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多華美のお祖母ちゃんが死んだ。
葬式あって多華美、学校休んで私、そのお祖母ちゃんに会ったことないし葬式行かなかったけど、多華美が学校もどってきても何て声かけたらいいかわかんない。
小学生のとき、同級生のお母さん死んで、クラスのみんなで葬式行ったことあるけどその同級生、いままで見たことないくらい怖い顔してて私、割と仲良かったけど声かけらんなかった。
それと同じ感じで多華美に近づけない。
何日かして、多華美の方から声かけてきた。
ふたりだけで話したいっていうから体育倉庫のとこ行く。
多華美、ちょっとの間にすこし痩せたみたいに見えた。
「お祖母ちゃん、私の見てる前で死んだの。救急車呼んだけど、駄目だった」
私は倉庫のシャッターに寄りかかった。
「たいへんだったな。多華美はだいじょうぶか?」
多華美はうなずいて、そのままうつむいた。
「あのね奈琉、もう私、夜パケットで走れない」
「えっ……なんで?」
私がシャッターから体起こしたらシャッター、揺れてぐわんぐわんって鳴った。
「もうお祖母ちゃんち行かないから、夜は家から出られない」
「なんでだよ。出てくりゃいいじゃん」
「駄目だよ。お父さんに怒られる」
「こっそり出てこいよ」
「駄目だよ。見つかったらたぶん――」
「たぶん何だよ。お湯かけられんのか」
私がいったら多華美、体ビクッてさせた。
「おまえ、もうガキじゃねえんだからさ、やりたいことあるんならやりたいっていえ。嫌なことされたら嫌だってはっきりいえよ。いつまで親のいいなりになってんじゃねえ」
「仕方ないんだよ」
「仕方ないとかいってんなよ。じゃあおまえ、うちと遊べねえのも仕方ねえのかよ。うちとの友情、そんなもんだったのかよ」
「そんなこと――」
多華美は泣きそうな声出す。「でも私――」
「もういいよ」
私は多華美の前に立って多華美、背高いから、顔見あげる。「じゃあおまえは一生家にいて親のいうこと聞いてろ」
そういってまわれ右して校舎の方歩く。
またシャッターが鳴いている。
その合間に多華美の声、聞こえた気がした。
親のいうこと聞いても、何にもなんない。
いい子にしてたらお土産買ってきてくれるってお父さんいって、でもお父さん、帰ってこなくて私、いい子にしてたのにそれ、誰も見てない。
ことば、いった人その気なくても、嘘になる。
いった人はそのこと忘れてもいわれた人、パケットの上で目つぶっても通りの光、瞼の内側に残ってるみたいに、嘘いわれたこと、心から消えない。
教室帰ったら明香たち、私の制服の背中汚れてるっていって、プログのカメラで撮ってもらって見たら、シャッターに寄りかかってたところ、白く汚れてた。
┣╋╋╋┫
夜、明香、「ベルフローラ行くべ」っつって、行くなら私、もうパケットステーション直行して、どこへでもいいから走りたかったんだけど、明香、どうしても行きたいっていう。
「なんでそんな行きてえんだよ」
道歩きながらきいたら明香、
「元哉先輩来るから」っていう。
「先輩来るから何だっつーんだよ。うちら関係ねえべ」
「いや、いいじゃん。行くべ」
「だから先輩とうちら関係ねえだろって」
「いや、うちと元哉先輩つきあってるし」
「は?」
私がいったら、美晴と櫻も「は?」っつって明香の顔見た。
明香、何か体ぐねぐねさせてる。
「だからー、うちと先輩、つきあってんの」
それ聞いて正直、キモいって思った。
つきあうとか私、興味ないけど、そういうときってふたりで真剣な顔して話するはずで、それをこのバカの明香がしてるっていうのが信じらんない。
