一日の終わり
お待たせしました。29話目です。どうぞご賞味あれ。
「……いた、いたたたた……」
「なに、そんなに辛いの? テーラ」
「いや、これが意外と使ってない筋肉使うみたいでさ。コレのまま日が沈むまで歩きっぱなしってのは、ちょっと無謀だったかなぁ」
夜の帳が下り始め、街灯がロレインカムの街並みを照らす頃。ソーラとテーラは冒険者ギルドの飲食スペースに居た。まだギルドの扉を開いたばかりで席に着いてはいなく、テーラは自らの両脛を擦り、ソーラはそんなテーラに不思議な顔をしている。
というのも、二人は今日、日が昇ってからロレインカムの町を北へ南へ西へ東へと歩き回っていたのだ。先日ゴブリンから聞いた、アルテリアという種族の目撃情報を探して。元々、寂れて久しい町だからか一日で町中を踏破出来るとは踏んでいたが、情報収集となるとやはり歩きっぱなしの立ちっぱなしだ。それだけなら日々の依頼等で鍛えられている双子の片割れであるテーラの足が痛がる事は無いのだが、それは今は諸事情で席を外している彼女達のパーティーメンバー、紅朗の言いつけをテーラが律義に守っているが故の事である。
バランス能力、つまりは体幹等を鍛える為の爪先立ちをテーラは今の今でもしっかりと守っており、その足のままロレインカムの町中を踏破したのだ。慣れない体勢で、慣れない筋肉の使い方をしながら、小さいとはいえ一つの町を踏破する。そりゃあ、足の一つも筋肉痛になるだろう。
だから、テーラがギルドに着くなり腰を落ち着けたがろうとしても、それは致し方ない事だ。
「取り敢えず早く座ろうソーラ」
「いや、でもクロウが」
「こっちの席に移ってもらったら良いじゃん。あぁもうダメ、足限界」
このギルドの飲食スペースで待っているだろうパーティーメンバーを探すソーラを置いて、テーラは近くの席に座り込んで膝を抱えた。擦っては揉み、揉んでは擦ってを繰り返して、彼女は自らの脚を労わる。対して彼女の妹ソーラは、テーラの近くに居ながらも座る様子は無く、きょろきょろと辺りを見回して紅朗を探していた。ギルドの飲食スペースは広大とは言えないが、依頼が終わって酒を飲む冒険者は後を絶たないようで、そんな冒険者達がソーラの視界を時折所々塞いでいるからか、どれだけ首を巡らしても紅朗は見つからない。
それもその筈。紅朗は冒険者ギルドを飛び出して行ったのだから。
「ようソーラ。クロウなら奴隷商館に行ったぜ」
それをソーラに告げたのは、190cmはあろうかという大男。灰色の体毛を蓄えた熊腕族のギルド職員、ガンター。依頼受付カウンターにて職務に励んでいた彼は、ソーラとテーラがギルドに入ってきたのを他の職員から聞いて、こうしてソーラの前に立っていた。
「奴隷商館? どうして?」
「俺が知るかよ。兎に角、クロウから言伝だ。『ディリーズ・ストリートの奴隷商館に行ってる』ってよ。言われたのは大体昼過ぎだ。じゃ、確かに伝えたからな」
ガンターはまだ仕事が残っているのか、伝えるだけ伝えてカウンターの向こうに戻っていく。今は夜の闇を避けて多くの冒険者が戻ってくる時間帯だ。ギルドとしては繁忙の時間帯。それの対応もあるのだろう。
取りあえず紅朗がギルドに居ないとの言伝を受けたソーラは、腑に落ちない表情を浮かべながらもテーラの隣に座る。テーラのように爪先立ちという鍛錬をしていないまでも、ロレインカム中を情報収取しながら回ったソーラもまた、少なからず足の疲労を抱えていたのだろう。席に腰を下ろすと同時に、深く息を吐いた。
「奴隷商館に行った、ねぇ……。何か用事でもあったのかしら?」
「そりゃあ、奴隷商館なんだから。奴隷を買う為じゃないの?」
