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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第一章 環境適応のススメ編
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不可思議な遺体




 武具店を出た紅朗達は、新品の金属製レガースを付けた足で呉服屋へ向かう。購入したものは紅朗の服だ。いい加減、山賊仕様な服も見栄えが悪い。


 そこでも紅朗の服のチョイスで色々とあったが割愛し、結果髪を結う為の紐を一本、衣服上下セットを三着。包帯などの代わりにも使える長めの腰布を一枚。雨風を凌ぐ為にダークブラウンの外套を二着購入した。衣服は長袖のグレーのシャツと、動きやすいよう股座の深いブラウンのズボン。そこに腰布を巻いて、耳が出ないように髪を後頭部で一括り。後ろに山刀を差し込めばコーディネートは完成だ。町中を歩いても山賊だと思われる事は無くなるだろう。


 呉服屋を出たら次は雑貨屋で、旅用品の購入である。大き目のリュックを一つ、タオルを四枚。革袋の水筒や雑貨入れに使う麻袋などの野営セットを一通り。そして麻縄。麻縄は大変素晴らしい便利道具だ。身体を固定して崖を下りたり、気に引っ掛けて楽に木を登れたり、石に括り付けて簡易的な遠距離武器にしたり、刻んで火口にしたりも出来る。


 それらを購入し、今日は使わない衣服や雑貨類を宿の部屋に放り込んで、紅朗達は今ロレインカムの外に出ていた。ソーラとテーラは薬草採取の依頼を完遂しに。そして紅朗はと言えば。



「山賊のアジト?」



 そう、昨日テーラ達双子を襲った山賊のアジトである。実は紅朗、昨日にテーラ達へ声をかける前に、山賊の一人を尋問してアジトを聞き出していた。今回はそのアジトを襲撃し、溜め込んでいるだろう金銭を丸々強奪しようという計画だ。


 あの山賊団がどういう名前なのか知らないが、メンバーは昨日の奴らで全員らしく、紅朗が逆襲撃かけた時に全員がどの程度負傷したかはまでは確認していないが、手応えから恐らく半分以上は減っただろう。であれば、アジトの中に籠っている可能性もあるし、万が一逃げ出していたとしても全部は移動しきれない事が推測される。まぁ何も蓄えていないという可能性も捨てきれないが、無かったら無かったで新しい金策を探せば良いだけの話だ。それでも夢を見ずにはいられないのは、浅ましい人の性か。



「そう。きっと有るぞー。たんまりと金貨ががっぽがっぽだ。もしかしたらお宝なんかもあるかもしれねぇ。山賊するぐれぇだ、きっとある筈さ。しかも何が良いって罪に問われないってのが素晴らしい」



 そう麻縄を巻いて肩にかけた紅朗を、まるで盗賊のようだとソーラは思う。あるいは火事場泥棒か。紅朗の言う通り、ロレインカム、というよりイーディフ王国は、山賊や盗賊などの罪人であれば殺害しても罪に問われない法律となっている。そして賊の所有物は全て、討伐した者に所有権が移行されるのだ。紅朗が行おうとしている行為は決して悪い事では無い。悪い事では無いが、なんだか悪党を相手に悪事を働くような、そういう性質の悪い顔を紅朗は浮かべていた。


 そんな彼らは昨日歩いた道を逆さに辿り、ロレインカムの西の森に着く。昨日歩いた道を逆に辿っただけという事は、彼らが辿り着く場所は昨日双子が山賊に襲われた場所で、紅朗に助けられた場所。だというのにそこには、ボアウルフや山賊の遺体が無かった。



「あれ? 生き残りが回収でもしたか?」



 不思議に思った紅朗は周囲を見渡す。争った形跡はそこらに点在している。紅朗が跳躍の為に踏み込んで捲れた地面、負傷による山賊達の血潮、ボアウルフの圧し折った樹。その場所は確かに紅朗が暴れた地であった。


 生き残りが居たとして、そしてソーラのように治癒術を習得した回復役が居たとしたら、時間的にもボアウルフの回収は可能であるだろう。だが、遺体が無い以上の相違点があれば、それはまた別の話になる。



「違うな。丸飲みにでもされたか」



 よくよく現場を見てみれば、何かが這いずったような跡が見られた。人の胴体程の太さをもった長い何かが、草木を潰し、土を押し分けた痕跡。地面に付着した血液も、筆で伸ばしたかのような擦れが見受けられる。