ヘラヘラしてるかキレてるか、明香の顔ってそれしか知らないから、そういうときの明香の顔、想像できない。
「で? オメエが先輩とつきあってるからって、どうしてうちらがいっしょに行かなきゃなんねえんだよ」
「先輩、友達連れてくるっていうから、うちにもツレ呼んでこいって――」
「は? 何だよそれ。うちは行かねえからな」
「いや、来いよ」
明香いうけど私、立ちどまった。
美晴と櫻も止まるけど、足踏みする感じで明香の方見てる。
「なんでオメエに指図されなきゃなんねえんだよ」
「は? 奈琉オメエ、うちに逆らうのか?」
明香が止まってふりかえる。
私はガンくれてやった。
「逆らうって何だよ。オメエはリーダーじゃねえし。うちがリーダーだし。それにオメエ、男のいうこと聞いてばっかで自分の考え何もねえじゃん」
「は? やんのかテメエ」
明香、口では強気なこといってるけど、向かってはこない。
バカだけど、喧嘩で私に勝てないってことは理解してるみたいだ。
「おまえらは来るよな?」
明香は美晴と櫻の方を見た。
ふたりは顔を見合わせて、「お、おう」みたいなことをいった。
私は鼻で笑った。
「オメエら、お似合いだよ。自分の頭で考えれねえバカどうし」
そういって、コイツらの使うパケットステーションとは別のとこ、ちょっと遠いけど、北の方にあるから、そっち向かって歩きだした。
私、別にリーダーなりたいってわけじゃないけど、自分のやりたいようにやって、自分の行きたい方向に行くんでなきゃ嫌だ。
誰かにいわれて行くんじゃ、パケットといっしょだ。
ドローンとか、邪魔だし人間の敵だけど、自分で考えて走ってる分、アイツらよりずっとマシだと思う。
パケットステーションでパケット拾って、乗る。
ひとりだから、ツレがパケット拾うの待たなくていい。
ひとりだから、ツレにどこ行きたいかとか、きかなくていい。
私、走って、通りを走る車の音と光、下に見る。
キラキラ光って、ブゥンってうるさくて、その上走る私、王様みたい。
街の王様。
誰の指図も受けないでパレードしてる。
街、私に構わず動いてる。
私、街なんか眼中になく走ってる。
そうやって何日もひとりで走った。
夜の風、冷たくて、パケットの上で私、震える。
ひとりだと何か寒い。
別に誰かといっしょにいたからって風を防いでくれるわけでも体温めてくれるわけでもないけど、寒く感じる。
誰も、グランドエイト行きたいとかベルフローラ行きたいとかいわないから私、街中のリンク走った。
そんで思ったけど、やっぱこの街、狭くて、どこでも行けるってなったら、どこでも行けちゃって、どこも行くとこなくなった。
たぶん私、こうやって街のどこにも行くとこなくなって、でも街の外どこにも行かないで、年取ってくんだと思う。
仕方ないっていって、用事なければパケットにも乗らなくなるんだと思う。
よく考えたら私、多華美と会う前、街のこと別に好きじゃなかったけど、出ていきたいとは思わなかった。
なんでなんだろう。
いままた私、街出ないで生きてくことの方が自然な気してる。
┣╋╋╋┫
しばらくして、別に行きたいとこもないけど家にいるのもつまんないしパケットで走るべって、ひとりでパケットステーション向かってたら、ゴミ捨て場にゴミ見つけた。
何かのリモコン。
それ、何か必要な気がして、なんでだべって思ってすこし考えて、思いだしたのは、ドローンのこと。
アイツどうしてんのかなって思って、ひさしぶりに行ってみる気になって、どっか行きたいって思ったのもひさしぶり。
そんで、行って、工場跡、入ったらドローン、出てこないから、「おーい」って呼んだら、出てきた。