「でもクロウ、奴隷を買うようなお金持っていない筈なのに……」
「別に直ぐ買わなきゃいけない道理も無いんだし、下見ぐらいでしょうよ。あ、すいませーん。エールとロシェーナくださーい」
近くを通り過ぎようとしていた給仕役の職員に声を掛けるテーラに、周囲の喧騒にも負けないぐらいの大きな声で返ってくる了承の意。程無くして運ばれくる樽ジョッキにテーラは破顔した。
「下見だけで済めば良いのだけれど……」
「ほらほらソーラ、そんな事今考えたって仕方ないじゃん。帰ってから聞けば――っと、噂をすれば」
不安げに顔を曇らせる妹を慰めるかのように樽ジョッキを傾けたテーラの視線の先で、件の輩がギルドの扉を開いて現れる。
やたらホクホク顔で、一目で「良い事があった」感を如実に感じさせる男、クロウだ。それを感じさせるのは彼の顔だけでは無い。ギルドの扉をくぐるなり両手を広げ、さながら喜劇のワンシーンのように、何かを自ら進んで全身に浴びているかのように登場したその姿からは、「恍惚」という言葉が相応しいだろう。浴びているのは怪訝な視線でしかないのだが。
「ふっ……。この喧騒さえまるで祝福のファンファーレのように聞こえるぜ……」
馬鹿がしたり顔で何かホザき始めた。
周囲の冒険者やギルド職員の心情はその一言に尽きるだろう。
「たまに見るよな、ああいうヤツ」
「お? なんだ、【蹴撃】がまたなんかやらかすのか」
「初仕事終えたルーキーって大体あんな感じだよね」
「蹴撃? 俺は【安牌賭けのクロウ】って聞いたけど……」
「春はまだ大分先だぜ、おい」
「解った。きっとペヨーテ(幻覚作用を持つ多肉植物)を食っちまったんだ」
ギルドの面々から溢れ出る、嘲りを乗せた言葉。しかしクロウはそれらの言葉をまるで意に介さず、ぐるりと周囲を見回しては、発見したソーラとテーラの下へ真っ直ぐに足を向ける。
「よう二人とも。目当ての物は見つかったかい?」
「いや、全然。町中至る所歩き回って収穫全く無し。御蔭で足が棒になったみたいだ。嫌になるよ、ほんと」
「軽く回っただけだけど、この町には流れていないみたい」
「あらま。そりゃまた残念」
紅朗の問いに答えたテーラは樽ジョッキを呷り、その隣のソーラはまだ口を着けていない果実水の入った樽ジョッキを紅朗に向けて傾けるも、紅朗はそれをやんわりと辞退しながら席に着いた。
「で、クロウの方はどうだったの? 結構上機嫌な様子だけれど」
「奴隷商館に行ったんだって? ガンターから聞いたよ」
ソーラは何処か不安げに、テーラは陽気な様子で訊ねれば、紅朗は彼女らの前でフフンと得意満面に踏ん反り返り、
「奴隷を買う事になった。金額は金板十枚」
「「ブフゥッ!!」」
ソーラとテーラは揃って噴出した。タイミング悪く、丁度彼女らが樽ジョッキを傾けた直後の衝撃は、口内のものをそのまま維持する事を不可能にしたのだ。
ぽたぽたと口内の水分をはしたなく溢す少女二人。その目の前に座っていた紅朗は、彼女らの噴出を見越していたのか身を翻す様に席を立っており、今は隣の席にずれて座っている。少女らの飛沫が何処に飛んで行ったのか、紅朗の斜め後方についてはお察ししてほしい。
一つだけ言うのならば、ソーラとテーラの容姿は整っている方であり、あるいは美少女と分類されても良いのかもしれない。そして世の中にはその美少女が口に含んだものを被る事に悦ぶ性質を持つ者が少なからず存在しており、今日また一人、その扉を開く者が現れたのは、どれだけ言葉を尽くそうが余談である事に変わりは無い。
