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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第一章 環境適応のススメ編
17/53

幕間

新年明けましておめでとうございますの2017年一発目。初っ端から主人公不在回ですが、どうか見捨てる事無くこれからも宜しくお願い致します。



 日は完全に没し、夜の帳は下りた。今日も元気に働いたと、明日は何をしようとそれぞれが思いを馳せながら、段々とロレインカムの住人が床に着く頃。冒険者ギルド・ロレインカム支部もまた、僅かな物音だけを残して静寂に包まれていた。


 数十分前のギルドロビーでは、冒険者達がとある新人を肴にバカ騒ぎしていたというのに、その騒乱が嘘のように静まり返っている。どれだけバカ騒ぎしていようと、そこは体が資本であり商売道具でもある冒険者。それぞれが明日の体調を気遣い、深酒をそこそこにして帰路に着く。そしてつい先程、酒を販売していた飲食担当のギルド職員が荒れたロビーを見事に清掃し終わり、帰宅してしまった。


 魔鉱石という淡い光を放つ石がロビー全体を照らす中、祭りの後の静けさというものをアイリスは味わっていた。といっても、荒くれ共の集う冒険者ギルドだ。大概毎日が祭りのようなもので賑わい、そして残った空気に寂しさを覚えなくなって随分と久しい。


 というのも、冒険者ギルドは基本的に閉まる事は無いからだ。厄介事は時間を気にしてはくれないので、一日中誰かしら、ギルド職員が遅番をして営業している。夜間の警備、深夜にしか咲かない花の採取、日中に終わる筈だったがアクシデントか何かで手間取り深夜になってようやっと達成した依頼等、住人が寝静まった夜にも関わらずギルドを閉めない理由は枚挙に暇が無い。


 それでも昼に比べたら仕事の数は少ないし、そうでなくてもわざわざ深夜にバカ騒ぎする理由も無いので、夜のギルド内は静まり返っているのが常である。


 だから今、ギルドに長らく勤めているアイリスが遅番の一人として、閑散としたギルド内に残っていた。


 勿論、遅番としてギルドに残っているのは彼女だけでは無い。もしもの時に速やかに動けるよう、万が一を想定して遅番は五人を原則としている。では他の職員はどうしたのかと言えば、ギルド職員以外立ち入り禁止の事務所にて書類仕事を引き継ぎ、せっせと羽根ペンを動かしていた。


 ただし全員が事務所で仕事をしていたら急な厄介事に気付かない可能性があるため、現在アイリスだけがロビーの飲食スペースに座って見張りという名の仕事をしているのだった。彼女の名誉の為に注釈するが、決してサボりでは無い。その証拠に、アイリスは飲食スペースのテーブルに羊皮紙を広げ、かりかりと羽ペンを走らせていた。


 書き記しているのは、報告書である。彼女の目の前で開催された、つい先程まで冒険者を沸き立たせ、お祭り騒ぎにまで発展した事件の報告書。発端は何だったのか、経緯はどうだったのか、結果は、被害は。それらを纏めた報告書を彼女は作成していた。


 が、ふとした時に彼女のペンが止まり、アイリスは背もたれに全体重を預ける。



「……なんで二日連続で」



 思わず口から飛び出すアイリスのボヤキ。そうなってしまうのも無理も無いだろう。


 報告書の作成はギルド職員の職務の一つである。それを作成する事によって責任の所在を明確にしようという思惑も重なり、今や何かあったら報告書の作成が義務付けられていた。しかしこの作業、言うのは簡単だが実は凄く面倒なものであるのだ。


 まず、常日頃から事件が発生する訳では無いという現状。ある支部では半年以上なんの事故も事件も無い、実に平和的な期間が実際に確認されている。ロレインカム支部もまた、周囲に凶悪な危険生物が余り見られないという点で、そういう問題事が起こりにくい特徴を持っていた。


 そして報告書を作成する事件は、必ず突発的に起こる。目の前で楽しそうに今日の戦果を並べて酒を酌み交わしていた冒険者グループが、目の前でいきなり殴り合いの喧嘩を始めるようなものだ。面を食らう、とでも言えば良いのか。つまりは何を起因として事件が起こったのか、報告書を作成する段階では解らない場合が多い。