「ほら」っつって、さっき拾ったリモコンやったらドローン、食って、見たら、地面に部品のカスいっぱい落ちてて、多華美も昼間来てるっぽい。
私それ、拾って、ドローンのライト、目みたいの、光ってるからその中でよく見てみた。
プラスチックの破片、小さくて、元が何なのかわかんない。
私、なんで多華美と喧嘩しちゃったのかわかんなかった。
多華美、別に私といるのが嫌で夜出てこなくなったわけじゃなくて、親にいわれたからだ。
多華美のせいじゃない。
なのに私、多華美にキレた。
むしろわかってあげなくちゃなんなかったのに。
うちら、ドローンのこと、ふたりだけの秘密だった。
飼ってることも、部品やソーラーパネル盗んだことも。
多華美の足のことも秘密。
みんなは知らない。
もし知ってたら明香たち、絶対それで多華美のことイジってる。
欲しいもの、どっか行ったらあるとかカネあったら買えるとかじゃなくて、私の中にあった。
大事なもの、もう私、持ってた。
みんなどこへでも行けるこの街は、みんなどこにも行けないようにできてて、でもうちら、そんなの関係なく心の中、秘密のこと考えたら、いつでもどこでもふたりで会える。
ふたりだけど、秘密はひとつだから。
前に多華美とした約束、ドローンにふたりで乗ろうって、伝説だと思ったけどそれも、ドローン乗って通り走ったら、パケットに乗ってる人、まさか人がドローンに乗って走ってるなんて思わないから、誰も見てなくて、誰にも見せたくなくて、ふたりだけの秘密。
そういうの、うちらにお似合いだと思う。
私はドローン捕まえて、上に乗ってみる。
多華美、体でかいから、ちょっときついかもしんないけど、ふたりで乗るスペースはある。
「なあ、おまえも多華美乗せたいべ?」
そうきいたらドローン、ピーッて鳴いてすこし進んだ。
私、ドローンから降りて、工場跡を出る。
パケットステーション向かいながらPING飛ばした。
もう寝たか?――NaRu
Takami――まだ起きてるけど
いまから行く――NaRu
Takami――いまから?
パケット乗って、弥生南、多華美の家、いくつか同じようなのが並んでる中にあった。
いまおまえんちの前――NaRu
出て来れるか?
Takami――お父さんお母さん寝てるし無理
二階の窓のカーテンが開いた。
そこから見える人の影、でかいからすぐ多華美ってわかった。
私は塀よじのぼって庭に入った。
雨水流すパイプみたいなやつにつかまってのぼる。
足とか、けっこう大きな音するから、多華美の親とかとなりの人とか、寝ててほしいって思った。
二階までのぼってベランダに飛びうつる。
近くの大きな窓、開いて、多華美が顔出した。
私が声かけようとしたら多華美、「しーっ」てやってとなりの窓指差した。
カーテンの隙間から光漏れてて、誰かいるっぽい。
私、小さい声で、
「この間、ごめんな」っていった。
したら多華美、
「ううん。私の方こそごめん」っていった。
「なあ、いまからドローンのとこ行くべ」
「いまから……? でももう遅いよ」
「いいから」
私は多華美の腕、ぎゅってつかんだ。
このまま攫ってっちゃうつもりだった。
この家、私の住んでる市営とかよりずっと立派だけど、中は腐ってる。
多華美を閉じこめて、傷つけてる。
うちら、夜中にパケット乗って走ること、親とかは悪いことっていうかもしんないけど、誰も傷つけてない。
染井たちのことはちょっと傷めつけちゃったけど。
多華美は部屋から出ようとしない。
「私、靴がない。下に取り行ったらお父さんお母さん起きちゃう」
「いいよ。そのまま来い。どうせすぐパケット乗るし」
私は多華美の腕ひっぱる。
