7 寄り道
騒がしさを我慢すれば、この三人と帰っても大丈夫だ。どうせ、すぐに別れる。
そう考えていた水姫は、しかしそれが間違っていた事をすぐに思い知った。
というか、この三兄弟が水姫をすぐに帰すはずがなかったのだ。
「姫とは一秒でも長く一緒に居たいからね!どうせなら姫の家に泊まる?ご両親に挨拶しても良いよ!」
「迷惑ですからやめてください」
鞄をぶんぶん振り回しながら、水姫の周りをくるくると回るその姿はまるで犬のようで、涼太の口からはハアハアと息が漏れている。変態ここに君臨。警察を呼ぼうとしたら桃耶に止められた。
「で、何処に向かっているんですか?この道、全然違うんですが」
先頭切って足取り軽く進む力登は何も話さず、桃耶も答えない。涼太は犬に成り果ててしまっているため、何を聞いても姫という言葉しか出て来なかった。
剣道部の活動が終了して、四人一緒に学校を出れば、家とは反対方向の道に入っていった。無理矢理連れて来られた水姫は逃げようにも逃げられない状況で困り果て、こそっと姿を消そうものなら力任せの力登と、雰囲気だけで恐怖に陥れる桃耶が立ちはだかるのだ。
「そろそろ行き先を教えてほしいのですが!気になって仕方ないです!」
「ねえ、君は寄り道をするのに、当てもなく歩きたいとは思わないの?」
前方を歩く力登が少しだけ首を後ろに向けて、そんな事を言う。ていうか、寄り道?
「えっと、何処かに連れて行く、じゃなくて……?」
「勿論私達が連れて行くのは事実ですが。普通に、息抜きで寄り道をしているのです。ほら、姫もまだ学校に慣れずに、少し疲れているのでは?」
なるほど、確かに息抜きは必要だ。だが疲れている原因は主に貴方達にあるんです、と言いたい。だが言った所で聞くはずもないだろう。
「そうそう。姫が元気なければ、俺たちが元気を出させてあげる!ぶらぶらして行きたい所手当たり次第入るっていうのも、結構楽しいもんだよ?」
涼太が輝いた笑顔でそんな事を言うものだから、水姫は思わず自分を取り囲んで歩く三人を見回す。
そして、三人は水姫を元気づけようと密かに動いていた事に、軽く衝撃を受けた。彼らは気付いていたのだ。百合と別々で帰り、なかなか友達ができる兆しが見えない水姫が落ち込んでいる事を。
きっと、桃耶がそれを察知して、涼太も恐ろしいほどの水姫レーダーを屈指してそれを感じ取り、力登も兄弟の様子に勘付いて連携を取った。
そして、どういうわけか、姫だから、という理由で元気づけようとしている。
何故だ。
何故、姫だと慕う?
何故、涼太は出会って間もなく自分に告白をしてきた?
何故、涼太は断ってもしつこく付きまとって来る?
何故、桃耶と力登も兄の好きな人だからと言って、ここまで介入してくる?
何故、入学して2日しか経っていないのにこの兄弟の存在はすでに大きい?
この兄弟は、何か、あるのではないか?
そんな考えに到るのは、当然の結果で、水姫は意味もなく疑う。
でもそれ以上に、だ。
出会って間もないのに、これほどまでに自分を気にかけてくれる人が居る事実に、嬉しいと思う。
「……分かりました、行きましょう!じゃあ、私の行きたい所に付き合ってもらいますよ!」
だから、いくら迷惑だとはいえ。
今日、この時だけは楽しんでも良いかな、と思う。
「姫の行きたい所って!?もしかして、市役所かな!実は俺も行きたいと思ってたんだよ、ほら見てこれ出さなきゃいけないんだ、だから姫もこの隣に名前書いて出そうよねえ!」
「おやこんな所に婚姻届が。邪魔だから破いてしまいましょう」
「あああああ、俺と姫の婚姻届ええええ」
「ついでに兄さんも破いて捨てちゃおう。邪魔だし」
「俺の弟達は何故こんなに厳しいのか、誰か教えてください」
三人の果てしない明るさに少しだけ元気を取り戻して、水姫は笑う。そして、破いた婚姻届をコンビニのゴミ箱に捨てて歩きだした。
ハンバーガーショップで駄弁り、ゲーセンで白熱して、アパレルショップで服を選び、外が真っ暗になった頃、彼らはようやく帰り道を辿った。
四人は思い思いに遊びつくし、満足そうにしている。
水姫も最初は遠慮がちだったものの、時間が経つにつれて3兄弟のテンションに引き込まれ、思うままに楽しむ事が出来た。
そして、今は水姫の家まで兄弟が送っている所で、家が知られてしまうのは嫌な予感がするが、例のごとく有無を言わさない彼らに押し負けた。この兄弟達は少し強引だ。
「はー、楽しかった、ゲーセンでお菓子いっぱい取れたし」
「俺の分姫にあげる!姫甘いの好きでしょ、チョコいっぱいあるから!」
「え、でも」
「何たって姫はマックでハンバーガーを食べずにシェイクばかりでしたからね。本当に甘いものが好きみたいでいらっしゃる」
「でも、そんなに貰ったら太ります……」
「太った姫も可愛いよ!」
「私が嫌なんです!!」
しょうがないので袋いっぱいのチョコを少しだけ貰った。
手の中に収まるチョコを見つめて、水姫は今日の出来ごとに思い耽る。
何だか、こんなの初めてだ。
百合は水姫と同様、真面目で勉強熱心。だからお互い真っすぐ家に帰るタイプで、遊ぶことも少なかった。
だけど、心のどこかではこうも思っていた。
たまには、心ゆくまで友人と遊んでみたい、と。
寄り道なんて、したことなかった。友達が百合しかいないのだ、当然だろう。
だから、今日は本当に楽しかった。
そう思うと、水姫は自然と立ち止まって、でも恥ずかしさで俯いて、こんな言葉を吐いていた。
「今日は、その、……ありがとう、ございます」
「ふふ、姫が楽しんでくれたなら何よりだよ」
「ええ、当たり前です」
「ま、クラスメイトでもあるしね」
三人の言葉に、水姫は、何度も疑問に思った事を口にする。
「どうして、私にそんなに良くしてくれるんですか……?」
その答えは、当たり前のように、水姫が予想したとおりに、三人の口からすぐに出てくる。
つまり。
「「「姫だからだよ」」」
やはり、その一点張りなのだ。




