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御伽学園の恋愛事情  作者: 美黒
それは、御伽話のようなもの
5/29

5 英雄学

 御伽学園の二日目は、ほとんどの授業が担当教師と内容についての説明だった。まあ、最初というのはどこもそうだろう。初めから授業に入る教科の方が珍しいというものだ。

 だが勉強が好きな水姫には、それは少し名残惜しいものだった。御伽学園は県内有数の進学校で、偏差値もそれなりに高い。加えて友人関係が狭い彼女にとって、勉強とは一種の趣味に分類されるものなのだ。そんな彼女が、勉強に期待をしてこの学校に登校して来ているのは必然ということだ。それが説明だけで終わるのは、ガッカリ、というほかない。

 それに、友達もまだ出来てないし。

 四限目、数学の授業にて、後ろの席で水姫はこっそりため息をつく。出席番号順に並んだ席は、水姫にとっては好都合な事にクラス全体を見渡せる一番後ろ。話しかけられそうな人物はいないか、授業中ずっと見定めていた。

 なるべく大人しそうな人が良い。女子であるのは絶対だ。勉強が教え合えるくらいの人だとなおいい。つまり百合のような女子を求めているのだが、どういう訳かA組には見た目からして個性的な雰囲気の人物が多かった。

 窓際の前の席には、きらきら光る金髪の小柄な男子生徒が座っているし、中央には首にスカーフを巻いたゆるやかな雰囲気の女生徒が背筋を伸ばしている。他にも挙げればきりがなく、果たしてこの中に溶けあえるかどうか、自信がなかった。

「これからの授業内容については以上だ。課題、テスト、授業態度……まあそれぞれあるが、真面目にやれ。じゃないと俺が苦労する事になる」

 数学教師の根も葉もない言葉に、皆がどっと笑う。堅い見た目の彼は、言葉の節々に軽口を混ぜることで場を和ませていた。人は見かけによらない。

「そうだ、それとな。次の5限はクラス内で別れる事になる」

「別れる?体育ですよね?どういう事ですか」

 一番前の生徒が他の生徒たちを代表するように言った。教師もそれを期待していたかのように頷いて、黒板にある数字を書き始めた。

 一体どうしたのだろう、と皆が首を傾げる中、水姫はふと金髪の少年に目をやる。

 彼は、さもつまらなさそうにあくびをこぼしていた。興味ない、そんな事より早く授業を終わらせてくれ、とでも言うように。

 マイペースなんだな、と軽く流して水姫も黒板を見つめる。

 黒板には、二、十、十五、二十六、三十四と書かれている。教師は教卓に手をつくと、クラスを一望して、真剣な顔でこう言う。

「黒板に書いてある出席番号の生徒は、これから体育ではなく、英雄学という特別授業を受けてもらう。他の生徒は予定通り体育だ。着替えて体育館に向かうこと。英雄学の生徒は、2階の特別教室に筆記用具だけ持って集合だ」

「えいゆう……学?」

 水姫の呟きは、生徒たちのざわめきにかき消された。何だそれ?聞いたことあるよ、特別授業って、何したの?体育の代わりにってこと?おいその番号の生徒誰だよ。

 皆が口々に言い合う中、水姫はこっそり貰ったばかりの生徒手帳を開いた。そして、出席番号を確認する。

 見間違いじゃなければ、確か自分の番号は……。

 ――三十四番

 つまり、水姫も英雄学を受ける生徒という事だ。

 どうして?何か選択をした覚えはないし、その英雄学というのも、どういう勉強なのか全然分からない。

 自分の番号を確認するなり、何かしてしまったのだろうか不安で、勘繰りを入れてしまう。と、そこで気付く。

 他の番号の生徒は誰だろう?

 周りをきょろきょろと彷徨わせると、どういう訳かクラス中が、教師までもが水姫を見つめていた。

 無数の目に威圧感を感じた水姫は、声に出さずに悲鳴を上げた。

「あ、の……」

 辛うじて出た声は、細く、誰の耳にも届かない。勝気な彼女は何処へ行ったのやら、完全に怯えきった様子で、しかし状況を冷静に判断した。

 席が番号順に並んでいるのだから、自然と英雄学を受ける生徒は分かってしまう。そして、無数の目をかいくぐってこちらに顔を向けていない人物を4人見つける。

 つまり、その四人こそが一緒に授業を受ける仲間。あの金髪の少年、スカーフの女生徒、簪を挿した少年、メガネをずっと触り続けている女生徒。

 そして、水姫。

 この中で誰が一番生徒たちの興味をひく対象かなんて、一目瞭然。

 昨日校門前にて大声で告白された水姫に決まっている。

 心の中で原因である涼太を恨みつつ、サッと視線を逸らした。ナイスタイミングで授業を終わらせる鐘が鳴り、何とか水姫は視線から逃れる事が出来た。

 涼太、許すまじ。


 昼食を早々に終えた水姫は、英雄学を受けるために早速2階の特別教室へ向かった。まだ授業開始まで相当な時間があるにも関わらず、一人でやって来たのは理由がある。一緒にお昼を過ごす友人が居ないからだ。

 百合は隣のクラスで楽しそうに談笑していて、その姿を見かけるとお昼に誘えなかった。折角の機会を自分が潰してしまっては悪い。

「……誰も居ない、か」

 自分が一番乗りな事に、少しだけ残念な気持ちで教室に足を踏み入れた。誰か居たら、話すきっかけが出来て、そこから友人関係が築けるかもしれないのに。

 一体どこに座ればいいのか分からない水姫は、窓際の席に筆記具を置くなり、外の景色に視線を移す。

 そこから見えるのは広大なグラウンドで、僅かだが体操着に着替えた一年生の姿も見える。本当は自分もあそこに居たはずなのに、どうしてこんな場所に居るのだろう。まあ、運動は一番苦手な事と言っても過言ではないから、少し安心はしたけれど。