多華美はスウエットの上下着てたけど、上にダッフルコート羽織って、部屋の電気消して出てきた。
パイプ伝っておりるの、ふたりだとぶっこわれそうだから、私まず先行く。
多華美、やっぱトロいから、うまくおりれなくて、滑って落ちてくるから私、そのでかい尻、下で受けとめた。
塀乗りこえるときも尻、下から押してやる。
外に出たら多華美、声でかくなった。
「うわあ、足冷たい」
靴下履いた左足の爪先が丸まる。
右足の方はだらんとしてる。
「うち、ずっとひとりで夜走ってて、つまんなかったわ」
私がいったら多華美、
「私も、部屋にいてつまんなかった」っていう。
道、街灯の光、白いから凍って見えて私、多華美が足冷たそうだったから手を差しだした。
多華美はそれにつかまる。
多華美の手、あったかくて多華美、足冷たいのに、私だけあったかい思いして何だかズルしてる気がした。
歩いてたら、向こうから人来て、うちらの近く来た。
「よう」っていって、何かと思ったら、元哉先輩だった。
元哉先輩、パケット乗ってないとき見たら、多華美より背低い。
一五五cmの私よりちょっと大きいくらいだ。
「こんな時間に出歩いてんのか。悪い中学生だなあ」
先輩はそういって笑う。
私もそれに合わせて笑っといた。
「ん?」
先輩が下向いた。「どうした、その足」
多華美の足を見てる。
靴下、白いのがちょっと汚れてた。
「なんで靴履いてねえんだ?」
「あ、えーと……さっき落としちゃって」
私がいったら先輩、笑った。
「何だそれ」
「いや、ホントです」
さすがにひどすぎる嘘だなって思った。
「サンダル貸してやるからうち寄ってけ」
先輩がいうからうちら、顔見合わせた。
「どうする?」
私がきいても多華美、返事しない。
恥ずかしがってもじもじしてる。
「じゃあ、貸してください」
代わりに私がお願いした。
先輩の家、けっこう近くにあって、アパート、一階で、入ったら、お香とか焚いてんのか、甘くてちょっと苦いような匂いがした。
「ほら、これ使え」
先輩、便所サンダルみたいの貸してくれて多華美、履こうとして靴下汚れてんの気づいて、先輩が家にあがってこっち見てない隙に靴下脱いで、サンダル履く。
「ちょっとあがって何か飲んでけよ」
先輩が冷蔵庫開ける。
うちら、サンダル貸してもらったから、「いや、いいです。それじゃあ」っつって出てくわけにもいかなくて、靴脱いであがった。
多華美は左足の指、曲げて、右足の指ないの、目立たないようにする。
「そこ座ってろ」
部屋、ひとつだけで中、ベッドの他に低いテーブルひとつあって、煙草と灰皿置いてあった。
「酒飲めるよな?」
先輩にきかれて私、お母さんのワインとか飲んだことあるから「はい」っていったら多華美、私の方見て首振る。
だから私、
「多華美は飲まないんで、酒じゃないのください」っていった。
先輩、コップ三つ持ってきて、私にはオレンジ色の飲み物、多華美にはコーラっぽいやつだった。
オレンジのやつ、飲んでみたら、甘くて、先輩は酒だっていうけど、飲める。
先輩、西中出身だっていって、中学時代の話してくれたけど、おもしろい。
多華美とか、最初何か警戒してたっぽくて、表情硬かったのに、いまは大笑いしてる。
私も笑ってて自分の笑い声、やたら大きくて我ながらキモい。
先輩と多華美の声、ぽわーんって聞こえる。
私、先輩がエアコン点けたから、あったかくなってコート脱いだ。
それでも腰のあたりからぽわーんって下半身、溶けたみたいにあったかくて、力入らなくなる。
瞼、重くて、開けていようと思っても下からひっぱられてるみたいに落ちてきちゃう。
先輩が顔近づけてきて、「だいじょうぶか?」ってきく。