それはさておき。紅朗の告白を受けて乙女としてちょっとアレな方向に驚きを表した二人の少女。その一人・金髪の少女テーラは音を立てて立ち上がり、紅朗に向けて牙を剥けた。
「ちょ――、あんた!! 金板十枚ってどんだけするか解って言ってんの!?」
「おうさ。しかも向こうの都合上、三日以内で全額支払わないといけない契約だぜ」
「何を誇らしげに言ってるのクロウ!!」
「いやぁ、マジてへぺろだぜぇ」
口では言うものの、まるで反省する様子を見せない紅朗。紅朗の手持ちは金貨一枚にも満たず、ソーラ達の手持ちを合わせてようやっと金板一枚半と言った所だ。にも関わらず、金板十枚の奴隷を購入など正気の沙汰じゃない。ましてや紅朗達三人はDランカー。一般的なDランカーが得られる依頼一回の平均収入を三倍にしたって、到底三日以内に払える額では無いのだ。
「というわけでガンター! 今日中に十金板程稼げるお手頃に簡単で楽な依頼は無いかねぇ!」
それを知ってか知らずか。紅朗は意気揚々とカウンターにいるガンターに届くよう、大声で話しかけた。しかも陽の落ちた今から今日中に稼ぐつもりらしいその台詞には、仕事を邪魔した事に加えて余りにも世間知らずな言葉であるが故に、怒鳴り声で返される。
「あぁ!? そんなんあったらお前らになんざ回さずテメェでやるわ!!」
「確かに!!」
返却された怒鳴り声に頷く阿呆は、椅子の上で器用に足を組み、ついでに腕も組んで唸る。
「むーん……。どうすっかなー」
「いや、どうするかじゃなくて……。諦めなよ」
「そうよクロウ。Dランカーが金板十枚なんて稼げる筈無いじゃない」
「いいやぁ、手が無い事も無い」
なんとか諫めようとする二人の声も虚しく、紅朗は確信に満ちた顔で返した。その表情からして、紅朗の頭には金板十枚稼ぐ方法は目星が付いているらしい。一般常識的には余りにも無謀な挑戦を前にしてその表情を浮かべるのなら、さぞかし名案があるのだろうとソーラは期待はせずに聞いてみる。
「例えば?」
「そうだなぁ。例えば、この町で一番稼いでいる所と言えば、お前らは何処を思い浮かべる?」
ロレインカムで一番稼いでいる所。そんな条件を満たす所と言えば、狐兎族姉妹が思い浮かべるのは一つしかない。
「商業ギルドの支部、かしら」
ソーラの答えに、隣のテーラは大きく頷く。
そう、冒険者ギルドと対を成すかのように存在している大手ギルドの商業ギルド。名前の通り商いに関するほぼ全てを取り纏めるギルドだ。冒険者ギルドとは違って国に反発する事はせず、逆に国に追従するかのように国家間の商いを橋渡しするのが主な仕事である。また、国内における商業の繋がりをより強固なものとして構築する事も仕事の一つであり、個人経営店から大手会社企業に至るまでその手は伸びている。
そんなギルドの支部が、このロレインカムにもあるのだ。商業を営む上で生じる面倒臭いアレやコレを一手に引き受けているギルドの支部があるのなら、その支部には色んな商いで生じた金銭が舞い込んできて、あるいは貯め込んでいる事だろう。
そんな事を聞いて、紅朗は何を思うのか。ソーラとテーラが注目する中、紅朗は組んでいた腕を解いて手の平を打つ。
「良し、そこを襲撃しよう。そしたら金板十枚ぐらい直ぐに手に入るだろ」
「「アホかああああああああああああ!!!」」
ズッバアアアアアアアアン!! と、ちゃぶ台宜しくテーブルが引っ繰り返された。テーラとソーラの、流石双子の姉妹と言うべきか実に息の合ったシンクロと共に。引っ繰り返されたテーブルは紅朗目掛けて裏返され、しかし残念なるかな。紅朗は器用にテーブルの脚を両手で掴んで直撃を阻止する。
「あっぶねぇなぁ。何すんだよいきなり」
