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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第一章 環境適応のススメ編
19/53

紅朗、世界を識り始める。一日目その2




 日が暮れ、今日はここまで。と告げたソーラの言う通り、紅朗は図書室を後にした。手に抱えるのは、文字を覚える為に大量に消費した羊皮紙。その中に記されているのは、この世界の住人にとっては二束三文にすらならない、ただの落書きに近いもの。だが今の紅朗にとっては、どんな宝よりも大事な、と言うと些か語弊はあるが、そのぐらい大事な情報ツールだ。


 なにせ、自分が文字を覚える為に、36文字とその特徴をこれでもかという程に書き込んだ、言わば学習ノート。それを持ち帰り復習すれば、文字に関しては修得したと言えるレベルになるだろう。想定通りに物事が進んだとすれば、明日からやるべき事は決まっている。図書室の案内板に記されていた全カテゴリーの中から2、3冊ずつ見繕って読破する事だ。


 ふんぬ、とやる気を漲らせて明日への目算を終わらせた紅朗。だが明日へと向かう前に、まず向かうべき場所が彼らにはあった。



「で、テーラは何処だ?」



 そう。ギルドカウンターにて罵倒を置き土産に逃走を図ったテーラが、何処にもいないのだ。てっきり不貞腐れてギルドの飲食スペースで酒でもかっくらっているものとばかり思っていた紅朗だったが、彼の想定に反してギルドの飲食スペースにテーラの姿は無かった。


 だから紅朗は隣にいる、テーラの妹であるソーラに聞いた。妹として、産まれた時からテーラと関わってきたソーラならば、姉の思考をトレース出来るのではないかという些細な期待。その期待にソーラは答えた。



「多分、訓練場じゃないかしら」


「あぁ、成程」



 言われて、紅朗はソーラの発言の根拠に気付く。


 きっとソーラはこう思ったのだろう。姉のテーラは、紅朗に言われたように素振り一万回をしに行ったのだ、と。だとすれば、このギルドの中で彼女の行きそうな場所は訓練場しか無い。


 そして実際、テーラは訓練場に居たのだった。


 かといって彼女が訓練場内で動いているかと言えば、そういう訳でも無い。テーラは訓練場の端に設置された木製のベンチに座り、木刀を握りながら唯々暇そうに中空を見詰めていた。



「むー……」



 頬を膨らまし、解りやすい程ぶすっくれて。


 ギルドに来るまで持っていなかった筈の木刀は、訓練場備え付けのものだろう。訓練場の角には、多種多様な木製の武器が所狭しと並べられている。だとすると、テーラは本当に素振りをしていたのだろうか。紅朗はテーラに近付きながら、覚えた疑問を吟味する。



「ちゃんと一万回振ったのか?」


「あ、クロー。とソーラ」



 紅朗が声をかけ、テーラは二人に気付く。そして膨らませていた頬を解いたかと思えば、不満をありありと表現する。



「おーそーい。どんだけ勉強してんのさー。こっちはもう暇で暇で暇で暇で――」


「本当に素振り一万回したのか?」



 が、その程度で怯む紅朗では無い。彼女の問答を無用と切り捨て、再度問うた。その質問の切れ味に「うぐ……」とテーラの喉が詰まる。次いで彼女の目が盛大に泳ぎ出す。



「いやー……。ちゃんと素振りはしてたんだよ? でもさー、ほら……飽きって、あるじゃん?」



 後頭部を掻きつつ答えるテーラ。その返答にソーラは溜息を吐いた。


 元々、テーラという姉は単調作業を好まない性質である事を、ソーラは体感して知っている。


 彼女は昔からそうだった。集落の女仕事の一つである機織りを嫌いとし、じっとする事よりも野山を駆けずり回って遊ぶ事を好む性質。しかもその遊びが、子供特有の移り気なのか、目まぐるしく変わるのだ。先程まで探検をしていたかと思えば急に鬼ごっこが始まり、鬼に捕まる前にかくれんぼとなり、隠れている事にすぐさま飽きて木登りへ移行し……。酷い時には、隠れていた姉を探していたら、大量の果実を搭載したイカダで川下りしている姉を見付ける始末だ。


 双子として産まれたせいで、ソーラはその活発な遊びにいつも連れ出されては這う這うの体で家に帰る日々。読書が趣味でインドア派なソーラが、趣味に似合わぬ不相応な体力を身に着けてしまった所以でもある。