私、「はーい」とかいって、ぽわーんってして、体揺れて、床に寝た。
床のフローリング、顔に当たって冷たくて、ちょっと気持ちよかった。
┣╋╋╋┫
起きたら、口からよだれスゲエ出てて、ビビった。
床、私のよだれで濡れてて、やべえ先輩に怒られるって思って体起こそうとしたけど、動かない。
まだぽわーんってしてて、力入んない感じ。
顔あげたら最初、先輩いないのかと思った。
多華美、ベッドに俯せで寝てて、なぜか下、何も穿いてなかった。
大きな尻、先輩そこに顔突っこんでて、尻大きいから顔、見えなくなってる。
先輩、上半身裸になってて、下半身裸の多華美といっしょになって、どこからどこまでが先輩で多華美か区別つかなくて、そんでいないように見えてたんだってわかった。
先輩の腕、墨入ってて、そのトライバル柄、多華美の太腿に沿ってて、多華美の白い肌にその柄が移ったみたいだった。
「何やってんだ」って私、いったつもりだったんだけど、口に力入んなくてことば、はっきりしない。
先輩、私に気づいて多華美の脚の間から顔あげた。
口のまわり、掌でこする。
「目ェさめんの早いな。もしやおまえ、ふだんから眠剤入れてる?」
わけわかんないこといって、多華美の尻、わしづかみにする。
指、肉に食いこんで、先輩が手を動かしたら揺れる。
「多華美から離れろ」っていって立ちあがろうとした。
でもことばはあいかわらずはっきりしなくて、足はふらつく。
先輩がベッドからおりてきて、私の腹を蹴った。
私は息できなくて、倒れた。
「順番だからな。まずこっちの子から」
先輩が多華美の足首つかんで持ちあげる。
小指と薬指しかない足が先輩の顔の前に来る。
「見ろよ、これ。こんなんなってんだよ。すごくね?」
そういって、指のないつるんとしたことこ、舌出して、舐める。
残ってる二本の指、口の中に入れる。
ぺちゃぺちゃ、でっかいアイスでも食べるみたいにしゃぶる。
多華美、顔こっちに向ける。
こっち見てるけど、目の焦点合ってなくて、どこ見てるかわかんない。
先輩、多華美の足、ベッドの上に放って、ベルトに手をかける。
私、動かなきゃって思って、でも体動かないから腹立って自分の顔面、思いきり殴った。
したら、痛かったけど、すこし頭すっきりして動けそうな気がする。
さっき脱いだコート、床に落ちてて、それさぐって、ポケットの中からナイフ出す。
部屋の中、暑くて、汗かくくらいだけどナイフ、冷たい。
先輩、デニム脱いで全裸になっててベッドの上、多華美の腰つかんでひっぱって、尻突きださせる。
そこに私、つっこんだ。
ぶつかったら先輩の体、壁に当たって私、顔殴られる。
ベッドから落ちてテーブルにぶつかってテーブル、ひっくりかえった。
私、床の上で仰向けなってて、手の中のナイフ見たら刃、きれいなままだった。
先輩、ベッドの上で脇腹に手当てて、その手見て、「ああっ」って変な声出した。
脇腹から血、流れて、ベッドに垂れてる。
「このガキ……ナメた真似しやがって……」
先輩、ベッドからおりてきて、私の体またいで立つ。
脚の間でチンコ、ぶらんって揺れる。
両手で私の手をつかんで、ナイフ取ろうとするから私、手に力入れるけど、力じゃ敵わなくて、ナイフ持ってかれそうになる。
とっさに私、足の甲でチンコ、下から蹴りあげたら先輩、うめいて、力抜ける。
私、ナイフ持つ手、つかまれたまま振りまわす。
ナイフ、先輩の喉に刺さって、根元まで入る。
そのままひっぱったら喉、切れて、血がびゅって飛んだ。
先輩、手で押さえようとして、それでも血、すごいから、指の隙間から出て、下にいる私にもかかる。
苦しがって先輩、倒れて、床の上でビクビクッてなる。
