一攫千金を夢見て
ボアウルフの死骸から離れ、道中双子の依頼である薬草を摘みつつ西の森を北に進んだ場所。そこに、紅朗の目指している場所があった。
「あぁ、あったあった。あそこだ」
念のために小声で喋る紅朗が指差す向こうには、草原の中に突然現れた岩肌。岩肌には四人並んで入れそうな程に大きな穴が開いており、入口付近に河原で拾ったような茶褐色の小石が三つ埋め込まれている。それこそが紅朗の目指した場所、双子を襲った山賊達のアジトである洞窟だ。山賊から聞き出した情報と合致している。
確信を得た紅朗は、双子が洞窟を確認したのを見てから近くの藪に移動し、双子を手招きして共に身を隠す。口元に人差し指を当て、「静かに」の合図をしながら。
小声で喋ったのも、藪に身を隠したのも、遺体を確認出来なかったが故に山賊の生き残りがいる可能性を捨てきれないからだ。備えあれば憂いなし。無謀に突っ込んで逆に奇襲を掛けられたらたまったものでは無い。であれば奇襲を掛けやすいように身を隠し、労力少なく排除出来るのならば、そっちを取らない道理は無いだろう。無論、杞憂で済むのならばそれが一番良い。
ともあれ、紅朗はテーラとソーラを見て、口を開く。
「さて、確認だ。相手になんか魔術師とかそんなもんがいると仮定して、魔法的な罠とかはあると思うか?」
紅朗が訊ねる事は自分の知らない知識、魔術に関する事だ。こればかりは事前知識の何もない、異世界初心者には解らない事であった。例えば魔法陣を踏んだら爆発する罠とか、火薬の匂いも物理的なトラップも見えないのでは恐ろしい事この上ない。
そんな危惧を抱く紅朗だが、対してソーラは首を横に振って否定する。
「あるにはあるけど、一人じゃ魔力消費が多過ぎて維持が難しいと思う。常に物理変換してないといけないから」
単独では不可能。つまり複数居れば可能という答え。現段階では現実に即していないが、頭の片隅には入れておいた方が良い情報だ。
「隠蔽する魔法はあるか? 原始的なトラップを見えなくするとか、人が透明になるとかカモフラージュ出来るとか」
「ある。けど高位術者じゃないと無理。そして高位術者になれば引く手数多だから、わざわざ山賊に堕ちる理由が見付からない」
「遠隔操作は?」
「それも高位でないと無理」
「というか、複雑な魔術は基本的に頭が良くないと使えないから、そういう奴らはわざわざ山賊にならなくても他の職に就けるよ。山賊に堕ちている時点で単純な魔術しか使えない」
最後に答えたテーラの台詞は実に有益な情報だ。それであれば、雑魚は基本的に地球の知識だけで対処出来るかもしれない。
「じゃあ、洞窟内の危険で考え付くものはあるか?」
次に聞くべきは、やはりこれも異世界初心者には解らない危険生物や事象だろう。地球で培った常識はなるべく疑うべきという紅朗の方針だ。
「毒蛇とか、毒虫……?」
「毒ガスとか」
「蛇とか虫とかは排除しきれないだろうから有りだが、毒ガスは無いだろうな。山賊のアジトだ。自分達もやられちまう」
そういう点で言えば蝙蝠も無い。悪臭を放つし、虫の溜まり場になり、糞に寄ってきた虫を食べる虫も増える。いくらなんでも、そんな不快な場所にアジトを設けはしないだろう。
しかしこれで、大体ではあるが紅朗にも単独で山賊のアジト攻略が可能だと解った。地球の常識は疑うべきだが、今回の洞窟探索に関して言えば、基本的に地球で気を付けているように行動すれば対処は可能だという事。
そうと決まれば話は早い。紅朗は藪から少し頭を出し、洞窟に目を向ける。藪に入る前と後で特に変化は見られない。洞窟内に侵入する為の松明作りも、今なら出来るだろう。ただその前に紅朗は一応、ソーラに聞いておく
「ソーラ、魔法で松明代わりのヤツってあるか?」
「あるわ。持続時間は一時間半ぐらい。戦闘で魔法を使わなくて良いのならプラス30分」
「最高じゃねぇの」
一応、松明にも使用出来るように持ってきた麻縄だが、早くも一つの役目を奪われてしまった。嬉しい誤算だ。
ソーラの言う所、魔術行使の際に現れる発光現象を利用したものだと紅朗は説明された。今一ピンと来ていない紅朗だったが、魔術とは隠密には向いてないのだな、と思うばかりである。