 更に事件の経緯を詳細に書かなければならない。事件が長丁場になればなるほど、記憶する事は増えていき、そして報告書作成する段階になってから深く思い出さなければならないのだ。


 つまり何が面倒なのかと言うのならば。ざっくり言って、凄く頭を使って理論立てながらも客観的に詳細に、記憶を遡ってから文章を作成しなければならないという事。


 それが一回だけならばアイリスも我慢しよう。報告書を作成した事など何度もある。一日に複数の冒険者が別々に事件を起こして、最大五枚の報告書を作成した事もあるぐらいだ。あるいは二日続けて別の事件の報告書を作成するのも、こんな仕事をしていればざらだろう。


 だが同じ人物が、二日続けてとなれば話は別だ。思わず愚痴を溢してしまうのも仕方ない。



「どうしたよ、そんな鬱陶しい面して」



 そんなアイリスの溜息が聞こえたのか、同じギルド職員であるガンターが彼女の傍に寄ってきた。その両手には樽ジョッキが一つずつ掴まれており、少しばかりの酒気が漂ってアイリスの鼻腔を擽る。



「ちょっと、今職務中よ」


「かてぇ事言いっこ無しだろ。あんだけの祭りに参加出来なかったんだ。酒の一滴ぐらい口に入れた所で、罰は当たんねぇさ」



 どう見ても一滴どころでは無い樽ジョッキを呷りながらガンターは言う。そして口を着けていない方の樽ジョッキをアイリスの前に置いて、ガンターは彼女の対面に座った。


 ガンターの口上は祭りに参加出来なかった憂さ晴らし、のような言い方だったが、それは違う。ただ酒を呑む為の口実である。こうして利用客の少なくなった深夜に酒を掻っ込むのが彼の趣味なのだ。それでも仕事中である事を考慮して一杯だけにしているそうだが、そもそも仕事中に酒を呑むのが間違っているのだと、アイリスを始めギルド職員が口を酸っぱくして言っても彼が聞く耳を持った試しは無かった。


 今日もまた、適当な口実で趣味を満喫するつもりなのだろう。アイリスの溜息が更に重なった。



「で、今度は何に悩んでるんだ? おっちゃんに言うてみぃ」



 早くも酒に酔ったか、とでも思いたくなる砕けた台詞に苛立ちを覚えたアイリスは、ほんの少しの皮肉を交えて伝える。



「貴方が乗り損ねた【お祭り】の話よ」


「あぁ、クロウのか。昨日に引き続き今日もやらかしてくれたな」



 砕けた雰囲気は保ちつつも、ガンターの表情に真剣みが差し込まれた。最早、このギルドにおいて登録二日目の新人冒険者・紅朗は、ルーキーとは呼ばれていない。初日でCランカーの膝と心、そしてギルドの受付カウンターを破壊し、二日目であるつい数時間前にBランク相当の騎士団副団長を地に沈めた実績を持った男だ。


 ルーキーという、いちいち覚えなくて済む適当な敬称をわざわざ呼ばなくても、クロウという名前はギルド職員のほぼ全てに、強烈な印象を持って叩き込まれてしまった。ぱっと見ではどう見ても痩せっぽちの優男が、たった一撃で膝も鎧も破壊したのだ。枯れ枝で胴を真っ二つにしたのを目の前で見せられたかのような、詐欺にも等しい見た目と効果の離れっぷり。ルーキーと呼ぶには凶悪過ぎる実績だ。


 そんな、良い意味でも悪い意味でも注目されている紅朗が起こしたお祭り騒ぎ。ギルド職員であるガンターがその件を耳に入れていない筈も無く、



「それで? “どう”だったよ」



 報告書の中身を見ずとも察したガンターは、その先を促した。



「猜疑心の塊ね」



 そう評価するのは、紅朗に対する調査の感想である。


 基本的に、冒険者ギルドの登録者は、ギルド職員が秘密裏に人物像の調査を行っている。対象者の素行や過去を調査し人物像を明確にし、その上で対象者に適した依頼を斡旋する為だ。そこに善悪の基準は無い。