「バカじゃないのバカじゃないの!? バッカじゃないの!?」
「なんでそんな犯罪者まっしぐらな思考をさも名案のように言える訳!?」
「いや、そりゃおめぇ……金が無けりゃ金があるトコから奪えば良いじゃねぇか」
「「山賊か!!」」
今此処でコイツを止めなければヤバい事になる。そう確信した二人は猛然と抗議するも、紅朗はテーブルを下ろしながら、どこ吹く風だ。案の棄却を視野に入れたのか、またも腕を組んでうんうん唸ってはいるが、その表情からは真面目さが何処か欠けている。というよりも、一般的常識から来る正常な判断が出来ていないのでは無いか、ともソーラは思ってしまう。
何故ならば、商業ギルドを襲撃するというどう考えても犯罪行為以外の何物でもない台詞を普通に言い放ち、ソーラとテーラの猛抗議を受けて思案している今の表情にさえ、なんの罪悪感も嫌悪感も浮かばせていないのだから。狐兎族姉妹が了承したら、今すぐにでも襲撃しに行くのではないかと不安になってしまう程に。
「つうかよ、商業ギルドを襲うぐれぇなら奴隷商館襲った方が早いんじゃねぇか?」
そんな紅朗の思考を軌道修正するかのように、ガンターが近寄ってきて紅朗の頭を丸めた羊皮紙で叩く。大した勢いも無い羊皮紙の棒は当然紅朗の頭に何のダメージも与えられず、けれど起動修正は出来たようで、「それもそうなんだよなぁ」と紅朗は組んでいた腕を解いてだらりと下ろした。
紅朗はただ漫然と金が欲しい訳じゃない。【奴隷を買う為】に、金が欲しいのだ。その金を得る為に犯罪を冒すのであれば、その労力をそのまま奴隷商館襲撃に使った方が手っ取り早いのは自明の理。
「……なんか考えんの面倒臭くなってきたな。いっそマジで奴隷商館襲うか?」
「ちょっとガンター! 変な事言ってクロウを唆さないでよ、この子バカなんだから!!」
犯罪者確定ルートにシフトし始めた紅朗の発言を受け、テーラがガンターに食って掛かる。言ってる最中の紅朗の顔が完全にマジ顔だから故の行動だろう。
無論、それは紅朗なりの冗談だ。本気で奴隷商館や商業ギルド支部を襲う気は然程無い。あくまでも可能性の一つとして思考に上らせただけの、細やかな冗句だ。地球にて年単位で単独全国旅行していた実績を持つ紅朗には当然、リスクマネジメントの概念は所持しているし、そういった方面で考えれば奴隷商館や商業ギルドを襲う事などデメリットがデカすぎる。相手の戦力は不明な上、理解しがたい魔術なんてものがあるこの異郷。何が致死に繋がるか解らない現状で、そう易々と大手を振って暴挙に出る事は余り無いと言って良い。
紅朗の過去を知らないソーラとガンターも、それぐらいの事は理解している。紅朗がある程度の常識と良識と、多少の頭の回転を持っている事ぐらいなら。だから故に、ガンターも戯れでそういった発言をしたのだ。でなければ、最初にガルゲルが絡んでいったあの時、紅朗はガンターに何を聞く事もせずにガルゲルを破壊していただろうから。
「あぁそういやオメェさん、ガルゲルと一緒に行ったんじゃねぇのか?」
脳裏にその時の状況が過ぎったガンターは、ついでとばかりに質問を落とす。
「あん? あいつはもう王都に行っちまったよ。奴隷商館から出た時にどうも時間的にギリギリだったようでね」
「そのまま着いて行っちまえば良かったじゃねぇか。王都だったら金板十枚稼ぐのは難しいかもしれねぇけどよ、ここで稼ぐぐらいだったら向こう行っちまえばナンボか可能性は高いぜ?」
今直ぐに稼ぐのは難しいだろう。だが、直に王都ではある祭りが開催される。それに参加するも良し、参加しないまでも王都で暮らせば、ロレインカムで暮らすよりも実入りは多い。それは確かな事実だ。だと言うのに、紅朗はガンターの案を鼻で吹く。