 つまり彼女の性格を一言で片づけてしまうのなら、テーラは飽きっぽいのだ。


 そんな彼女ももう18。子供のような移り気は無くなり、すっかり大人しくなったかと思えば、こういう所で彼女の悪癖が顔を出す。今回も、そういう事だった。一人で一つの場所に留まり、ただひたすら腕を振るい続ける事にテーラは嫌気が差してしまったのだ。


 しかし先も言ったが、彼女ももう18。狐兎族の集落的に言えば成人を迎えている。だからか、テーラは大人しく、あるいは大人らしくバツが悪そうに後頭部を掻いては苦笑いを浮かべていた。



「……。まぁ、特に約束してた訳じゃないしな。別にしなかったらしなかったで良いんじゃねぇの?」



 対して、紅朗は彼女に御咎め無しと言う。理由は紅朗の言葉そのままで、別に素振り一万回やったらどうだという話でも無いのだ。



「……。ホントに? ……怒ってない?」


「狐兎族とやらが素振り一万回したらどうなるのか、その肉体反応が見たかっただけだしな」



 紅朗は狐兎族、ひいてはこの異世界の生物の肉体を知りたくて、その判断材料として素振り一万回を提案しただけだ。人間と同じように筋肉を使っているのか、四足動物のような人間とは違うタフネスな筋肉なのか、皮膚は、体力は、同一動作の繰り返しによる脳や神経、筋肉の疲労は。それらを観測する為に、素振り一万回を提案しただけに過ぎない。


 そういった紅朗の思考を知らないテーラ達は、双子揃って小首を長い耳と共に傾けた。



「肉体反応?」


「そうだなぁ……。例えば、木刀を振り続けたり、あるいは新品の靴が足と合わなかったら、肉刺(まめ)――水ぶくれって言った方が解りやすいか? そんなもんが出来るだろ?」



 紅朗の返答に、双子はまたしても揃って頷いた。彼女達にも肉刺の経験はあるのだろう、「あれは、痛いよね……」「皮が捲れてからが地獄だわ……」と顔を歪めた。



それ(肉刺)とか、あとはー……。俺の故郷の話で、お前らに該当されるかどうかは不明なんだが、素振りを一万もすると頭がぶっ壊れた感じになるんだわ。トリップっつーの? 頭ん中がボゥっとしてさ。素振りの事考えなくても腕が自然と素振りしているっつーか。体が軽くなるっつーか。……ランナーズハイって解るか? そういった、体に起きる反応が見たかったんだ」



 紅朗の言葉が示す反応とは、俗にいう脳内麻薬――エンドルフィンやドーパミン等の、神経伝達物質の分泌による肉体的苦痛からの解放、あるいは苦痛を快楽へと変換する作用である。


 それも、あればどうという話じゃない。どちらかと言うと、無い方を探していると言った方が通じやすいかもしれない。紅朗は、人間と狐兎族の違いを明確にしたいだけ。素振りという提案も脳内麻薬の有無も、そんな思惑の上に成り立った仮定の話である。


 だがそんな事を知る由も無いテーラ達は、紅朗の言葉を受けて寒気を覚えた。



「頭が、壊れる……?」


「なにそれ超怖い」


「安心しろ。依存度はどうだか知らないけど、後遺症が残る訳でも無いし直ぐ治る類の奴だよ」



 目に見えて恐れだした双子に、紅朗は苦笑を浮かべる。しかし、依存度云々がまずかったのだろう。紅朗の言葉に説得力を感じなかった二人の視線は、疑いの眼差しという無言の圧力へと移行した。



「それに、素振り以外にも判断材料はまだたんまりと残ってる」



 二人から向けられた視線をものともせず、紅朗は周囲を見渡す。周囲は、当たり前だが冒険者達で賑わっていた。恐らくは大体が新米冒険者なのだろう訓練場の利用者だが、中には一端の使い手だって利用しているのだ。


 例えば、新しく武器を買った者。例えば、仕事終わりに軽い運動目的で利用する者。例えば、リハビリに利用する者。紅朗が目を付けたのは、リハビリ目的の利用者だった。


 足音無く移動を始める紅朗。騒がしい訓練場内では衣擦れの音など掻き消されてしまうので、まるでいきなり紅朗が消えたような錯覚を双子は感じた。


 そんな二人を気にも留めず、紅朗は音も無くある人物に近寄り、その肩に右肘を置く。


 ダークブラウンの毛むくじゃら。特に肩から先が毛で覆われていて、立ち上がれば見上げる程の巨躯を持っているだろう上背は、運動により息を切らしているのか背中を丸めて体を落としている。その人物の名を、ソーラとテーラはつい最近にも耳に入れて覚えていた。