見てたら顔、あっという間に白くなって血、床の上でひろがって水溜まりみたいになって、私のとこまで来そうになる。
私は勢いつけて立った。
ベッドの上で多華美、尻こっち向けて寝てる。
ベッドの脇に多華美の穿いてたスウェットとパンツ落ちててパンツ、猫の絵のクソダセエやつで、拾おうとしたけど手、血がついてて、汚れるって思って、「多華美」って呼んだ。
多華美、こっち見て体、重そうにして私のとこまで這ってくる。
「奈琉」
そういって私の手、血で汚れてんのに、つかむ。
私、ベッドに腰かけて私の手も体も血で汚れてんのに、多華美の体抱く。
多華美、私の体についた血に触れる。
私は多華美の髪に顔を埋める。
知らない部屋の中で、よく知ってる匂いがして不思議だ。
よく知ってる匂いに酔って私、乾きはじめた血の臭い、忘れようとする。
うちら、何も持ってないのに、どうしてうちらから奪おうとするんだろう。
何も持ってないうちら、これ以上奪われたらどうなるんだろう。
「うち、この街出る。おまえも連れてく。いいだろ?」
「うん。奈琉といっしょに行く」
床の上、多華美が両足そろえて指、五本と二本、ちょっと隙間空けて並ぶ。
┣╋╋╋┫
動画とか、観るなら私、やっぱ動物のとか好きだけど、パケットの上から先輩捨てるとき私、保護されてたアザラシを海に放す動画思いだした。
先輩、落ちてって、通りを走る車の流れにぶつかって、一度ドンってすごい音したけど、あとは流れに呑みこまれて見えなくなった。
たぶん先輩、もう見つかることはないと思う。
私のお父さん、工事しててドローンに轢かれて、死体出てこなかったから、先輩もたぶんそうなる。
私は先輩を包んできたシーツ丸めて、うしろのパケット見た。
多華美、私の顔見てうなずく。
私も、うんってうなずいた。
パケット走らせて、工場跡に行く。
血のついたシーツと服、先輩の家にあったライターオイルかけて燃やす。
ドローン来て、火を見る。
動物といっしょで、ちょっと怖がって、近くには来ない。
うちら、先輩の家から取ってきた服を着る。
私はダウンジャケットで、多華美はPコート。
工場跡の入口にあるゲート、開ける。
ドローンに乗って多華美が、
「ピーちゃん、行こう」っていったらドローン、走りだす。
国道、他の車の列に入るとき、ちょっとビビってる感じだったけど、その間、入ってく。
ドローン、北に向かって走る。
三号通り、下から見たらパケットのリンク、すごく高いとこにあってパケット、走ってるけど人が乗ってるかどうかはわかんない。
車から見たら、パケットのことなんて、うちらにとっての電線の上の雀みたいなもんで、たぶん全然気になんない。
車、たまに荷物載せてる大きいのいるけど、他はみんな、人を乗せないから小さくて、走りやすくなってる。
魚とか鳥とか、動きつづけてる動物っていて、あれは餌とか住む場所とかのために動いてるんだけど、車たちは何のために動いてるんだろう。
別に他の車とスピード勝負してるとかじゃなくて、ふつうに走ってる。
線路を越えてうちら、街を出る。
国道、北に向かって走ってる。
街灯に照らされてる道の外、暗くて何があるのかわかんない。
暗いから空、星見える。
ドローン、人が乗るようにはなってないから、壁も屋根もフロントガラスもなくて、寒い。
うちら、すこしでもあったかくなろうとして抱きあう。
「進むべき道を見つけよう」
多華美がつぶやく。
私、風の音とかまわりの車の音とかでよく聞こえなくて、
「すむべき道?」っていった。
したら多華美、笑った。
「ちがうよ。進むべき道」
「何だよそれ」
「ほら、校舎の上に張ってあったでしょ?」