「ここら辺ってそんなヤツがいるのか?」



 この世界に来たばかりである紅朗は、近辺にどのような生命体が生息しているか解らない。いや、近辺でなくても、魔術や獣人のような他種族がいるのだから、地球には存在していなかった生命体が居てもおかしくは無いのだ。現段階の情報でも可能性の高い生き物は思い当たるものの、地球の情報ばかりで行動していたら痛い目を見るかもしれない。


 故に彼は後方に尋ねるが、ソーラは否定する。



「いいえ、基本的にこの西の森に危険生物はいない筈だわ。前にも言った通り、ボアウルフが出た事自体、異常なのよ」


「そうか。じゃぁデッケェ蛇に心当たりはあるか?」


「蛇?」



 テーラのオウム返しを聞き流しながら、紅朗は四つん這いに体を沈める。地面すれすれの視界は、立っている時には気付けない地面の微細な凹凸を浮き彫りにするのだ。だからこそ気付ける痕跡が、紅朗の言う蛇の痕跡と酷似していた。


 草や土を押し潰した痕跡や血を土に擦り付けた跡は、一筆書きのような長い形状を示している。まるで尻尾のようだが、土の沈みようから考えると尻尾にしては重過ぎる。痕跡の側面に足跡は無い事から、イグアナのような胴体部が地面に近い種類でも無い。だとすれば、紅朗の脳内サーチは蛇だと弾きだした。それもアナコンダのような大蛇だ。



「いや、蛇じゃないと思う」



 だがテーラは紅朗の説を否定する。紅朗が顔を上げれば、テーラは森の奥に視線を向けていた。



「どういう事だ?」


「多分、見た方が早い。こっち」



 テーラが指差す方に全員で向かう。森の奥、藪や草木が鬱蒼と茂り、日の光が鈍くなる地点にテーラの指す物があった。


 ボアウルフの遺体だ。それも、内臓周りの肉が食われている。テーラは血の匂いを感知してコレを嗅ぎ当てたのだ。蛇は基本的に獲物を丸飲みして消化する。このように部分的に食われている事から、捕食者は蛇では無いという事になる。


 周囲は土の露出していない草の密集した地面。足跡を判別する事は難しかった。だが凡そ900kgにも届くであろう肉の塊を移動させて内臓を食らうという事は、大型の肉食獣でしか考えにくい。紅朗の仕業である頭蓋骨を潰されている部分を除いて、主な傷が食われた腹回りのみという事は、その肉食獣は単体なのだろう。


 しかし、先ほどまで紅朗達が居た現場にそれらしき足跡は見られなかった。肉食獣の後に大蛇が動き回って足跡が消されたのだろうか。



「どう思う?」


「この近辺で大型の肉食獣は聞いた事が無いね」


「それで言えば大蛇も無いわ。でもそう思われる痕跡は残っている。……そう、これが」



 小さく呟かれたソーラの、どこか納得するような声音。その言葉に、なにか心当たりがあるのかと紅朗が反応した。



「なんだ、なんか知ってるのか?」


「いえ、ギルドで聞いたのだけれど」



 それは昨日の話だ。紅朗と共にギルドを訪れた時、山賊とボアウルフに襲われた話をし、ギルドの受付嬢アイリスに調書を取られていた時の話。



「この西の森を越えて北西に三日程歩いた所に、ハベルゾンという町があるの。その町の近郊で最近、奇妙な事件が起こったらしいわ」


「事件?」


「えぇ。ハベルゾンという町の主な産業は牧畜。付近一帯が草原地帯で、牛や馬、羊等を放牧をしているの。そこの家畜が食い殺された、という事件よ」



 その時の被害は全部で12頭。食べられた部位はほぼ全て内臓部分だという事から同一犯の捕食動物と断定され、直ちに周囲を捜索された。だけど犯人は見つからなかった。ここまでの話ならば、対して奇妙とは言えない、野犬等によるよくある襲撃事件の一つだろう。


 しかし奇妙なのはここからだ。


 草原一帯を捜索しても手がかり一つ見付けられなかった町民達は、捜索範囲を広げて森の中に入り、そして牛一頭の死骸を見付けた。その牛の死骸は、全身の肉をこそぎ取るようにすべて食べられて骨と化していた。骨には肉の一欠片も無く、まるでしゃぶられたかのように綺麗に削り取られており、一部の骨は齧られた痕も残っていた。食べられた部位が【ほぼ】内臓、と言ったのはこの牛の痕跡にある。


 そして奇妙の最たるが、牛の死骸の周辺に散らかった蛇の抜け殻。それも相当な大きさを誇る抜け殻だった。


 それには当然、町民達は困惑した。巨大な蛇の抜け殻が牛の死骸の周辺に散らばっている事から、牛は蛇が食ったのだろう。だが、蛇が肉を削り取るか? 骨をしゃぶり、齧るか? 答えは否だ。蛇は毛も皮も骨も全てを栄養として消化し、吸収する。