 過去にどれだけ虐殺していようと、どれだけ無償の愛を施していようと、それでギルドから脱退処分が下される事も特別な恩恵を与える事も無い。暗殺者だろうと聖職者だろうと、役立つ技能や優れた特性を持っているのなら利用するのがギルドの方針であり、素行調査は唯単に依頼斡旋の方向性を定めて達成率の底上げを図る為である。


 もっとも、一端以上の暗殺者は冒険者ギルドよりも深く昏い集会に集まるし、聖職者は冒険者になるメリットなど無いのだが、それはさておき。


 アイリスは紅朗の素行調査を行っており、その評価が先の言であった。



「……その心は?」



 ガンターはアイリスの言が信じられなかった。というのも、アイリスもそうなのだが、ガンターは目の前でCランク冒険者ガルゲルの膝をたった一発で砕き、受付カウンターの厚く長く重い板を引っぺがされる場面をまじまじと見せつけられたからだ。あれ程の膂力と胆力を兼ね備えている者が、猜疑心の塊である筈が無い。


 しかしアイリスは、知れずガンターの思考を否定した。



「私が出した飲食物を、一つも口にしなかった」



 アイリスの言う通り、紅朗はアイリスから出されたコーディス・ワームや酒を一口たりとも手を付ける事は無かった。コーディス・ワームは宗教上の理由と断り、酒に至っては触れる事さえしていない。



「たまたまじゃねぇのか?」



 そう言うガンターの疑問は当たり前の事だろう。誰だって苦手な食べ物はあるし、たまたま紅朗が酒や肉などの飲食物が苦手なだけだったのだろうと思えば、それはそれで有り得る話だ。事前に、それらを口にした情報さえ無ければの話だが。



「昨日、屋台の食べ物を買いあさり、宿の飲食スペースでは酒を注文していたのに?」



 実際にその場面をアイリスが目撃した訳では無い。だが、人の目は周囲に溢れているものだ。アイリスの調査は紅朗が拠点とした宿にも及んでおり、そこの店員から屋台の肉を少量ではあるが食べていた様子も、酒を注文し飲んでいた様子も目撃情報として入手している。


 つまり紅朗は、肉を自らの意思で食べた事実が有りながら宗教上の理由で肉食を禁じられていると嘘を吐き、酒を飲めるにも関わらず触れさえしなかったのだ。


 故にアイリスが紅朗を疑うのも当然の帰結と言えよう。その虚偽に、どんな意味があるのかと。


 そしてそれは、紅朗の瞳を見た時に理解出来た。



「おまけにあの目。あれは私を疑っている者の目だわ」



 アイリスは思い出す。紅朗が見せた、あの舐めるような視線を。まるで観察対象を見るかのような、生気の欠片も無い視線。紅朗の眼はそんな、実験動物がどのように行動するかを観察する、錬金術師が時折見せる無機質な眼差しを思わせるものだった。



「びくびくしているって訳では無いのだけれども、高圧的に見える外見とは裏腹に、私の眼には酷く臆病な人に見えたわ」



 それが、アイリスが抱いた紅朗に対しての評価だ。


 臆病、と一言で片づけられた台詞だが、しかしその単語に含まれたニュアンスにマイナスの感情は無い。例えば一般的な人間の感覚として言えば、臆病という単語には「逃げ」や「腰抜け」など、マイナスのイメージを抱く人が多いだろう。腕が太く、厳つい人間を前にして逃げの姿勢を取ってしまう事。刃物や銃器を手にした者を前にして、腰を抜かしてしまう事。確かにそれは、臆病と言っても何も間違いでは無い。


 だからと言って、「臆病者」を「悪」と捉えてしまうのは、平和な世界に生きた者の戯言に近いだろう。「生きる」という事。ただその一つに絞って考えてみれば、「臆病」というのは生物が生存する上では欠かせないセンサーの一つなのだ。


