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御伽学園の恋愛事情  作者: 美黒
それは、御伽話のようなもの
9/29

9 連絡先

 飲んで騒いでどんちゃん騒ぎ。ああ、何て楽しい気分なんだろう!

 お酒を一気飲みして、飽きるほどに踊って、まるで狂ったかのようにみんなが楽しそうにしている。

だけど、一番肝心の人が見えない。

 自分はその人を楽しませるためにこんな催しものをしていると言うのに、どうして居ないの?何故?

 その答えは簡単、彼はまだ怪我を負っているから。

 だから早く治るように看病しなければいけない。

 そうしたら、彼も一緒に楽しく騒げるでしょう?だから、私が行かなきゃ。

 ――調子はどうですか?

 ――ん……、まだ、本調子じゃないけど、大丈夫だよ。……貴方は?怪我、大丈夫?

 ――あら、私は怪我などしておりませんよ

 ――そう、だっけ

 ――ええ。そうだ、貴方の名前を教えてください

 ――俺?俺はね、……。

 ハッとなって目が覚める。同時に激しい頭痛が襲って来て、頭を抱えた。

「何よ、今の……」

 まただ。

 また、あの夢だ。

 最近、二日に一度のペースで夢を見る。それは断片的で、酷く曖昧で、不可解なもの。だけど、どうしてか記憶に残る。いつもなら夢なんて、忘れてしまうのに。

 その夢には決まって袴を着た男性と、自分らしき女性が出てくる。

 そして、二言三言を交わして、現実に戻ってしまう。

 起きると激しい頭痛に見舞われる辺り、あまり気持ちのいいものではない。それに、何だかもやもやしてしまう。

 水姫はため息をつくなり、夢の中の男性に何処か見覚えがあるのを思い出した。最近頻繁に見ているからなのか、それとも本当に見た事があるのか……。その男性を、知っている気がするのだ。

 だけど、袴を着た男性に知り合いなんていない。人付き合いは苦手だし、家族の親戚などで似たような雰囲気の男性は居なかった。

 それに、夢の中の男性は、いつだって顔に靄がかかっている。

 きっと気のせいに違いない。

「気にしたら負けよね」

 訳のわからないものに振り回されているほど水姫は暇じゃない。今日は久しぶりに百合とショッピングに行くという約束があり、変に気にして彼女に気を使わせてしまっては申し訳ない。

 水姫は素早く支度を終えると、リビングに下りて朝食をとる。

「今日は何処かに行くのかい?」

 日曜は休みだからずっと寝ている夜勤の父が、珍しく起きている。それだけでも驚きなのに、彼は母の代わりに皿洗いをしていた。

「うん、百合と買い物に行くの。お母さんは?」

「お母さんも友達と温泉だって。なんだ、今日は一人か。寂しいなあ」

「そんな事言って、お父さんどうせずっと寝てるでしょ」

「はは、ばれたか」

 他愛もない会話を続けて朝食やらなんやらとしていると、九時を過ぎていた。しかし百合との約束は十一時。当然今行っても早すぎる。

 だが、水姫はしばらく考え込んだ後、玄関口に立っていた。

「あれ、早いね、もう行くの?」

「うん、ちょっと外に出たい気分なの」

「そっか、行ってらっしゃい」

 父に見送られながら、履きなれたパンプスを鳴らす。

 たまには、外でぶらぶらするのも良い。


 水姫が時間を潰す場所と言ったら、本屋しかない。あの落ち着いた空間で、ゆったりと本を眺め、ぼんやりと文字を追う。その一連の流れが、最上級に癒される。

 本屋に居ると、時間の流れがゆっくりとしているように感じるのは何故だろう。

 水姫はここ一週間の学校でのストレスを流すように本を手に取る。最近は恋愛小説にはまっていて、あらすじをゆっくりと眺める。

 だが、それも唐突に破られる。

「姫?」

 その呼び方に肩がビクッと震える。

 まさか休日にまであの男に会わなければいけないのか。しかも本屋という神聖な場所で。

 恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのはあの爽やかうざい系男子ではなくて、小さな体躯にきらきらの金髪をなびかせた、可愛らしい男。

