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トラフィック・キングダム  作者: 石川博品
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4→5

 ゴミ捨て場で拾った部品、ドローンに食わしたら食ったけど、次は電池が必要で、でも電池とか、ふつう落ちてたり捨ててあったりしないから、困った。


 どうすんべって思って、学校帰り、家で考えごとしてると寝ちゃうし、お母さん夜勤の前に寝てるから、帰んないで、近くの公園行った。


 入口でマルチーズ六匹連れたババアとシーズー抱っこしたババアがしゃべってて、中ではガキどもが小さいボール投げてて、野球とかサッカーとか禁止だから、遠くまで投げて拾った奴が次投げれるとか、その場で新しいルール作ってて、私もおぼえあるけどこれ、ルールできあがってく途中が一番楽しい。


 ベンチ座って電池のこと考えた。


 電池盗むのとか、やっぱ限界ある。

 一度に二個とか三個とか盗むの、やっぱ目立つし、色んな店で盗むのは、やりなれてないとこでやんなきゃいけなかったりして、危ない。


 あと電気をドローンにやる方法は、電線ぶったぎってドローンに直結とかだけど、それはさすがに怖い。

 あとは縁日で使う発電機パクってくるとかだけど、いま冬だから縁日ないし、テキ屋のおっさんとか怖い。


 どうすんべって思ってたらガキども、一人すごい遠くまでボール投げる奴いて、ぽーんって家の屋根にボール投げちゃった。


「あーっ」てガキどもいってボール、雨水が流れるパイプみたいなのにひっかかって落ちてこなくてガキども、「どうする?」っていってるけど私、あって思ってプログ点けて多華美にPING飛ばした。


        いいこと思いついた――NaRu


  Takami――いいことって何?


 これ、聞かれたらやばいから音声入力やめて文字にした。


        ソーラーパネルだよ   ――NaRu

        あれを電池の代わりにする


  Takami――それって屋根の上にあるやつ?


        そう                ――NaRu

        あれを工場跡に置いて天気のいい日とか

        ドローンに電気吸わせる


  Takami――いい考えだと思うけど

          どこにあるのソーラーパネル


        多華美んちにない?――NaRu


  Takami――あるけど

          これ取ったら怒られるよ


        だよなあ――NaRu


 困って私、ガキどもがボールあげちゃった屋根見た。

 そこにソーラーパネル、あって、そこからはずそうと思えばはずせそうだけど、屋根のぼるのたいへんだし、屋根ってカラスとか乗るとけっこうでかい音して下の人、気づくから、捕まる。


 どうすんべって思ってたら、多華美からPING来た。


  Takami――いいの見つけた


 そういって画像送ってくるから、見たら、空き地みたいなとこ、ソーラーパネルいっぱいあった。


        どうしたんだこれ――NaRu


  Takami――お父さんの部屋にあった写真

          工場跡にあるんだって


        マジかよ   ――NaRu

        場所わかるか? 


  Takami――三条通り西に行って五号通り越えたところだって


        わかった    ――NaRu

        今夜盗みに行こう


  Takami――こんなの盗んでだいじょうぶ?


        夜なら誰も見てないって――NaRu


 多華美と今夜の約束して私、何かワクワクしてきて、こういうの夜パケット乗りはじめたとき以来だなって思った。


 ボールなくしちゃったガキども困ってて、屋根見てるから私、コイツらのおかげでいいこと思いついたから、お返ししてやろうと思って、

「ボール取らしてってあそこの家の人にいってきてやるよ」っていったらガキども、中学生に話しかけられたもんだからビビってて、うけた。


       ┣╋╋╋┫


 夜、明香たちと走ってて、十時なったら多華美、お祖母ちゃんの家から帰ってくるから私、適当に理由作って明香たちと別れた。


 三条と五号の交差点近くにパケットステーションあって私、そこでパケット降りて多華美、ちょっと遅れるってPING送ってきてたから、待って、動画とか観てた。


 すこししたら多華美来たから、「行くべ」っつってフェンス乗りこえようとしたら多華美、やっぱ遅い。


 小学生のときとか、街ん中遊ぶとこないし、フェンス乗りこえんのとか絶対やんなきゃいけなかったから、そんとき多華美みたいな奴いたらハブられてる。

 プログ持ってない奴、PINGできないから友達いなくなるけど、それと同じ。


 フェンスの向こう、道路あって、道路っていっても土のだけど、歩いていったら、フェンスの中もフェンスで区切られてて、草スゲエ生えてて枯れた草、フェンスの真ん中くらいまで来てる。