「よぉ~、ガルゲルちゃあ~ん。ちょお奇遇~」



 その人物とは、ガルゲルという名の熊腕族。Cランカー冒険者で、二日前に紅朗が膝を圧し折った男だった。その膝も今は完治しているように見え、恐らくは治癒術かなんかで急速に治したのだろうと紅朗は推測する。


 推測された方のガルゲルは、音も無く肩に触れられた事に驚愕し、次いで耳に入ってきた声で嫌な思い出をぶり返し、振り返っては(あぁ、やっぱり)と紅朗を睨み付けた。



「ッ……、て、めぇは……っ」



 その表情に宿る感情は、圧倒的な嫌悪感。憎悪では無い。関わりたくないと拒絶する気持ちが、ありありと表面に現れていた。頬に流れる汗は運動による汗か、それとも冷や汗か。


 そんな表情を真正面から受け止めた紅朗だが、そんなもので止まるような男ならば、そもそもガルゲルやアマレロと喧嘩しなかった事だろう。



「なになにー。膝ァ治してリハビリ中かい? そいつぁ重畳だぁね。よっしゃ、そんな前向き姿勢の君に我らがパーティーが手伝ってあげようじゃないか。安心したまえ。ヤるのは一人で、相手は俺じゃあない」



 ガルゲルの表情が先程よりも大きく歪んだのを紅朗は見逃さなかった。


 ガルゲルは恐れているのだ。紅朗という存在を。対格差をものともせず、なんの感情も動かす事無く自身を破壊した男を、ガルゲルは心底恐れているのだ。だからあの時、彼は動かぬ体を無理やりにでも後退させた。だからあの時、彼は命を乞うように自らの金銭を差し出した。体も心も圧し折れたガルゲルは、紅朗という男に強烈な苦手意識を持ってしまったのだ。


 故にガルゲルは、手伝うという紅朗の言葉を深読みし、また痛めつけられるのかと顔を歪めた。が、紅朗の言葉で、それはどうも違うらしいと思いなおす。


 紅朗は左の親指で後ろを指した。ガルゲルがその方向に目線を向ければ、双子の狐兎族が佇んでいる。一人は急な名指しに驚く短髪の少女、テーラ。もう一人は呆れ気味に額を押さえる長髪の少女、ソーラ。縦の繋がりも横の繋がりも持つ冒険者らしく、ガルゲルは彼女らの名前ぐらいは知っていた。ついでに、彼女らがクロウとパーティーを組んでいるという事も。


 だが、狐兎族がなんだと言うのだ。怪訝な表情を浮かべたガルゲルを見て、紅朗は笑う。



「奇遇にもコイツ――短髪の方な。が体動かしたいってんでね。ここは一つ俺たちの願いと君のリハビリを同時に叶えようではないか。上手くいけば特別報酬も出しちゃうゾ☆」


「……へっ。良いのかい?」



 自然と浮かび上がる底意地の悪い声。別に、報酬に眼が眩んだからの声では無い。紅朗の言っている事をガルゲルはちゃんと解っていた。解った上での、その声だ。


 つまり紅朗は、ガルゲル(自身)とテーラを戦わせようと言っているのだ。膝を破壊された者と、膝を破壊した者のパーティーメンバーを。



「そっちの小娘はまだDランカーじゃねぇか。治りたてっつったって俺ァCランカーだぜ? 怪我しても知らねぇぞ」



 ガルゲルは不思議に思う。間にある軋轢を眼前の男は考えていないのか。報復行動を取られるとは考えていないのだろうか、と。


 紅朗という特殊例を除外して考えて、CランカーとDランカーは経験則や培ってきた技術が違う。おいそれと縮められる差ではない、というのが一般的な考えなのだ。


 要はこの試合。Dランカーであるテーラが一方的にボコられる事が濃厚、と。もしくは報復行動に出たガルゲルがテーラを再起不能にする、と。普通の者であれば当たり前のように考え付き、忌避する事だろう。


 であれば紅朗は、普通では無い。



「千切れなければ構わんよ。多分治るだろ、お前さんの膝のように」



 なぁ、と紅朗が振り返れば、凄く嫌そうな顔したテーラと、嫌そうな顔を浮かべながらも首肯するソーラ。紫斑だらけだった紅朗の体を治したのだ。それぐらいの事は出来るだろうと紅朗は踏んでいて、そしてそれが肯定された瞬間だった。



