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御伽学園の恋愛事情  作者: 美黒
それは、御伽話のようなもの
8/29

8 寂しさ

 金曜日、ついに御伽学園に入学してから一週間が経った。新入生としては、この一週間というのはかなりの重要性を持つ。

 勉強がどれだけのレベルであるか、部活はどういったものがあるか、校舎内を迷わず歩けるようになるか、どの教師が要注意人物か、などなど。

 最初の一週間で覚える事はひっきりなしにあって、生徒たちの頭は忙しい。加えて未だに慣れ切っていないせいか、緊張感も漂い、精神的にも耐えられるかが問題になる。

 そんな中、水姫は学校生活に盛大に躓いていた。

 勉強はそれなりについて行ける。入りたい部活もぼちぼち見当をつけているとは思う。教師に名前を覚えてもらえるほどには意欲もある。

 しかし悲しいかな、友達が未だに一人も出来なかった。

 クラス内では既にグループが作られつつあり、水姫がその輪の中に入る事は至難の技だった。

 勝気で物怖じしないのは見た目だけで、本当は気が弱くて人見知りな彼女は、話しかける事すらままならない。それに加えてどういう訳かクラスメイトに避けられているような気もする。

 どうしてだろう、と考えてみると、あの兄弟、特に涼太が原因だと言う事しか思い当たらない。彼は校内で有名だし、入学式に告白されたのが尾を引いているとしか思えなかった。

 唯一話が出来る力登は、クラスの人気者で、話しかけられないし、というかあの兄弟には関わりたいとは思えない。

 おかげで水姫は、今日も一人寂しく昼食をとるはめになっていた。

「……おいしい」

 中学生の頃は、その言葉に、そうだね、と可愛く答えてくれる百合が居た。なのに今や百合ときたら最近はクラスメイトとばかり居て、全然構ってくれやしない。

「別に、寂しくないし!私は一人でも平気!」

 わざわざ口に出してしまうあたり、寂しそうに見えるが、今はそれを突っ込む者も誰も居ない。

 校庭の桜の木に寄りかかって、一人おにぎりを黙々と食べる。ひらひら舞い散る桜の花びらが、どうしてか今日は切ない。

 母が丹精込めて作ってくれた弁当も、いつもより味気なく感じて、更に落ち込む。どうしてだろう、一体どこで間違ったらこんな一人で寂しく行動する事になってしまうのだろう……。

「はあ……」

「ため息ついてると幸せ逃げるって言うよ、ひめ」

「キャアアアア!」

 バコン、と大きな音が炸裂した。

 それと同時に後ろで額を打ち付けた涼太が、痛そうに額をさすっていた。

 背後から突然現れた涼太に驚いて、持っていた弁当のふたを投げつけた事に気づいた時には、水姫は彼からそっと離れた。

 そして、小声でとりあえず謝っておく。

「ごめんなさい……」

「いいよいいよ、驚かせた俺も悪いし。ちょっと姫が落ち込んでるように見えて心配だったんだけど……、もしかして、大丈夫そう?あ、でもため息はついちゃダメだよ。幸せ逃げるんだから。姫が幸せじゃなくなったら俺泣いちゃう。いや待てよ、俺が幸せにすればいいのか!」

 相変わらずべらべらとよく喋る男である。

「姫、聞いてる?もう一回言うよ!俺が姫を幸せにしてあげる!」

「はいはい、聞いてます」

 ドヤ顔で言われても何のときめきも感じないのだから、ある意味凄いなあ、と内心で感心しながら曖昧な返事をする。

 涼太はそれでも水姫と会話している事が嬉しいのか、いつも通りのにこにこ顔だ。

 そして、昼食時にこうやって押しかけてくるのは、毎回の事だった。

 さすがに呆れ果てて、追い払うのも面倒になって来た水姫は、最近一人で喋り続ける彼に相槌を打つだけという方法で乗り切っている。まともに相手をしたらいくら体力があったって足りない。

「先輩って、暇なんですね」

「え?うん、暇……かなあ」

「物好きですね」

 一人で居る事に、未だに新たな友人が出来ない事に、イライラしているからだろうか。水姫は、まるで八つ当たりをするように、少しだけきつい言い方で涼太に会話を投げかけてしまう。