 だから向こうに何があんのかよくわかんない。


 プログのマップ表示して、

「ソーラーパネル、もうちょい先」とかいってたら多華美、

「ちょっとおしっこしたい」とかいって、は? って思って、

「その辺でしろよ」っつったら多華美、道の脇の草、ガサガサ掻きわけて、ダッフルコートとロングスカートの裾、まくりあげた。


 そこ、けっこう私のいるとこから近いから、ケツ丸見えで、まわり誰もいないし、うちら女どうしだから別にいいんだけど多華美、体でかいからケツもでかくて、暗い中に白く丸く浮かんで、月みてえって思った。


 そのまま見てるのも変だから、プログでPING見てたら多華美、

「わあっ」とかいうから私、何かと思って、

「どうした」っつって走ってった。


 したら多華美、

「これ見て」っつって、目の前にあるフェンス指差すから私、何かと思って、見たら、


   猛犬注意


 牙の生えた犬の絵が描かれたプレートついてて、

「どうしよう。この中、犬いるよ」とかいうから、

「もう夜遅いし、寝てんだろ」っつっといた。


「つーかおまえ、犬飼いたいんだろ? それなのに犬怖いのかよ」

「大きいのは怖い」


 どうせこんなの脅しに決まってんのに、多華美はビビってる。

 ソーラーパネル守るためにわざわざ犬飼うバカなんてさすがにいないだろう。


 ビビっててもしょうがないから早く行きたかったんだけど多華美、なかなかおしっこ終わらない。

 ずっと私の横でケツ出してる。


「おまえ、長くね?」

「だっていっぱい出るから……」


 多華美はちっちゃい声でいった。

 いや、量とか知らねえしって思って私、やることないから空見たら、月とかなくて、暗いから、泥棒するのにちょうどいい。


 多華美のおしっこ終わったから、道歩いて、フェンス越えて、草むらの中、ソーラーパネル目指して歩いた。


 草が背高くて、掻きわけてると足音聞こえない。


 うしろから多華美がついてきてるか不安になったから、

「多華美いるか」っつったら、

「いるよー」って返ってくる。


 けっこう歩いたけどソーラーパネル、あって、思ってたよりいっぱいある。

 斜めになってて、私が住んでる市営、一階建てで密集してるから、上から見たら屋根とか、たぶんこんな感じ。


 パネルは鉄パイプ組んだ台の上に乗ってて、下には草生えてない。


 草も、育つためには太陽の光が必要で、それをソーラーパネルに取られちゃってるから、育たない。

 地球に優しいけどソーラーパネル、草から見たら全然優しくないやつだ。


「多華美、まわり見張っとけ」


 私はコートのポケットからモンキーレンチ出して、ソーラーパネルを留めてるボルトはずそうとした。


「奈琉、それどうしたの」

「技術室から借りてきた」


 ボルト、固いかと思ったらけっこう簡単にまわる。

 ただ、ちょっと高いところにあるから、パイプにつかまってまわすのたいへんだ。

 あと、寒いから、レンチ持つ手、冷たい。


「ねえ、奈琉――」


 見張りをしてる多華美がいう。

 私はプログのライトをボルトのとこに当てなきゃなんないから、そっち見れない。


「この辺ね、大きな工場ができるんだって」

「そうなの?」

「でも本当はドローンの基地なんだって」

「何だそれ」

「ドローンが充電したり機体の整備したりするとこ」

「へえ」

「お父さんは公園作った方がいいっていってる」

「私はどっちも嫌だ」


 ドローンの基地とか、絶対嫌だけど、公園とかも、禁止されること多すぎてうちら、何もできないから、嫌だ。


 私は空き地がいい。

 ここみたいに、何もなくて、草ボーボーとかでもいい。

 ソーラーパネル盗んだりできる。

 うちら、街ん中で自由にできること何もなくて、盗むのは法律違反だけど、「こうやってやれ」って誰にもいわれないから、自由だからうちら、それくらいやりたいって思う。


 ボルト、全部はずれてソーラーパネル、持ちあげてみたら、持てなくもない。

 ケーブル何本か出てるから、ナイフで切って、台からはずして、多華美とふたりで持つ。


 私が前、多華美がうしろで歩く。

 両手塞がってて草とか、手でどかせないから、体とか顔とかに当たって蜘蛛の巣とか草の実とか、いっぱいつく。


 多華美、歩くの遅いから、遅れて、何か私、うしろからひっぱられてるみたいな感じになる。

 何やってんだよって思って、ふりかえろうとしたけど、パネル持ったままだとうまくうしろ向けない。


「多華美」って呼んだら、返事がない。


 そんで私、思いだしたんだけど、ガキの頃好きだった絵本、好きだったっていうか、怖いけど見たい的な感じだけど、いまうちらがいるみたいな野原に鬼が出るっていう昔話で、そん中の絵、鬼が追っかけてくるところで私、マジで怖くて、お父さんかお母さんが家にいるときだけ見ることにしてた。