 そのままぼんやりとして、時間が過ぎるのを待っていると、閉め切った教室の扉が開く音がした。

 水姫はビクッと身体を弾ませ、咄嗟に開いた扉を見つめる。すると、そこから入って来たのは。

「いっちばんのりー!」

「煩いですよ、兄上。少し黙ってください」

「うん、そうした方がいいよ。兄さんの煩さは僕の鼓膜に悪影響だから」

「金は酷いよな、ホントに!って……あれ?」

 最初に入って来た人物と目が合う。そしてその人物は、1秒間で驚きから喜び、そして頬を染めるというグラデーションを描き、そして。

「姫えええええええええ!」

 飛びかかって来た。

 水姫は咄嗟に身を引いて、飛びかかって来た人物――涼太は窓ガラスに体当たりをかました。窓が割れんばかりの勢いに、水姫はおそるおそる後退して距離を取った。

「涼太先輩……どうしてここに?」

 苦笑して問いかけると、涼太は窓にぶつかった痛みなど毛ほども感じない様子で両手を広げる。

「姫!会いたかった!1分1秒も惜しむくらい会いたかったよ!でもこうしてまた会えるってことはやっぱり運命だと思う!ねえそうだよね!」

「「うるさい」」

 べらべらと話し続ける涼太を、後ろから2人の男性が同時に蹴りを入れた。そのまま倒れた涼太は地面に這いつくばり惨めだった。痛そうに鼻をさすっている。

 そして水姫は気付く。入って来た男性の一人が、あの金髪の少年だということに。

「あ……!同じクラスの!」

 思わず指をさして、そんな事を言ってしまう。

 きらきらと光る金髪、大きな瞳、透けるような白い肌。愛らしい顔つきと相まって身長は水姫と同じか、少し下くらいの小柄さで、A組の中では一番目立っていた。

 そんな彼が、ああ、と声を漏らす。

「そう。僕はA組の浦島力登。覚えておいてね」

「う、うん……私は、」

「知っていますよ、竜宮水姫さん」

 今度はもう一人の男性が口を開く。黒縁眼鏡をかけた彼は、きらりと瞳を輝かせて水姫と目を合わせた。

 肩の上で切りそろえられた茶髪はさらさらで、鋭利な目は何でも貫きそうだ。制服をしっかりと着こなした彼は、知的な雰囲気を漂わせていた。胸元のネクタイが黄色であることから、2年生であるのは間違いない。

「えっと、先輩と何処かでお会いしましたか?」

「私は浦島桃耶と言いましてね。この二人と兄弟なんです」

「兄弟?って、涼太先輩が、お兄さん?」

 そう言うなり、桃耶と力登は頷く。そのタイミングがぴったりで、本当に兄弟だとうかがい知れる。そして、桃耶の言いたい事も分かった。出会って間もないとはいえ、涼太の性格からして家では水姫の話でもしているのだろう。知っていて当然だった。

「涼太先輩が私の事話してるから知ってるんですね……」

「聡い女性で何よりです」

 ニコリと微笑んだ桃耶は予想以上に優しい表情だった。桜庭とはまた違った笑顔に、一部の女子からは悲鳴が上がってもおかしくないかっこよさだ。涼太も力登も顔立ちは良い。イケメン兄弟ということだろうか。

「俺達浦島三兄弟!仲良く姫を守るよ!」

「煩いのが復活した……」

 打ったであろう鼻を真っ赤に染めながら勢いよく立ち上がる彼は、ピエロのようで、爽やかな顔立ちが台無しだった。

「で、何で先輩達はここに?その、英雄学って言うのを受けるのは私と力登くんだけですよね?」

「あれ、姫は知らないんだっけ。この学校少し変わっててさ。体育の授業と英雄学は3学年合同なのね。で、俺たちは英雄学組」

「え?」

「だから俺達一緒の授業受けられるんだよ!姫の席は俺の隣!これ決定事項ね!やったああ!」

「一人で盛り上がってるとこ悪いけど、涼太、少し邪魔だよ」

 優しい声にひかれて、水姫はまた入口へと目を向ける。そこには桜庭が立っていて、その場所だけが輝いて見えた。

「桜庭先輩!」

「俺も英雄学なんだ。水姫ちゃんと一緒だよ」

「はい!」

 水姫は自然と笑顔になった。知っている生徒、しかも憧れの桜庭と一緒の授業となれば、嬉しいに決まっている。先ほどまでの鬱々とした気分は何処かへ吹き飛び、まだ得体の知れない英雄学が、輝いたものになってしまう。

「姫、何で尋にだけそんな笑顔……」

「兄さん、姫が笑顔になる方法知ってるよ。教えてあげようか」

「ホントか!教えてください力登様!」

「黙ってその場から消えればいいよ」

「なるほどそれは名案」

「金って俺の事嫌いだろ!?」

 三兄弟の仲の良さが見えるかけ合いに、尋はくすりと笑う。その様子に、水姫も微笑ましくて少しだけ不安だった学校生活に希望が見えた。友達が出来るかまだ分からないけれど、今はこれでいい。

「あ、そうだ。英雄学って初めて聞きますけど、どんな授業なんですか?」

 水姫のふとした疑問にいち早く答えたのは、勿論涼太だった。

「それは受けてからのお楽しみだよ!」

 言葉と共にハートが飛んできたので、かわしたのは言うまでもない。


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