「というか、普通に明りを灯す道具は売ってるんだけどね」
「……なん……だと……」
ここに来てテーラからまさかの情報提供。まさかの土台崩しである。紅朗の中にある洞窟探索工程が大幅に崩れ去りかねない情報だ。そんな便利な物があるのなら先に言って欲しかった。洞窟探索をロレインカムから出るまで隠していたのは紅朗自身だけれども。
そういえば、街灯の上部に変な光る石があったな。と紅朗は思い出す。その石がもし一般流通ルートに乗れる程安価な物であれば、流用して懐中電灯に似たものが造れるだろう。そんな簡単な事にも思い至らなかった紅朗は、割と詰めが甘い男である。
「あたし達は最低限の生活魔術が使えるけど、中には種族特性で生まれつき魔術が使えない種族もいるんだよ。そういう人達のための道具があるんだ」
その店は近日中に探し出してある程度購入確定する事を紅朗は心に決めた。その為にも、資金はたんまりと有った方が良い。紅朗は気を取り直してテーラ達に顔を向ける。
「じゃあ着いてきてくれるか? いや、薬草採取を優先したかったら別に良いけど」
「何言ってんの。私達はパーティーでしょ」
「勿論、行くよ。薬草も依頼分は採取したしね」
ソーラは怪訝そうに眉を顰め、テーラは腰の革袋をぽすりと叩いた。頼もしい限りに紅朗の頬が緩む。
「よぉし。待ってろよお宝ぁ」
そうして、三人は意気揚々と洞窟内に向かって歩き出した。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「なんっっも無ぇじゃねぇか糞ッッ垂れェッ!!」
洞窟内に紅朗の虚しい叫びが木霊する。
意気揚々と洞窟内に侵入した紅朗達は、木片と縄で造られた鳴子や二つ三つのトラップを見破り、この洞窟に山賊の息吹を感じていた。因みに、光源はソーラの手の平の上で浮遊する光球である。懐中電灯よりはぼんやりとした明りだが、松明よりは明るい全方位性の明かりは、道中のトラップ破りに大変役立った。
そして息を殺し集中しながら進む事、約30分。三人の中で比較的目の良いソーラが木製の扉を発見し、紅朗が息を顰めてゆっくりと開く。そここそが、山賊のアジトだった。確定出来る証拠などは無いが、独特の獣臭とボロくて野蛮な荷物の数々で、暫定的に山賊のアジトと言っても良いだろう。
紅朗の情報通り、山賊のアジトらしき場所は確かに存在した。寝床も装備の予備も少しボロいが家財道具まで備わっている、生活感溢れる場所だ。だが残念な事に、家探しよろしくアジトをひっくり返す勢いで洗った結果、売れそうなものは何一つ無かった。金属製の物は全て汚れているか錆びているか欠けているかで、持って帰っても二束三文だろう。
肝心の硬貨でさえ、集めに集めて金貨一枚と銀貨以下がじゃらじゃらと溢れ、全部合わせても金貨五枚程度である。地球換算で約五十万ではあるが、紅朗が抱く山賊イメージでアジトに残っている財産が五十万は少な過ぎる。せめて水瓶一杯ぐらいの金貨が欲しかった紅朗の精神的ダメージは計り知れない。
「ちょっと散財しちまえば直ぐに空ッ欠になっちまうじゃねぇか糞貧乏人共がぁぁぁああああ!!! し・か・も・こ・ぜ・にィィイイイイッッ!!」
故に、紅朗のなんとも寂しい咆哮に繋がるのである。貧乏だから山賊になったんじゃないの? というテーラの呟きも紅朗の耳には届かない。
「あーもうがっかり。紅朗君マジがっかりだわー。がっかり過ぎてメルトダウン起こしそうだわー。やってらんねー!! マジ糞くたばれ犬ッころ共がッ!!」
どかどかと二束三文の金属製兜を蹴っ飛ばす紅朗。がいーん、と甲高い音が洞窟内に響き渡る。期待をすればするだけ、裏切られた際の落ち込みようといったら半端ではない良い例を自らで表現しているようだ。例えその金額が新米冒険者とDランカー二人、三人合わせての依頼達成額としては上出来だとしても。
「くたばれと言えば、残党いないね」
「消えた遺体はやっぱり食われたのかしら」