「阿呆抜かせ。往復で二十日もかかるんじゃ意味が無ぇ。良いかガンター。俺は、今、金板十枚を、疲れる事無く稼ぎたいんだ」
「なんだお前、仕事ナメてんのか。それとも人生ナメてんのか。そんな楽な生き方出来ねぇんだよ」
大真面目な顔で巫山戯た台詞を吐く紅朗。余りにもな労働意欲にガンターは呆れながら、手に持っていた丸めた羊皮紙を紅朗の前のテーブルに投げる。ガンターの手という抑えの無くなった羊皮紙は自然と開かれ、その中身を紅朗達に晒した。
「……依頼書?」
開かれた羊皮紙の中身を見た三人の内、ソーラがまず呟く。彼女の言う通り、ガンターが投げたのは一つの依頼書だ。本来であれば掲示板に貼られている筈のそれの中には、ある一匹の四足獣と地図が注釈と共に描かれている。
「さっき完成したばかりの依頼書だ。内容はそこに記されている通り、魔獣の討伐。ボイドウルフが増えてきたから駆除して欲しいんだとさ。Dランクの魔獣だが群れを成すとその厄介さはCランクの上位に入る。肉も売れるから一匹あたり銀貨六枚と、この町じゃあ中々の実入りだ。ぎゃあぎゃあうるせぇから持ってきてやったが、どうする?」
依頼書を読めば、どうやら近隣の村々から被害報告が上がっているそうで、その嘆願を受けての依頼らしい。地図はきっと大よその生息範囲だろう。駆除したボイドウルフを丸々一匹持って帰れば銀貨六枚(日本円にして約六千円)。討伐数が多くなって持ち切れなくなっても、尻尾を切って持って帰ればそれが討伐証明となり、銀貨三枚になる。
金板十枚稼ぐには、尻尾だけなら3000尾以上。丸々一匹で1600匹以上だ。これだけの依頼で金板十枚稼ぐには物理的に不可能と言える値段だ。そこまで大きい群れなら討伐に相当の時間と危険性が生じるだろうし、何より狼の群れがそこまで大きくなるのは難しいものがある。
それはガンターも理解している上で、彼は紅朗の肩を叩いた。
「何事も一からコツコツと、が基本だぜ若ぇの」
「……わぁったよ。お前らも良いか? ソーラ、テーラ」
が、背に腹は代えられない。目線を向けられた狐兎族の姉妹は揃って頷き、それを合図に紅朗は溜息と共に依頼書を握って立ち上がった。
「じゃあ明日から働こう」
そして見事に肩透かしを食らう。紅朗に合わせて立ち上がった双子の姉妹が同時に脱力してテーブルに突っ伏した。
「おいおい、今じゃねぇのかよ」
「いや、ソーラもテーラも歩き疲れてるだろうし、テーラはその上酒入ってるしな。流石に危険だろう」
「あぁ、そういや――」
「何より俺が奴隷商館でひと暴れしたからな。腹減った。帰って飯食って風呂入ってダラダラして寝る」
「何処までも自分本位か!!」
「え、ちょっと待って。今聞き捨てならない台詞があったのだけれど」
「そういう訳で、じゃあなガンター。良い夢を見てくるぜ。具体的には金銀財宝うっはうはだ」
双子の突っ込みを全無視しながら、紅朗はギルドの外に向かって歩を進める。それに追随するソーラとテーラの声は、ギルドの外に出ても暫くは止まないだろう。
出ていく瞬間まで騒がしいパーティーだなぁと後頭部を掻くガンター。その胸中に宿るものは、決して穏やかなものじゃない。彼にはまだまだ仕事が残っているのだ。
「やれやれ、やっと出て行ったか……。流石にこれ以上ギルド内で大騒ぎされちゃかなわんからなぁ」
別に、実入りの良い仕事を紅朗に渡したのは、ガンターの優しさからくるものじゃない。ギルドの情報員、あるいは諜報員からのある情報を得たガンターは、自らが抱いた危惧を避けるべく、紅朗を早々に帰らせるために一計を講じたのだ。それが、先の依頼書である。
