13 巡り合う
「どうして姫は玉手箱を開けるのを躊躇っていたのですか?」
悪雄魂を捕まえ、人質も無事だと溝口に電話をすると、彼は急いで駆けつけてくれて、なおかつパトカーを呼んだ。今は警察官が拘束された悪雄魂を連行して、パトカーに押し込んでいるところだった。これから悪雄魂専用の収容所へ赴き、普通の人間に戻るようにしていくのだそうだ。
人質だった子供も大事を取って救急車を呼び、コンビニの前はいやに騒々しい。
そんな中、浦島兄弟と尋に囲まれて、そんなことを聞かれた。桃耶にすれば、純粋な疑問なのだろうが、水姫にとってそれは乗り越えがたい難題だった。おかげで口をつぐむ。
「いいんだよ、桃。そんなのは気にしなくて。姫が無事ならそれでいいんだ」
「……まあ、そうですね。変なことを聞きました」
「いえ、そんなことは……」
水姫がそう言いかけて、はたと口を閉じた。向かいから鬼柳が文字通り鬼の形相でやって来たのだ。
桃耶は苦笑気味に彼女の元へと歩み寄り、力登、尋もそれに続いた。どうやらみんな、鬼柳と知り合いらしい。やがて聞こえてくる言い合いは、まるで子供のようだった。
そんな中、涼太はただ一人、水姫の元から離れない。
「あの、先輩」
「ねえ、姫」
二人は同時に口を開いていた。
驚いて、咄嗟に先を促すものの、涼太も苦い顔をして続きを言わない。首を振って、先に言うように指示してくる。
仕方ないので、水姫は続きを話す。
それは、思い出してから、そして前世からの長年の後悔だった。
「昔、玉手箱を使って先輩に酷い事をしてしまって、ごめんなさい」
言いたかった。だけど、ずっと言えなかった。記憶を取り戻してから、ずっと付きまとっていたそれは、水姫を蝕んで止まなかった。だけど、先ほどようやく玉手箱を使えた。おかげで心に踏ん切りがついた。このままではいけない。昔の君が、今目の前に居るのなら、謝るべきだ。そう思い、水姫は泣きそうな顔で、涼太を見つめた。
だが涼太はそれを見るなり、怒るでもなく、呆れるでもなく、くしゃりと顔を歪めた。そして嬉しそうに頷くと、水姫の手を取る。
「姫はやっぱり、そのことで悩んでたんだ?」
「も、もちろんです……、だってあんなこと、してしまったんだし」
村に戻れば、また彼はひどい目に遭うだろう。それに、自分を置いて幸せになってしまうだろう。
そう思うといてもたっても居られず、玉手箱を使ってしまった。
わざわざ、浦島太郎の時間を止めてまで。
「姫、よく聞いて。俺はね、怒ってないよ」
「……え?」
「もちろん、あの時村に戻ったら何もかも変わっていてびっくりしたよ。もう自分の知っている場所は何処にもないんだって。だけどさ。俺は、それでもいいかなって思ったんだ」
「どうして、ですか」
「だって、乙姫は良かれと思ってやったんだろう?俺が、また金を盗られないように。村の人に暴力を振るわれないように。だからこそ亀であることを隠してまで助けてくれて、竜宮城に滞在させてくれたんだ。なら、いいかなって思うんだよね。それに老後の人生、穏やかに過ごせたし」
「そ、そんな」
水姫は茫然として微笑む涼太を見つめる。そうだ、どうして忘れていたんだろう。
彼は異常なほどにお人好しで、何をされてもその優しさで全てを受け入れてしまうことを。その優しさに、乙姫がどれだけ救われていたのかを。
どうして、忘れていたのだろう。
太郎との思い出で、一番忘れてはいけない事だったのに。
「太郎様。……ふふ、そうですか」
口元に手を当て、水姫は優雅に笑う。あの頃に戻ったかのように、おかしなこの状況に、笑い続ける。
そして、浦島太郎も頷いて、乙姫の手を取った。その手を二度と話さないとでもいう様に、力強く握りしめた。
「ほら、俺たちはまた会えたんだ。これからは、ずっと一緒に居られるよ」
「本当ですね。きっと、離れてと言っても離れてくれないんでしょう?」
「もちろん」
そうして、浦島太郎と乙姫はまた巡り合うのだ。今度は、この現世で。