呻く紅朗を他所に姉妹は言葉を交わす。残党が財宝を何処かに移動させたという考えは無い。それは部屋の匂いが示していた。生き物が一日居なくなる事で変化する臭気。紅朗には解らないほどの細やかな獣臭の濃淡だが、それを確実に嗅ぎ分けるのが狐兎族の嗅覚だ。その二人の鼻が、この洞窟に人間大の哺乳類が一日分寄り付いていない事を知覚している。
「金銀財宝ザックザクがー。俺の不労生活がー。くそぅ、暫く働かなくて良いと思ったのにぃ……」
たかだか十余人程度の小さな山賊団にどれだけ高望みしていたのだろうか。双子が呆れながら見守る前で、紅朗はとうとう床に寝転がり始めた。
「子供か」
「クロー。いじけてないで帰りましょう。ここにはもう何も無いわ」
「あー……」
二人が声をかけても、帰ってきたのは空返事で取り付く島もない。
「……ったく」
姉妹に背中を向けて転がる紅朗に、テーラは呆れながらしゃがみこんで紅朗に手を添える。
「クロー。ソーラの明かりだってそんなに時間が無いんだから、用が無いんだったら――」
瞬間、テーラの視界が洞窟の天井を映した。一瞬の浮遊感と、床に叩き付けられる自らの尻。紅朗に足を蹴り飛ばされて転ばされたと気付いたのは、尻もちをついた時の痛みを自覚した時だった。横ではソーラまで倒れていて、彼女も紅朗に転がされたのだろう、床にぶつけた腰を擦っている。
「ちょっと、クロー! なにs――」
「おいおい。助けてやったってのに酷ぇ言い草だな」
声を荒げるテーラに答えた紅朗は、既に立ち上がって戦闘態勢に入っていた。腰を落として姿勢を低く保ち、直ぐにでも動ける態勢。その視線の先には、6~7m程に大きな、てらてらと黒光りする紐状の何かが鎌首を持ち上げていた。
「まるでワラスボだな」
紅朗の呟きはテーラの耳には入らない。その紐状の何かは、さながら大きな蛇だ。ただし黒光りする体に鱗は見当たらない。なにかを分泌でもしているのか、やたら艶めかしく光る身体は毛の生えていない皮膚のようで、蛇というよりも魚のようだ。
そして最大の特徴は、その顔である。粘土に切れ目を入れて、その切れ目に滅多矢鱈に牙を付けたような顔。瞳は無く、鼻の穴も無い。ただ牙と口だけが存在する異形の顔。鎌首を持ち上げて牙を鳴らすソレは、明らかにテーラ達を食おうとする意志を持って動いていた。
「……いつから気付いていたのよ」
テーラは油断無く立ち上がり、腰に差した剣を抜きながら戦闘態勢を取る。そんな中で口を突いて出た言葉は、素朴な疑問だった。狐兎族であるテーラやソーラが敵の接近に気付かなかったのに、紅朗だけは気付いて、素早く戦闘態勢を取っていたからだ。先の足払いは恐らく敵の襲撃から姉妹を守るための行為なのだろう。
「地面にへばり付いているとな、周りの音が良く聞こえるんだ。特にお前らの後ろから這いずる音がな」
成程。とテーラは納得し、自分の予想が当たっていた事に内心舌打ちをした。紅朗が背後からの奇襲を察知して守ってくれたというのは良い。尻は痛いが肉が食い破られるよりはマシだ。だが、自分が敵を察知出来なかったのは問題とするべきだろう。一人が気付くより、二人で気付いた方が断然良いのだから。テーラの主義としてはおんぶにだっこは御免なのだ。
「で、アレはなんだ?」
「知らない。蛇じゃないの?」
「あんな気持ち悪い蛇が居てたまるか」
「蛇なんて全部気持ち悪いじゃない」
「クロー。あれ狩りましょう」
紅朗とテーラの言い合いに、突如として加わるソーラ。手には弓を持ち、その視線は真っ直ぐ蛇擬きに注がれていた。
「知ってんのか?」
「コーディス・ワーム。高級食材よ。あれ一匹で金板1枚は下らないわ」
「よっしゃ死ねオラァッ!!!」
聞くや否や、紅朗がコーディス・ワームに向かって突進した。なんの情報も無いまま無策に突っ込む辺り、最早彼の脳内には金の事だけしかないのだろう。
「……金持ちってゲテモノ好きばかりなの?」
テーラの呟きは戦闘音に掻き消され、金の亡者には聞こえなかった。
ワラスボってのはググれば出てきます。なんか佐賀あたりに生息するエイリアンの幼体みたいな生物です。おいしいらしいのですが、私は数年前まで海の幸が全く食べられない体質だったので味は未確認です。