 言ってしまえば、「臆病」というのは「危険察知能力」の一つである。あの者は自分よりも強いから逃げよう。こいつと戦えば命の危険があるから避けよう。あそこは危ない。此処は危険だ。そうした一種の防衛本能であり、生存本能だ。


 つまりアイリスは紅朗に、高い危険察知能力があると踏んでいた。アイリスがその評価を決定付けさせたのは、紅朗が纏っていた空気に他ならない。実力としては疑いようも無い実績を見せた紅朗だが、その実、酷く疑り深い性格を有している。それは何処か、野生動物にも似た空気を纏っていた。その空気を敏感に感じ取ったアイリスは、故に紅朗を「臆病」であると判断したのだった。



「ここまでが、私の主観。次に客観的事実だけれど」



 そうしたセンサーが鈍いのかもしれないガンターが、アイリスの紅朗に対する評価を未だ腑に落とせていない中、しかしガンターを無視してアイリスの話は進む。



「狐兎族姉妹の情報では十人以上の山賊とボアウルフの撃退に成功。これは西の森に確認に行ったけれど、遺体は確認出来なかったからまだ未確認。だけどガルゲルとアマレロの件は目の前で行われたから確か。彼の討伐実績は実質、この二人のみ」



 その件に関してはガンターも首肯を返す。未確認の前者は証言だけだが、後者は被害者という確かな証拠が残っている。



「ガルゲルの時には冒険者ギルドのルールを確認していたから、恐らくは基本的な規律は守るつもりでしょうね。それはアマレロの時も同じ。アマレロへの不意打ちも、決闘の申し出はアマレロ側。彼はそれを受けて即座に行動しただけだわ。なんの規約にも違反していない」



 そう、紅朗が暴力行為を行ったというのは確かな事実ではあるが、彼が規約に反した事は一度たりとも無いのだ。つまりギルドにとって紅朗は、何も悪い事はしていないのである。どころか、一度確実に、諍いの最中でありながらガンターに規約を確認した事実まである。それがどういう事かと言えば、自ら率先して「規約には従いますよ」と言外に示したのだ。


 つまり、ある程度はギルドの要望通りに動いてくれる事が見込まれる。それを踏まえて言うのであれば、アイリスはこう評価する。



「人を傷付ける行為に対してなんとも思っていない節があるものの、規約は守る線引き屋。一定のラインを越えなければ他はどうでも良いと思っているタイプっていうのが基準ね」



 不意打ちなどの、一般的には卑怯だと蔑まれる行為を紅朗は平気で実行した。その事実にアイリスは良し悪しを付けるつもりは無い。しかしそこから見える事は、人物評価する上では見過ごす事など出来ないだろう。


 そういう、卑怯だと罵られる可能性の高い行動を実行出来るという事は、他人に卑怯だと思われる事を苦にもしていない節があるという事。翻って、他人の評価に関心は無く、自らの確固とした論理や信念を持って動いているという事に繋がる。


 クロウという男は、自らが抱える理念にさえ抵触しなければ、そして対価さえ払えば、ある程度は柔軟な姿勢なのかもしれない。アイリスは紅朗という男の人物像をそう捉えていた。



「次に戦闘面。アマレロ戦の時に言っていたけれど、彼は武器も防具も必要とはしていない主義。レガースは着けていたものの、身を護るというより、相手の武器を滑らせる道具としてしか使っていなかった。圧倒的な殺傷力を前に身を晒せる胆力。その上で無傷で済ませる技術と、それに対する確固たる自信。自らの力量に絶対の自負を持った自信家なのか、あるいは彼我の差を見抜く観察力、洞察力が長けているのか。判断材料が少な過ぎて断言は出来ないわね」


「まぁ登録してから二日しか経ってねぇからな」



 厳密に言えば二日も経っていない。紅朗が冒険者登録したのは昨日の夕刻頃の事なのだ。しかしそもそも、そんな短期間でこれだけの事をやらかすのがおかしいのだとガンターは言う。ガルゲルはまだ良い。彼は何処にでもいる極普通の冒険者だ。しかしロレインカム防衛騎士団は別物だろう。