「だってよ。ちょっくら見せてくれよ、Cランカーの動きをよ」


「……チッ」



 クロウもクロウだが、メンバーもメンバーだ。イカれてやがる。とガルゲルは胸中で毒づいた。しかし、紅朗の言う事を反故には出来ない。ここで断れば、また痛い目を見るかもしれないという恐怖心から、ガルゲルは首を横に振る事が出来なかった。



「……どうなっても知らねぇぞ」


「了承と見た。さぁテーラ、思う存分体を動かしな」



 そうして、訓練場で試合が始まる。




 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲




 ルールは簡単なものとなった。武器は木製のものを使用し、相手に参ったと言わせたら勝ち。ただそれだけ。刃付きの武器を使って殺しさえしなければ何をしても構わないと言うルールだ。


 と言っても、テーラは言わずもがなガルゲルも魔術を習得していないので使えない。飛び道具や暗器の類も木製でなければ使えないので、実質、本当にただの模擬試合になるだろう事が予想される。紅朗にとっては見るべきものがある試合になるだろうけれども、荒事に慣れた冒険者達には少しばかり刺激が弱いものとなるだろう。


 にも関わらず、訓練場内は祭りのような様相と化した。紅朗が昨日起こした対アマレロ戦程では無いが。その祭りは、精々が訓練場内の一部で湧き上がる程度のもの。冒険者達が立ち見の観戦客となってテーラとガルゲルを囲み、試合を酒の肴と言わんばかりにわいのわいの騒ぐだけだ。中には、Cランカー対Dランカーという対戦カードでどちらが勝つかという賭博行為を公然と取り仕切る者までいたが、イーディフ王国は賭博行為を禁止している訳では無いので、別段問題視することでも無いだろう。



「おいテメェら、さっきからウルセェぞ! 何やってんだ! 俺も混ぜろ!」



 と、ギルド職員であるガンターまで賭博行為に参加したので、やはり問題では無い。暇なのか? とか、他に娯楽が無いのか? とか思わないでもない紅朗だったが、口には出さず飲み込む事にした。



「よう、おめえ誰に賭けるよ」


「俺ぁ何時でも穴狙いだ。嬢ちゃんに銅板二枚」


「ガルゲルに銅板五枚」


「膝が治ったばっかとはいえ、ガルゲルはCランカーだろ? Dのテーラじゃ流石に勝てないんじゃないか?」


「いや、狐兎族はすばしっこいと聞く。大柄のガルゲルで捉え切れるかどうかが分かれ目だな」


「いやいや。そもそも対格差ってぇのはだな……」



 大の大人達が膝を突き合わせて、まるで大商談のような真剣さで言葉を交わしている。だがその頭上を飛び交うのは銅貨や銅板ばかりで、賭博と言えど身の破滅には繋がらない、健全な額で彼らは遊んでいた。そんな様を見て、紅朗は溜息を吐きながら賭博を纏める親へと足を向ける。



「てめぇらよ。そんなちまちま賭けてんじゃねぇよ、冒険者だろ? もっと冒険しろよ」



 言って、紅朗は腰の銭袋から金貨を取り出した。訓練場内が一気にざわつき始める。



「ま、まさか……てめぇ……」


「あの野郎、博徒だったか……!」



 周囲の視線が紅朗へと集中した。こんな場末も場末の、急拵えの賭博場で、まさかの金貨だ。冒険者達が騒めくのも無理もない。


 そんな、周囲の視線を一点に背負う紅朗は、ゆるりと賭博親に向かって一言。



「ガルゲルに金貨一枚」


「安パイじゃねぇか!!」


「テメェこそ冒険しろよ!!」


「そこはパーティーメンバーだろうが!!」



 一斉に飛び交うブーイング。なによりも冒険者達の間にあったのは、テーラに対する同情だった。今から格上相手に戦うというのに、パーティーメンバーである紅朗のした事は、その出鼻を挫く行為に等しい。現にテーラは裏切られたかのような表情を浮かべており、その妹ソーラは信じられないような眼差しを紅朗に向けている。幾ら模擬試合とはいえ、この仕打ちは無いのではないか、というのが冒険者達の総意であった。


 それでも紅朗の心には届かない。



「あー、ウルセェウルセェ。おらテメェら二人とも何ぼさっと突っ立ってやがんだ。はよ始めろオラァ!」



 そんな感じで、投げやりに試合のゴングが鳴らされた。



 

次の更新日は1月29日です。

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