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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第一章 環境適応のススメ編
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目覚め


【目覚めたときには、全てが終わっていた】


 青年、石動紅朗(いするぎ・くろう)は、眼を開いた時に、全身をひた走る激痛と共にそう感じた。鼻腔を擽るのは、圧倒的な草木の匂いと、濃い血の匂い。


 草いきれも当然だ。自らが横たわる場所が森の中なのだから。

 血の匂いも当然だ。自らの体から流れ落ちていたのだから。


 ただ不思議なのは、恐らくは自らの体から流れ出たと思しき血は既に乾ききっており、黒く凝固していた。激痛に顔を歪めながら視線を周囲に這わすも、血液は自分の周囲十センチ程度しか散らばっていない。


 ――これは、どういう事だ。紅朗は思う。


 血の量と体の痛みからして、恐らくは全身の擦過傷による流血だろう。だが自らの周囲にしか血液が見当たらない事から、何者かに傷付けられたとは考えにくい。しかし周囲の木から落ちたとしても全身に擦過傷が出来るとは考えにくいし、転げ落ちられる崖も見当たらない。ならば何故、こんなにも自身の体は傷付いているのだろうか。



「……っぐ……」



 痛みに呻きながら紅朗は上体を起こし、まず体を診る。そこには想定していた擦過傷と、紫斑のうっ血が全身至る所に広がっていた。誰かに調理よろしく全身隈なくぶっ叩かれたか? とも思うが、どうも打撲痕とは言えそうにない。一つ一つのうっ血範囲の差異が大き過ぎるからだ。大きいものは左脇腹から右胸にかけて。紫斑と言うよりは、絵の具でもぶちまけたのかと思えるほどだ。小さいものになると小指の先程度。やはり、人為的なものでは無いだろう。では事故か、と思うも、その原因は幾ら首を捻っても思い当たらなかった。


 思い当たらないという事は、解らないという事だ。この状況で解らないという事は、今考えても仕方ないという事だ。単純な思考回路を持つ紅朗は、一つの疑問を直ぐに棚に上げて首を振るう。


 取り合えず現状として、ただ痛いだけで命の危険は無さそうだ。と判断して紅朗は胸を撫で下ろす。胸に手を当てるだけで相応の痛みを覚えるが、死ぬ事に比べればどうという事は無い。そう、安堵した。安堵したが故に――緊張の糸が解れてしまったが故に、彼の体はもう一つの問題点を訴え始めた。



「……腹、減った……」



 飢餓だ。ぐるる、と。まるで獣の唸り声のような音を上げる彼の腹は、猛烈な飢餓感を訴えている。一日二日絶食しただけでは、こうも飢えないだろう。胃が収縮しきり、きりきりと悲鳴を上げている。先程まで激痛の影に隠れて気付かなかった全身に広がる倦怠感は、おそらく栄養が足りていないのだろう。手足の感覚が薄い。意識が朦朧としてくる。


 まずい、と紅朗は思った。外傷を見ただけで安堵すべきでは無かった。もっと危機感を持っていれば、空腹感も騙し騙しで明日に繋げる事も出来ただろう。だが、気付いてしまったらもう遅い。体が気付いてしまった飢えは、紅朗の脳裏に餓死のイメージを強く植えつける。


 なんとしても食料を、と周囲を見渡し、初めて紅朗は気付く。ようやっと彼は、自分の置かれた現状を認識し始めた。



「……、ちょっと待て……」



 呆然と言葉が漏れた。愕然と顎が落ちる。唖然と眼を見開いて、彼は痛みと飢餓に耐えながら立ち上がる。周囲が森である事は草いきれから知覚していたし、軽くではあるが周囲の観察も行っていた。加えて、傷だらけで気絶している前の記憶では、自分はちょっとした用事で森の中に居たのだ。故に現在も、自分の記憶通りの森の中だと錯覚していた。


 それが間違いである事を、紅朗は今、痛感する。



「此処は、何処だ……」



 今彼の立つ場所に、紅朗の記憶は通用しない。





 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲




 少しずつ意識が目覚めていく代わりに、混乱が襲ってくる。


 ――知らない、解らない、理解出来ない。紅朗の脳内は混乱に震えていた。が、無理も無い。目を覚ます前と後とで記憶が繋がっていないのだ。酒をしこたま飲んで泥酔し、記憶が飛んだ状態の中、知らない人の家で目覚める感じに近い。と言っても、紅朗は前日に酒を飲んでいないからその線も無い。というよりも、ある仕事が目前に控えていたので飲める状態では無かったのだ。経過さえ不明な現状で、原因さえも不明。これで混乱しない筈が無い。


 額に手を当て、頭を振るう。赤錆色の髪が左右に揺れる度にビリっとした痛みが全身に走るも、今は敢えて無視を決め込もう。構っている暇が無い。


 まずは現状の確認だ。


 ――自分の名前は石動紅朗、年齢は22歳。最終学歴は高卒。高校卒業と同時に師匠に連れられ、全国を巡る旅に出た。現在は一転して師匠を追いかける旅の最中。その道中に旅費稼ぎの為、ウェールズの森で【奴】と……


 そこまで考えて、紅朗は辺りを素早く見渡した。【奴】と思わしき気配は無い。緊張した筋肉を弛緩させながら、紅朗は思考する。【奴】も、自分と同じ現象に巻き込まれているのだろうか。それとも現状の光景は、【奴】の差し金なのだろうか。考えども答えは出なかった。


 であれば、彼は早々に思考を放棄し、次なる問題点、己の飢餓を癒す方法にシフトする。


 まずは食料に関してだ。紅朗が今立つ場所は何処とも知れぬ森の中。見た限り緑は多いので豊かなのだろう。だが、人間にとって森の食べ物は危険が付きまとう。キノコは言わずとも多くの種類が毒物を保有している事は現代日本人なら殆どの者が既知であろう。しかし加えて草や花、木の実さえ人間が分解出来ない毒を含有している種類がある。おいそれと手を出すにはリスクが高すぎる。多少のサバイバル技術を有した紅朗ではあるが、それでも植物学者では無いのだ。そして地元民でも無い。なにより見た事の無い植物が生えている森の物を食べるなど、命がいくつあっても足りるものじゃない。


 その上、現在の体調だ。腕を少し動かすだけでもひりつく痛みが全身に走る。飢えによる栄養不足で倦怠感が酷い。大目に見ても狩猟に適した、獣を追える程の体力は無いだろう。罠猟もダメだ。仕掛ける体力も待てる忍耐力も、期待するには死に近過ぎる。


 と、言う事は――



「人か、水辺か……」



 膝に手を付き、軋む体の悲鳴を噛み殺して紅朗は立ち上がる。まずは一歩。痛みが走ろうと、次の一歩。遅々とだが、しかし確実に紅朗は歩き始めた。


 さぁ、生きる事を始めよう。



 

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