 得体の知れない何かが蠢いている。と町民は未知の恐怖に怯え、冒険者ギルドに助けを求めた。そしてその話が昨日、アイリスの口からソーラの耳に入り、今紅朗達の耳に入った。



「状況証拠から、その未確認生物の名は【齧り取る蛇】……ルプスコアトルと呼ばれていたわ」



 ほう、と紅朗が納得の意を示す。現状は状況証拠しか無いが、そのルプスコアトルが本物であれば、このボアウルフの遺体にも説明はつく。



「で、その【齧り取る蛇】とやらがこの森に来たって訳か」


「えぇ。滅多に出没しない山賊やボアウルフが昨日出たのも、説明はつく」


「どういう事だ?」



 ここで紅朗が疑問を挟むのは、西の森の事情を知らない、この世界の初心者だからだろう。ロレインカムに一月でも住んでいれば、この程度の疑問を抱く事は無い。それ程に当たり前の事なのだ。


 

「まず前提として、この西の森は大型の危険生物が出る事など滅多に無いの。他の森に比べて食料となるものが少ない傾向にあるから、小動物の数がまず少ない。いないという訳では無いけれど、他の森と比べたら、って程度だけれどね。ここまでは解る?」



 ソーラの言葉に頷く紅朗。彼女の言葉が真実だとすれば、必然的に大型の捕食動物は寄り付かないだろう。この森よりも高確率で食料に有り付ける森があるのならば、率が高い方を選ぶのは人も獣も変わらない。



「次に、山賊とかも基本寄り付かない。この西の森は、昔は人の出入りも活発だったけれど、別の場所にもっと便利な交易路が出来たからあまり使われなくなった」



 であれば、それも道理だ。山賊にとって利が低いのだから。リターンが無いのにデッド・オア・アライブなどというハイリスクを選択する愚か者は、そうそういないだろう。


 植生的に大型動物が寄り付き辛く、往来的に山賊も寄り付かない森。それが今までの西の森であった。にも関わらず、山賊は出現し、ボアウルフが襲ってきた。つまり――



「……追いやられてきたって訳か」


「正解。あくまでも可能性の一つだけれど」



 ソーラの言う通り、それは確かに可能性の一つでしかない。だが辻褄は合う。辻褄が合う以上、警戒はすべきだろう。



「ま、本当ならそこら辺の事実確認や山賊の件も含めて、アイリスが紅朗にも調書を取ろうとしたのだけれど、紅朗はあんな事しちゃうし」


「腹が減ってたからな。誰も悪くない。全てはタイミング、巡り合わせが悪かったんだろ」



 ボアウルフの死骸から視線を離し、紅朗はソーラに応える。あれは双方に過失の無い事故だったのだと言わんばかりだ。そこに罪悪感など一つも見られない。どころか話は終わりだと言うように、そういえば、と続ける。



「あぁ、そうだ。一応聞いておくけど、上半身が人間で下半身が蛇の生き物とかいないよな?」



 ラミアとかエキドナとか、地球ではそういう幻想生物が伝説として語り継がれてきた事を紅朗は知っている。残念ながら実在したという情報はついぞ聞けなかったが、魔術が蔓延るこの異世界だ。居ても不思議ではない。


 因みにラミアとは半人半蛇、上半身が人間で下半身が蛇の幻想生物であり、エキドナとはラミアに羽が生えた姿を想像すれば大体それだ。



「蛇足族の事? 最初はその線も考えられたそうだけれど、蛇足族だったら火を使う筈よ」


「それに食べる量が違う。蛇足族は子供でも大食いだからな。牛一頭でも満腹にならないんだから、内臓だけ食べる理由が無いだろ」



 やっぱ居るのか。とややげんなりする紅朗。幻想生物に浪漫を覚えない紅朗にとって、人と蛇のハイブリッドに魅力は感じないのだろう。それどころか、危険性さえ感じ始めた。幻想生物ちっくな生き物がいるこの世界では、未知の病原体や毒、更には化け物特有の能力を保持している生物がいるかもしれないからだ。メデューサとかコカトリスとか、意味解らん能力に対抗する術は紅朗には無い。なんだ見ただけで石化するとか。


 やはり情報が……途方も無く圧倒的に情報が足りない。紅朗の胸中に焦燥感が増してくる。




この小説は推理小説でもパニックホラーでもありません。私の貧弱な脳味噌ではそんな小説書けませんので、そっち方面の期待はしない方が良いです。

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