 ロレインカム防衛騎士団とはその名の通り、ロレインカムという町を防衛する事を目的として設立された団体だ。それは決して、地球で言う警察のような組織を指して言っているわけではない。つまり治安維持を目的とはしていない。彼らが向ける目線は中では無く外。目的からして、どちらかと言えば自衛隊のようなものだろう。


 この世界は地球とは違い、魔法という一つの技術が庶民の生活と密接に関わっている。それは誰かが体系化させた技術の一つではあるが、決して機械や化学のような後付けで備わったものでは無く、石や木、風や水等の、産まれた時から傍にある物の一つだ。この世界の住人は基本的に、息を吸うように魔術を受け入れ、息を吐くように魔術を行使する。


 つまりある種の生物が原始的に所持している肉体機能の一つであり、その能力が他の種も所持していた所で何ら不思議では無いのだ。自分達が呼吸をするように、他の生物も呼吸をする。自分達が食べ物から栄養を摂取して生きているように、他の生物も食べる事で生命活動を保持している。それと同じ事なのである。


 要約すると、この世界には魔術を行使する害獣が存在するのだ。それはこの世界の住人のように多種多様としており、害獣とは名ばかりに昆虫型も居れば不定形生物という形状の無い生命体という存在さえ確認されている。そういった存在をこの世界の人々は、総称として魔獣と呼んでいた。


 その魔獣は、時に群れを成して人や町を襲う事がある。そういった外的危険性からロレインカムの人々を護る為に結成されたのが、ロレインカム防衛騎士団だ。


 彼らは時として冒険者よりも高い危険性を孕む職務に当たらなければならない為に、高い戦闘能力と頑強な統率を併せ持つ。その二点で言うのであれば、あるいは冒険者の上位互換だとさえ言っても良い職業だろう。


 その上位互換である防衛騎士団の中で、並み居る強豪を押しのけて二位の座に君臨するアマレロ。そんな強者を、下位互換の筆頭である新人冒険者が圧倒してしまう。これがどれだけ一般常識的に有り得ない事なのか、想像に難くないだろう。



「つまり現段階の総評として、人物評価は私の主観も交えて言えば、臆病故に慎重に行動する人。自己中心的な発言をするけれども、彼の行動は直情的に見えてその実、かなり論理的……勝率的? 兎も角、メリットとデメリットを考えて行動しているように思えるわ。依頼内容にもよるけれど、概ね堅実に動くタイプじゃないかしら」



 成程、とガンターは頷く。首肯で返したガンターを見てアイリスは続け、



「そしてギルドの評価としては、傭兵としての腕はアマレロを圧勝した事実を踏まえればBランクは固いわね。彼の得意戦法的に言えば護衛仕事の方が向いているかしら。探索や採取も慎重派故に時間はかかるけれども、滅多な事では致命的失敗はしないでしょうね」



 そこでガンターが待ったを掛けた。アイリスの言葉に疑問を持ったからだ。


 先にも言ったが、紅朗が冒険者として登録したのはつい昨日の事である。その上で、パーティーとしての実績がコーディス・ワームの一件。個人の実績がガルゲルとアマレロの二件だけ。それだけの実績しか無い紅朗の得意戦法など、ガンターは知る由も無かった。



「得意戦法とは?」


「待ちに特化した迎撃タイプ。恐らくはこれが彼の得意とする戦法だと言えるわ」



 確かに。ガンターが話に聞くアマレロ戦で、紅朗はほとんど立っていた場所から移動する事が無かったらしい。であれば迎撃タイプである事も頷けよう。



「成程ね。じゃあまぁ、ある程度昇格させても問題は無ぇって事か」


「もう? それは流石に早いんじゃない?」



 紅朗は登録して二日目に入ろうとしている冒険者だ。ランクは当たり前にFランク。当然ながら規約である昇格条件を達成出来るような依頼数を熟してはいないし、時間的にも不可能だろう。なにせ、原則Fランクから一つ上のEランクに上がるには、依頼を十件達成するか、あるいは五件達成して昇格試験をクリアするしか無いのだから。