 それ思いだしちゃったから私、もう多華美が鬼に食べられて入れかわっちゃってんじゃないかって思って、

「おい多華美、返事しろよ」って大きな声でいった。


 したら、

「シーッ」とかいうから、は? って思って、止まった。


「奈琉、いまの聞こえた?」

「何が」

「犬の声がする」

「犬?」


 ちょっとの間、耳をすましたけど、何も聞こえない。


「ほら、また。やっぱりここ、犬がいるよ」

「は? でも何も――」


 そういったとき、かすかに声が聞こえた。

 音じゃない。

 

 街ん中、ドローンが走っててうるさくても、人の声はなぜか聞きとれる。

 何いってるかはわかんなくても、声だってこと、わかる。

 これは絶対、声。


 そんで、音がする。

 草がこすれる音。

 風に吹かれてガサガサいってるんじゃない。

 こっちに近づいてきてる。

 うちらの左右から、うちらを挟みこむような動きだ。


「多華美、逃げんぞ」


 私は走りだした。


 ソーラーパネルを重く感じる。

 うしろを持ってる多華美が遅いからだ。


「奈琉、待って……私……」

「待てねえよ。本気で走れ」


 私は怒鳴った。


 でもスピードは全然あがんない。


「クソッ……」


 私はふりかえってソーラーパネルをぶんなげた。

 太陽の光当たる方が下になって草むらに落ちる。


 多華美がえっ? て顔で私を見てた。

 手はソーラーパネルを持ってたときのままだ。


 私は走ってってその手をつかんだ。


「行くぞ」

「でもパネルが……」

「んなもんどうだっていい。いいから急げ」


 多華美をひっぱって走る。


 足遅いのは知ってたけど多華美、横で見てたらマジで遅くて、走るっていうよりスキップしてるみたいで、ふざけてんのかと思ったけど、本気らしくて、泣きそうな顔になってる。