ガンターは確信している。これから来店するであろう者と紅朗がかちあえば、一層面倒な事になるだろうと。
「そう何度も中で暴れられちゃあ堪ったもんじゃねぇ。カウンターだってまだ修理していないってのによ」
やれやれ、と溢しながらガンターは自らの職務に戻る。せめて、暴れるのなら外でやってくれと願いながら。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲
翌日、紅朗達は朝から出かけ、日暮れにはボイドウルフをきっちり狩ってきた。討伐数はソーラが3匹、テーラが5匹、紅朗が8匹で、しめて16匹。そのどれもが切り取った尻尾で証明した為、稼いだ額は銀貨48枚。日本円にして48000円になった。
何故一頭丸々では無く尻尾を持って帰って来たのかと言えば、それは単純な話。ボイドウルフがまぁまぁ大きかったが故だ。例えるのならば土佐犬を一回り大きくしたぐらいには。背負って帰るにはうんざりするレベルには大きく、そして重かったので、討伐証明である尻尾だけ切り落として帰ってきた、という顛末。その夜に彼らは拠点とする宿屋で、荷車を買うか否かで会議したとか。
そして、紅朗にとって公式なギルドの初任務は成功に終わった次の日の事である。
思いの他、ソレは、早く来た。
・飲料水の命名の話。
本編に出てきたが、お酒や果実水には当然の如くそれぞれ名前がある事は、テーラが言ったように名付けられています。エールとロシェーナ。今回はその二つについての裏話的なお話を少しだけします。
ちょいと調べればエールという酒が我々の世界にも実在する事は解りますが、ロシェーナに関しては恐らく実在しないでしょう。いや、調べた事は無いのですが、適当に命名したので多分無い筈です。これで実在していたら俺の才能に恐怖するレベル。
そんな二つの名称ですが、この作品の世界設定から言えば地球と同等の名称がある事はおかしいのではないかと思われる方もそろそろ居ると思います。亜人という単語は使わないのに、と。他にもゴブリン等、地球と同じ名称を使っている場面もありますしね。
一つの創作物語、娯楽小説として、そうほいほいと色んな名称が出てきたら読者が混乱するのでは無いか、という側面も確かにあります。罠の事を「罠」とか「トラップ」とか言わず、「メリア」みたいな適当に造った単語に置き換えて、そんな類を十も二十も造って話を進めていったら、そりゃあ混乱して読み辛くなり、最終的に読まなくなってしまうと思います。
では何故今回、エールという現実に存在する名称と、ロシェーナという現実に存在しない名称を使ったのか。実はそこには、ちょっとした理由があったりします。
それについて語るのは今ではありません。重要じゃないっちゃあ然程重要な話でも無いので勿体ぶる必要は無いのですが、それを語ればもしかしたら連想で色々と察してしまう方がいないとも限らないので、今回は深く語りません。
では俺がこの後書きで何が言いたいのかというと、「それには理由があるんだよ」という事です。「もしかしたら語らないかもしれないけれども、実はまぁまぁちゃんとした理由があるのですよ」という、報告のようなもの。現段階では毒にも薬にもならない話ですが、もしかしらた突っ込まれないように予防線を張ったなと思われてしまうかもしれませんが、ちょっとだけ言い訳させて下さいね、という事を伝えたいだけでした。
さてさて、ここまで読んで頂き恐悦至極。誤字脱字がありましたらば是非一報を。
感想もお待ちしております。
以上、駒ちゃんの言い訳コーナーでした。良い夢を。




