音が混ざっていた。



「だからさぁ……さっさと……」



 痣か擦過傷か、たまに痛むのだろう。一歩進む度に体の何処かを曳き付かせる男はまるで……否、正しく――



「飯の為に蹴り殺されろよ」



 飢えた獣に良く似ていた。


 勝利を確信した獣は無造作に足音を立てながら賊徒に近寄り、足を一閃。山賊頭も残りの側近っぽい二人も、纏めて大地に転がされる事となった。辺りには微かな血の香りと低い呻き声のみ。助けられた形となった狐兎族の娘二人も、声を失っている。まさかこんなにも早く決着が付くとは思いもしなかったのだろう。不気味な静寂が辺りを包んでいた。


 その静寂を断ち切ったのは、双子の狐兎族でも赤髪の男でも無い。



「フゴルルルルルr……」



 そう、鼻息荒く現れた第三者だった。


 体高約180cm。焦げ茶色の硬い毛皮は名工によって研ぎ澄まされた剣を弾き、皮下の分厚い脂肪は衝撃を分散し骨にさえ届かせない堅硬な鎧と化している。口から露出している牙は鋭く上を向き、まるで斧が生えているようであった。丸々と肥えたその推定体重は凡そ900kg。トンにさえ届くかもしれない。その全体重を斧のような牙に乗せて突撃しようと、赤髪の男に蹄を向けるその獣の名は……



「ボアウルフ……ッ!!」



 血の匂いに誘われたのか鼻息は荒く、興奮仕切っている。眼前に立つ男を必ず仕留めるという獣の眼。ざりざりと土を引っ掻く蹄がその気合を表していた。その獣から見れば、赤髪の男は良い具合に弱った獲物に見えた事だろう。身体を支える力も無さそうにふらつき、肩で息をしているその様を見れば明らかだ。


 コレを今日の飯としよう、と獣は突進を開始した。


 テーラにボアウルフと呼ばれたその獣は確かに猪のようで、狼のようでもあった。体高約2m、体重約1tに迫るその体で突進する様は、鈍重そうに見える印象を見事に裏切り、異常に早い。まるで重装備兵の槍だ。いや、それでさえ過小評価なのだろう。息も絶え絶えに、命辛々なんとか獣の突進を避けた男の後方で、獣がぶち当たった樹が圧し折れたのだから。めきめきと繊維が千切れる音を上げて倒れた樹は、一般的な男性の胴回りよりも大きい。そんな事、重装備兵一人で出来る芸当では無い。


 樹を倒したボアウルフは、すぐさま赤髪の男に向き直る。突撃のダメージは無いのだろう、向き直ると同時に再度蹄で大地を削る。そんな化け物染みた獣を前にして男は、



「……ったくよぉ……」



 肩で息をしながら、荒い呼吸を隠す事無く、息も絶え絶えで、体をふらつかせながら男は、獣のような顔でボアウルフを睨み付けた。



「此処が何処かも解んねぇし……体は傷だらけで……、血が足んねぇ……。腹ァ減ってて涎も出やしねぇ。視界はボヤけるし、頭も上手く回んねぇ……満身創痍たぁこの事だわ畜生……」



 左半身を晒し、右半身を隠し、腰を落とす。頭は低く、次の動作で全力を出す為に身を縮こませる。この赤髪の男はボアウルフを迎え撃つ気だ、と双子の狐兎族は理解した。そして相対する獣も、人並みの知性が無いとはいえ、男の取った行動がどういう意味を持っているかは理解出来た。


 獣がもし言葉を持っていたのならば、こう思った筈だ。

――舐めやがって。ちっちぇガリが調子くれやがって。その鳥ガラみてぇな体で迎え撃つだぁ? ふざけてんじゃあねぇぞ。と。


 だが言葉を持っていないボアウルフは、それに似た意思を瞳に乗せ、蹄に乗せ、体に乗せる。充分な溜めの後に、その足元を爆発させた。眼前の鳥ガラ野郎へ、自慢の斧を叩き込む為に。


 足元を爆発させたボアウルフは、正しく爆発的な推進力をそのままに赤髪の男へ迫る。体重差で言えば比べるまでも無くボアウルフの完全勝利だ。力比べするまでもなくボアウルフによる文字通りの圧勝は目に見えている。このまま突き進めば、やがてボアウルフの牙は赤髪の男の肉を抉り、骨を砕き、内臓を潰すだろう。しかしボアウルフは確かに見た。眼前の男が……赤髪の男が、獣の顔をそのままに、確かな笑みを浮かべるのを。



「つまり絶好調だよ豚野郎」



 激突の瞬間、酷い音がした。何かがひしゃげる音だ。何かが砕かれた音だ。その音が、全身を震わせたのを狐兎族の双子は感じていた。先程、ボアウルフが樹に激突した時の音よりも大分大きい音だった。まるで土嚢袋に粘土を限界まで詰め込んで、崖の上から落として大岩に叩き付けられる様を、目の前で目撃したかのような音だった。激突の瞬間の音が、自らの皮膚を撫でた感覚。衝撃の凄まじさを体感した感覚。その震えの先にある光景を見たくなかったのか、狐兎族の双子は二人ともに目を瞑っていた。


 最早、赤髪の男の生存は絶望的か。そう思いつつ、恐る恐る瞼を上げる姉妹。その眼に飛び込んできた光景はしかし、彼女らの想像を覆すものだった。


 赤髪の男が、その両の足でボアウルフを止めているのだ。左足を軸に、右足を伸ばし、ボアウルフの鼻っ面を踏んで、それ以上の進行を見事に堰き止めていた。左足の後方には大地が捲り上がり、右足はボアウルフの頭部に足首までめり込んでいる。ひしゃげた口に牙らしきものは一つも無く、上顎は喉奥まで押し潰され、仕舞い切れなくなった舌が大きく放り出していて、異常な量の血が滝のように溢れ出していた。一目でボアウルフの生存は絶望的だと双子は理解した。


 赤髪の男はゆっくりと右足を引き抜く。ずぽっ、と水音を立てて引き出される足。その足一本でボアウルフの巨体を支えていたのか、最早死骸となったボアウルフはドズンと土埃を立てて横倒れた。


 場は完璧に沈黙した。息切れと流血の音だけが森の片隅を侵食している。


 ややあって漏れた音は、たった一つの双子の疑問。



「……あんた、何物?」



 黄金色の髪を持つ双子の姉テーラが、足に刺さった矢の痛みさえも忘れて声を漏らす。声をかけられた赤髪の男は、未だ体をふらつかせながら、言った。



「……石動紅朗。腹を空かせた旅行者だ」



 その男との出会いが、双子の狐兎族の人生を大きく狂わせる事を、二人はまだ知らない。




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