 だが、涼太はそれに気にした様子も見せずに変わらず笑っていた。

「私、告白の返事、しましたよね?何で毎日会いに来るんですか?」

「姫が好きだから!」

 即答だった。

「どうして、私が好きなんですか?私達、会ってまだ間もないのに」

「それは姫だからだよ」

 だから、それが分からない。

 何だ、姫って。

 一体何の姫なのだ。もしや涼太は自分が王子であると言い張るつもりか。そりゃ見た目こそ王子並みにかっこいいかもしれないが、こんな鬱陶しい王子はごめんこうむりたい。

「意味、分かりません。私、姫じゃないし……、突然そんなふうに呼ばれても、知りませんよ……」

 だから、どうか。

 もう、

「放っておいてください……」

 俯いて、ぼうぼうに生える草を見つめた。一人でいる事が、こんなに寂しいなんて、知らなかった。

 嫌なのだ。

 訳も分からないまま付きまとわれて、挙句入学して早々恥ずかしい思いまでさせられて。

 嫌なのだ。

 それを理由に周りから奇異の目で見られる事も、それを理由に話しかけられないのも。

 嫌なのだ。

 何もかも。

「でも、姫は寂しそうだ」

 思いのほか、優しい声が響いて水姫は顔を上げる。

 涼太はしゃがんで、何処か悲しそうな、それでいて労わるような顔をして、水姫の頬にそっと触れる。

「姫が友達作ろうと努力してるのは知ってる。俺が入学式で告ったせいでちょっと難しい状況なのも」

「分かってるんじゃないですか……。なら、謝ってください。そして、即刻お帰り下さい」

「やだね」

 まるで駄々をこねる子供のように頬を膨らませて、涼太は首を振る。だけど、数秒後にはあの優しい顔つきに戻って、それが想像していたよりもずっと真剣な表情で、少しだけ意外だった。ころころと変わる表情は、今、これ以上ないほどに真面目だった。

「だって、俺はもう姫から二度と離れないって決めたもん。皆が姫を置いていっても、俺だけは傍に居る。絶対に」

「……私が先輩の事嫌いって言っても?」

「好きにさせてみせるよ」

「先輩臭いって言っても?」

「か、身体いっぱい洗うもん!」

「先輩顔が気持ち悪い」

「せ、整形する!」

 ちょっと涙目だった。

「もう……、どうして、そんな。私に付きまとわなくたって」

「だって、俺たちは運命だから、さ」

「運命?」

 涙目でそんな事言われたって何とも思わないが、一応話に乗ってみる。一体どういうことを言うのか、少しだけ期待しながら。

「そう。詳しくは言えないけどさ、俺達は出会うべくして出会ったの。俺は姫の事が昔からずっと好きだったし、姫もきっとそう」

「……私達、以前何処かで会った事ありましたっけ?」

「それは……姫が思い出せば分かるよ。大丈夫、きっとすぐに分かる」

 何だか話をしているようで、要領を得ない。質問に、上辺だけの事しか返って来ない。何だか、それが酷くもどかしい。気になる。

「いつ、分かるんですか」

「うーん、月曜の英雄学の時間で?」

「なんでそこだけ具体的なんですか……。冗談じゃないですよね?」

「もちろん。俺は大真面目。嘘は言わないよ?だから姫との結婚も姫を幸せにすることも、嘘じゃないよ?」

「そこは嘘でいいです」

 ばっさり切り捨てた水姫に、涼太は特に気にした様子もなく、今まで触れていた頬を優しく撫でた。それを振り払わない辺り、少しだけこの男に慣れてしまっているんだろう。水姫は目をつむって、甘んじて受け入れた。

 だって、頬を撫でる涼太があまりにも優しい顔をしているんだもの。

 それに少しだけ胸が高鳴ったのは、内緒だ。

「一つだけ、ヒントをあげる」

「ヒント?」

「そう。何で姫を姫って呼ぶのか、何で俺が姫の事を好きなのかっていうヒント」

「それは、是非とも聞きたいです。教えてください」

「ふふ、じゃあよく聞いて。俺は、“太郎”だよ。絶対に、思い出してね」

 太郎。

 ありふれたその名前に、一体何の意味があるのか。全く分からないけど。

 だけど。

 どうしてか、太郎という名前に、引っかかるものがあった。


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