 犬の声、だんだん近くなって、いまはもうすぐそこで、すぐ横の草がガサガサ揺れるの見えて、もう駄目だって思った。


「多華美、しゃがめ」


 そういうのと同時に、手をひっぱって無理矢理しゃがませて、もっとひっぱって地面に寝かして私、その上にガバッてかぶさった。


 ここに来ようっていったの私だから、犬に噛まれるんの多華美じゃなくて私だ。


 犬、草の中から出てきて、うちらのまわりまわる。

 私は覚悟して下向いてた。


 でも噛みついてこない。

 変な音がする。

 吠える声はするけど、近いのに遠くからみたいに聞こえる。


 私は顔をあげた。


 それは犬じゃなかった。


 私の下で多華美も顔をあげた。


「奈琉……これって……」

「うん……」


 ソイツら、二匹いて、うちらのまわり、ゆっくりまわる。

 踏みつぶされた草、ぶちぶちいう。

 ジーッていう音、中から聞こえてスピーカー、ワンワンって、よく聴いたら嘘臭い犬の声流す。


「ドローンだよ。犬みたいなドローン」

「いうほど犬みたい(・・・・)か?」


 ドローン二体、犬の声出してるけど、形は全然犬じゃなくて、車輪がついた椅子の脚んとこみたい。

 二個セットの車輪が全部で五セット、ヒトデみたいなのの先っぽについてて、そのヒトデの真ん中に太い柱が一本立ってる。その中にエンジンとかあるっぽい。

 色は黒で形、全然犬じゃないのに、録音された犬の声出してて、それがすごくキモい。

 太い柱の先にカメラついてるっぽくて、うちらの方見てる。

 二体とも、ぶつからないように動きまわってて、そこは本当に生き物みたいだ。


「この子たち、ピーちゃんみたい」


 多華美が笑う。


「は? どこがだよ。全然ちがうだろ」


 私は起きあがってレンチ、ポケットから出して、ドローンのカメラんとこ狙って思いきりぶんなぐった。


「ああっ」

 多華美が声をあげる。「奈琉、何するの」


「黙ってろ」


 私がもう一回殴ったらカメラのレンズ、割れて飛びちる。

 動き止まったから、ヒトデの脚んとこつかんで、ひっくりかえした。もう一体も同じようにして、動けなくする。


 多華美が立ちあがって、こっち来た。


「そんな壊すことないのに……」

「は?」

 私はナイフを取りだした。「コイツら、うちらのこと撮影してたぞ。ぶっこわさなきゃ証拠残って逮捕される」

「えっ……?」

「コイツら、街を走ってるドローンとはちがう。人間が使ってるやつだ。自分じゃ何も考えれない」

「でもかわいそうだよ」

「だったらおまえは逮捕されてろよ。うちは嫌だ」



 私はドローンのカバーはずして中の部品取りだした。

 どこかのチップにうちらの動画、録画されてる。


「これ、うちらのドローンに食わせるべ」


 そういって部品を渡したら多華美、ちょっと笑った。


 うちらが牛とか豚とか食べるみたいに、ドローンも他の部品食べる。

 部品の持ち主、機械だけど、それも生きてるとか考えたらキリがない。


 ガキの頃、人形とか好きだったけど、結局は人形、モノだから、あんま大事にしすぎると、おかしくなっちゃう。

 近所のゴミ屋敷、中の人とか、モノ捨てらんなくて、おかしくなってる。

 一番大事なのは自分だから、他のものは適当に、捨てたり壊したりしなきゃいけない。


 私は、自分が大事。


 多華美がダッフルコートについた草、つまんで取ってる。


「さっきの、ごめんな。ひっぱって倒しちゃって」って私がいったら、

「ううん。助けてくれようとしたんでしょ? ありがとう」って多華美はいう。


 私は、多華美のことも、ちょっと大事。


 さっき捨てたソーラーパネル、拾ってフェンス越える。


「これパケットに載るかな」

「ストレージ呼びたいねえ」

「あれ会社とかじゃないと無理だから。うちらで会社作るか? ソーラーパネル泥棒会社」


 私がいったら多華美、笑った。


 パケットステーションでパケット乗ったら、やっぱパネルはみでる。

 これ人に見られたらやばい。


「屋根に載せたら?」


 多華美がいうから、やってみたら、けっこういい。


「おまえ、たまにはいいこというな」


 私はドヤってる多華美にいった。


 五号を南に走ってから五条を西に行く。


 けっこう時間遅いし、誰にも会わないかと思ったら、パケット一台、西から来る。


 私は多華美に「ふつうにしてろ」ってPING飛ばした。


 向こうから来たパケット、うちらの近くでスピード落として、となりで停まった。


「よう」


 乗ってたの、この前ベルフローラの前で会った元哉先輩だった。

 あいかわらずいかつい。


「ちわっす」


 私は挨拶した。

 ソーラーパネル持ってるから、早く行ってほしい。

 多華美は恥ずかしがって頭だけさげる。


「今日は大木の妹いっしょじゃねえの?」

「はい。アイツもう帰ったんじゃないですか」

「ああそう」


 先輩はうなずいて、ふっと上を見た。

 私はやべえって思って下向いた。


「あれっ?」


 先輩が声をあげる。

 私は多華美の方見て、まかせとけって目で合図した。


「これどうした?」

「拾いました」


 私がいったら先輩笑った。


「おいおい、どこで拾った(・・・)んだ? 不良だなあ」