「……力登くんっ?」

 そこには退屈そうにあくびをしながら、力登が立っていた。


 力登が居る事に驚き、声が大きくなってしまって慌てて口を塞いだ水姫は、彼を訝しむように見た。

「兄さんじゃないかってびくびくしたでしょ。大丈夫、今日は家でごろごろ寝てるよ。姫との事で妄想しながらね」

「最後のは聞きたくなかったけどありがとう……」

 少しだけ安心して、胸を撫で下ろした。良かった、あの騒がしい男が居てはすぐにこの場から離れなくてはいけない。

「姫はよく本屋に来るの?」

「うん、本屋の雰囲気が好きなの」

「へえ……」

 相槌を打った力登は、本屋の雰囲気を感じ取るように店内を見渡す。そして、当然のように兄さんには不向きな雰囲気だ、と言うのだ。

 確かにあんな煩い男には、本屋は全く似合わないに決まっている。深く同意した水姫は、何度も頷いた。

「力登くんは、どうしてここに?」

「あー……ちょっと、部活の資料を買いに」

 そう言って手に持ったものを水姫に見せる。

 その本は、『相撲における人間の心理』と書かれている。

「……相撲?」

 およそ自分達のような年齢層向けとは思えない本のタイトルに、首を傾げる。部活の資料と言っていた。ということは。

「僕、相撲部に入るからさ。そのために勉強しておかないと」

「へえ……!部活の事で予習勉強なんて、凄い!」

 勉強大好き人間である水姫からしたら、それはとても好感度が上がる事だった。どんな事でも、学ぶのはいいことよね、と一人で勝手に頷いて納得する。

 意外にも食いついてきた水姫に、力登は驚きつつも機嫌を良くして、照れ笑いをした。幼い顔の彼が、恥ずかしそうに笑うその様子は、ともすれば女子よりも可愛く見え、水姫は少しだけ癒される。

「姫は、何部に入るの?」

 そう言いながら、力登はレジへ向かおうと歩き出す。自然と水姫もついていく形となり、結局は一緒に行動してしまう所に苦笑した。きっと無意識なんだろうけど、この兄弟は水姫を誘導するのが上手い。

「私はまだ決めてないの。とりあえず文系の部活だとは思うんだけど。運動って苦手で」

「へえ。それは同意だな。僕も運動はダメなんだよね」

 お会計九百八十円です、と店員が言うのを聞きながら力登は頷く。その言葉に水姫はでも、と声をあげる。

「相撲も運動じゃない?」

「いや、相撲以外の運動は出来ないんだ。どういう訳か、全然記録が出ない。ま、相撲も似たようなもんだけど」

「何か、変わった事情だね」

「かもね」

 運動全般がダメな水姫が言える事ではないが、相撲だけが出来る身体能力というのは少し変わっているように見えた。もしかしたら、相撲以外の運動は打ちこむほど好きではない、という意味かもしれないなと勝手に解釈して、水姫は彼と共に本屋を出る。

「そういえば、何で力登くんはお兄さん達に金って呼ばれてるの?髪の色から?」

 ふと気になっていた事を口にすると、本が入った紙袋を抱えた力登が立ち止まった。涼太と桃耶が何故か力登の事を金、金、と呼んでいる。それは出会って一週間しか経っていないのに、毎日のように押し寄せてくる兄弟を見ていれば自ずと気付く事で。

「……そのうち、分かるよ」

「えっ……」

 フッと笑った力登を見つめる。呆然と立ち尽くして、力登は言いたいけど、言えない、そんな表情をしていた。

 そのうち、分かる。

 似たような言葉を、涼太から何度も聞いている。

 どうして、そうやって話そうとしないのだろう。何か秘密があるのだろうか。水姫は眉間に寄った皺を揉みながら、どうして、と投げかけた。温かい風が、髪を揺らす。

「髪の色からじゃないの?何で、教えてくれないの?涼太先輩にも言われたよ、すぐに分かるって。なに、それ。分かる分かる詐欺?貴方達は、どうしてはぐらかすの?」

「髪の色は後付けだよ、この方が印象に残るでしょ。はぐらかすのは、今言っちゃいけない決まりだから」

「決まり?……涼太先輩も?」

「うん。まあでもあのバカは単細胞だからね。答えなんて言ってるようなもんだよ」

 力登は嘲笑するように言う。相変わらず涼太に対して容赦がない。

「そろそろ僕帰らなきゃ。あ、そうだ。LINE交換しようか。連絡取れた方が色々便利だし」

「いや、それは遠慮したいな……」

 突然の申し出に引きつった笑みで後ずさる。逃げだそうとしたら腕を掴まれ、小さく悲鳴が出た。嫌だ嫌だ、どうせ交換したら涼太にも伝わって四六時中携帯が鳴りっぱなしに決まっている。

「交換、してくれないの……?」

 うるんだ瞳で、上目遣いにそんな事をぬけぬけと言う。水姫はしばし硬直して、結局携帯を出してしまうのだから反則だと思う。

 さよなら平穏な携帯。ハロー鳴りっぱなしの携帯。

 以前の穏やかな生活に思いを馳せていると、力登は上機嫌で携帯を触る。

「やった、姫の連絡先ゲット。これであのバカに自慢してへこましてやろう」

「力登くんって涼太先輩に酷いよね……」

「まあね。じゃ、また明日!」

 嵐のように力登が去っていくのを見送って、今しがた登録されたばかりの力登のLINEを見る。

「浦島力登、ねえ……」

 プロフィール画像は可愛らしいクマだった。きっと数時間後にはこの友達一覧にクマ以外が2つ、増える事だろう。

 そうして、しばらくぼんやりと携帯を見つめていると。

「あれ?……浦島?」

 そういえば、涼太達の名字は浦島と言っていたのを思い出す。水姫も竜宮といったあまり耳にしない名字だが、何だか違和感を感じた。

 浦島、といえば。

 ――俺は、“太郎”だよ。

「……浦島太郎?」

 涼太の言葉を思い出して、携帯をじっと見つめた。

 まさか、そんなわけないよね。

 だがしかし、なにか信じられない繋がりを見つけたような、そんな気がした。


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