「ああ、あれか」
私は来た道をふりかえる。
風に暴れる多華美の髪の隙間、街の灯りが見えるけどそれ、いまうちらがいる道、車の光でいっぱいなのと光の種類はいっしょだ。
あの街、明るく見えたけど、あの街だけの灯りなんて何もなかった。
「住むべき道って嫌だね」
多華美が髪を押さえる。「道の上で暮らしてるみたい」
「うちは国がいいな。住むべき国」
でも住むべき国とかいって、そのべきっての、うちらじゃなくて別の誰かが決めちゃうことだ。
たぶんうちら、本当に住むべき国なんてどこにも見つからない。
だったら、ずっとこのまま走っていたい。
どこにもたどりつかなくても、こうやって、パケットとちがうスピードと風を感じて、多華美がいっしょにいてくれればいい。
私は多華美の肩にまわした手に力をこめた。
多華美、私の顔を見て私、そっちに頭預けたらおでことおでこ、くっついて冷たい。
私は多華美のこと、大事と思う。
でもさっき、先輩の部屋で多華美、お酒に酔ったのとちがう、真っ赤な顔して目うるませてベッドに寝てた。
多華美の尻から顔あげた先輩、汗ともよだれともちがうもので口のまわり濡らしてて、手で拭いてもまだ濡れてた。
私、多華美が私の知ってる多華美じゃないような気がした。
もしかしたらソーラーパネル盗みに行ったとき、あの野原で本当の多華美は鬼に食べられてしまったのかもしれない。
そうやって走ってたらその内、空の下の方、明るくなってきた。
空の上の方、星、もう見えなくなってる。
車の光、あいかわらず道の上に光ってる。
ドローン、急にピーピー鳴きだしてうちら、何かと思ってまわり見てたら道の先、すごい遠く、空に線みたいの走ってて、近づいていったら、ものすごいでかい、柱みたいの建ってる。
その柱、空のすごい高いところまで伸びてて先が見えない。
そこ見てたら、最初星かと思ったけど、星にしてはちょっと近くに集まりすぎててそれ、だんだん下におりてくる。
柱に沿って何かわかんないけどでっかい、かすがの市全部すっぽり入っちゃいそうなくらいでっかいもの、ゆっくりゆっくり、空からおりてきて、でも音とかはない。
光がいっぱい点いてて、空の星をくっつけてきたみたい。
下を見たら、道の先、遠くで道が終わって広場みたいになってて車、いっぱい停まってる。
ライト光ってその光、上からおりてくるやつと同じ色してる。
私、車が走ってたのはここに来るためだったんだってわかった。
空から来たあのでかいのを迎えるために走ってたんだ。
あれに乗ってコイツら、どっか行くんだ。
コイツらも住むべき国、見つけようとしてたんだ。
車の流れ、広場に近づいてだんだんゆっくりになってうちらの乗ってるドローン、止まりそう。
したらドローン、「ピーッ」て鳴いて、それ聞いたまわりの車、道空ける。
道の真ん中、うちらだけの道になってドローン、スピードあげる。
うちら、パレードしてるみたいだ。
多華美、
「ねえ奈琉、ピーちゃんきっと、ドローンの王子様だったんだよ」とか、わけのわかんないこという。
王子様だか王女様だか知んないけどドローン、壁とかないから乗ってるとやっぱ寒くて私、体冷えて眠くなってきた。
空からおりてきたでかいの、地上に着いて光、明るくなってきた空に融けて見えなくなってるけど、壁みたいなとこゴゴゴゴッて開いてそこに車、ガーッて流れこんでく。
うちらもそこに吸いよせられていく。
住むべき国、どこだか知んないけど住むなら私、あったかい国がいいなあって思って、飴食おうと思ったけど、自分のコートといっしょに焼いちゃったから、なくて、仕方ないから目を閉じて、多華美の胸、滑りおちて膝の上、頭預けた。
了