「いやホント、落ちてたんスよ」


 そういったけど、たぶん嘘バレバレだったと思う。


「そういうの買いとってくれる奴知ってるけど、紹介しようか?」

「いや、だいじょうぶッス」

「何かに使うのか?」

「いや、まあ……」


 ドローン飼ってること、いうわけいかないから、笑ってごまかそうとしたら、向こうもめんどくせえと思ったのか、話やめてくれた。


「じゃあ気をつけて帰れよ。そっちの子もな」


 そういって先輩は東の方に走っていった。うちらも走りだす。


        屋根に載せてもバレバレじゃねえか――NaRu


  Takami――バレバレだったねw


 走って、三号のとこ、非常階段、ソーラ―パネル持っておりて、重くて疲れた。


 工場跡入って、物置小屋の上にパネル置く。

 ケーブル垂らしてやって、ここから電気吸えって多華美が教えたらドローン、何となく大きくなった気がするけど、ハサミ出してケーブルの端挟む。

 でもまだ夜だから電気なくて、あれっ? て感じでピーピー鳴く。


「昼間いっぺん見に来ないとね」

「明日学校終わってから来んべ」


 うちら、落ちてたでっかいタイヤ、転がしてきて、そこ座って、ドローンにはさっきぶっこわした偽犬ドローンの部品やって、うちらは飴食う。


「さっきの怖かったね。犬かと思って」

「まあドローンでよかったな」

「あのとき奈琉、私のことかばってくれたね。私、すごくうれしかった」

「おまえが犬に食われんのとか見たくなかったからな」


 感謝されんのとか恥ずくて私、そっぽ向いた。

 国道を走る車の光、遠くに見えて、空の星とか、すごいむかしの光がいま地球に来てるっていうけど、一応そこにはずっとあって、でも車、走っていっちゃって、いま見た光、たぶんもう二度と見れないって思ったら、何か不思議な気がする。


「にしてもおまえ、マジで足遅いな」


 変な間ができちゃったから私、わざと強めにいった。


 したら多華美、「うん」ってうなずいて、また変な間ができる。


 いうんじゃなかったなって思って私、黙ってた。


「実はね――」

 多華美が口を開く。「足遅いの、理由があるんだ」

「え?」


 多華美、片方の靴と靴下脱いで、その足突きだす。

 プログのライト点けて、そこ照らした。


「えっ……これ……」


 足、多華美体でかいから、足もでかかったけどその足、甲のとこ赤く、痣みたいなのあって、薬指と小指しかなかった。

 親指と人差指と中指、なくて、そこが欠けてるっていうより、薬指と小指を何もないとこにあとからくっつけたみたいな感じだった。


「それ……どうしたんだよ」


 私、声震えてた。


火傷(やけど)して、もう駄目だったからお医者さんが切ったの」

火傷(・・)……? 火事でもあったのか?」

「お父さんがね、お湯かけたの。ちっちゃいとき、私が行儀悪かったからって」

「お湯って……そんなの犯罪だろ。警察行ったのか?」

「行ってないよ」

「は? なんで行かねえんだよ。いまから行くべ」

「無理だよ。むかしのことだもん」

「無理じゃねえだろ。証拠あるんだからさ。子供にお湯かけるとか、頭おかしいだろ。そんな奴、逮捕しなきゃ駄目だ」

「お父さん逮捕されたら私たち、困るよ。私もお母さんもお兄ちゃんも、親戚のみんなも。それ、私のせいになっちゃうよ」

「親父のせいだろ。親父がみんな悪い。そんな奴がシャバにいるとか、やばすぎるから」

「仕方ないんだよ」

仕方ない(・・・・)とかいうなよ」


 私は知らない内に立ちあがってて、そんで、泣いてた。

 涙、いっぱい出て、もう自分でも止めらんない。


「なんでだよ。なんで多華美がそんなコケにされなきゃなんねえんだよ。何も悪いことしてないのに。家事だってやらされてんのに。なんでこんな目に遭わなきゃなんねえんだよ」


 多華美が立ちあがって、私のことぎゅって抱いた。

 体でかいから、おっぱいもでかくて、顔に当たって、柔らかい。


「私、あんま気にしてないよ。もともと運動神経悪いから、指あってもたぶん足遅かったと思うし」

「でも多華美、かわいそうだ。多華美全然悪くないのに我慢して、仕方ない(・・・・)っていって、悪い奴、工場跡に公園作れとか文句いって、仕方ない(・・・・)っていわれて、不公平だ。世の中不公平だ」


「ねえ奈琉――」

 多華美が私の背中さする。「前に、私たちかわいそう(・・・・・・・・)っていってたよね。この街、道路歩けなくて、パケット乗るしかなくて。でも私、パケットあってよかった。歩かなくていいから。歩き方変で笑われなくて済むから。不公平だけど、世の中、いいこともあるんだよ」


 私は赤ちゃんみたいに泣いてた。

 多華美がかわいそうなのと自分が何もできなくて悔しいのとで、車が邪魔するんじゃなくて、人間もうちらの自由奪って許せないけど私、何もできなくて多華美、かわいそうなままで、涙止まんない。


 口ん中、飴で甘いのに涙、しょっぱくて混じって、変な味する。


 ドローン、うちらの気持ちわかるのか、ピーピー鳴いて、腹減ってんのかもしんないけど、うちらの足元で走りまわった。


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