 異例とも言える条件未達成のままでの昇格話に、アイリスはやや否定気味な様子だった。しかしガンターは首を横に振るう。



「そうでも無いさ。ギルドは実力者に対して広く門戸を開き、好待遇を約束するっていう良い宣伝にもなる。それに、昇格させるとしてもD止まりだしな」



 Dランクは、噛み砕いて言えば冒険者として一人前だという目安がある。


 確かに紅朗はアマレロを圧倒する実績があり、Dランクを軽く超えた力量ではある。更に言えば罰則は無く推奨していないというだけの規定ではあるが、新人冒険者の決まりである活動圏内を軽く踏み越えて西の森に侵入し、コーディス・ワームを討伐した実績まであるのだ。


 そもそもの話、FランクやEランクは力量の伴わない新人が軽々しく村や町の外に出て、未来ある若者が大量に消費されないよう設定されたものだ。外に出てもそう易々と死なない力量があるのなら、Dランクに昇格しても構わないのかもしれない。



「それなら……まぁ、そうね」



 そこまで考えて、アイリスは先の否定的な意見を改めた。



「そして【齧り取る蛇】の事もある。まず最初に待遇を改善して、次に指名依頼を達成すればCにしてやるといえば、いい感じに釣れそうだろ?」


「クロウに【齧り取る蛇】を……?」



 だが、次いで紡がれたガンターの言葉には流石に賛同出来なかった。


 現在ギルド職員を賑わせている問題の一つ、未確認生物らしきナニカ【齧り取る蛇】。肉食である事だけは確かな情報ではあるが、それ以外が全く謎に包まれた推定害獣だ。危険度も何も未だ未確定の生物に新人冒険者を当てる事など、アイリスが抱く道徳に反していた。


 更には【齧り取る蛇】には別の問題もある。



「それは念の為だな。まぁ、そんな幸運は無いだろうけどよ」


「当たり前でしょう? 騎士団長が新兵を引き連れて、訓練という名目に山狩りしているのよ? それにそろそろ一端引き上げてくる頃だろうし、わざわざクロウを介入させなくても直ぐ終わっちゃう事件じゃないかしら」



 そう、紅朗が圧倒した副団長が所属する組織、ロレインカム防衛騎士団の団長が、その事件の解決に当たっているのだ。幾ら質でアマレロを上回るとは言え、紅朗は一人。パーティーとしてもテーラとソーラを含めた三人だ。


 対する防衛騎士団団長が率いるのは、新人とは言え防衛騎士団に採用された屈強な理念を掲げた猛者見習い達二十余名。ある種の失せ者探しである今回の事件で言えば、紅朗が介入する余地は余りにも少ない。時として質は数を凌駕する事はあるものの、基本的には数が質を凌駕しているのだ。


 しかしそんなアイリスの懸念など、ガンターだって理解している。そして今回の昇格話は、それを理解した上での事だった。



「だから言っただろう。念の為だよ念の為。それに、クロウにとっても良い発破材料になるんじゃねぇの? あぁ、ギルドは実力を示せばそれに報いるんだ、と。そう思ってくれりゃあ御の字よ」


「悪い大人ね」



 言ってしまえばそれは、渡すつもりの無い報酬を鼻先にぶら下げて引っ掻けるような、少々阿漕とも言えるやり口だろう。だが法に触れている訳では無い。全てを明かさなければ悪い気もしないやり方。


 言葉でこそ否定的な台詞を放つアイリスだが、苦笑を返すだけで積極的に止める様子は無い。



「ひでぇ言い草だな。冒険者のやる気を出せて同時にギルドへの意識も上がる。誰も損をしてねぇじゃねぇか」


「クロウが聞いたらどう思うかしら」


「おっとそれは止めてくれ。あんな気味悪ぃのとヤりたくねぇ」



 どうやらガンターにとって、紅朗は気味が悪いと認定されているようだ。目の前で日常会話さながらの気楽さで膝を砕いた場面を目撃したのだから、致し方ないのかもしれない。


 おどけるように語るガンター。苦笑を返すアイリス。ギルド職員の夜は更けていく。




 

次回更新は1月15日です。

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