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御伽学園の恋愛事情  作者: 美黒
御伽学園の英雄たち
28/29

12 克服

 最初に動いたのは力登だった。力任せと言えば力任せ、しかし彼以上の恐ろしい怪力の持ち主は居ない。尋が離れた分、思う存分に拳を振るうことが出来るその状況に、力登は何のためらいもなく動き続けた。

 まずは、悪雄魂本体の女性を狙って、右ストレートをかます。勢い余って吹っ飛んだ悪雄魂は、しかし悪の加護によってすぐに立ち直り、しぶとく起き上がる。

「さすが悪雄魂……普通じゃ通じないか」

「力登のそれは、普通ではないと思いますが」

 横で毒づく桃耶は、瞳を少しずつ青く染めていた。この目が青に染まりきったとき、きび団子の力は発揮する。すなわち人の懐柔。心を操らせて、自分の思い通りに仕立て上げる。

 もうすぐだ。

 彼の能力があれば、隙も出来やすく、その分捕らえる事も簡単になる。

 だから、桃耶はじっと待ち、二人の兄弟に時間稼ぎをしてもらっているのだ。

「俺たちは英雄魂だからね!普通なんて言葉、どこかに捨ててきちゃったよ」

 軽口を交わしながら、涼太は釣竿を取り出した。ゆったりとした足取りでこちらに近づく悪雄魂に、先を向けて構える。その姿は、さながら刃を交えようとする侍のようだ。

「さ、痛い目に遭ってもらおうか」

 涼太のその一言で、地面に湖が作られる。小さな水面は、悪雄魂を呑み込んで、溺れさせようと大きくうねった。

 しかし悪雄魂もただではおかない。湖でもがき、何度も足掻いているうちに湖から這い出てきた。濡れた髪が貞子のようだと思ったのは、きっと水姫だけではないだろう。なんたって、隣で彼らの様子を見守っている尋も顔を引きつらせているのだから。

「……桜庭先輩」

「なあに、水姫ちゃん」

 浦島兄弟の後ろで、守られるように二人は佇む。危害はきっと及ばないだろう。何せ人質だった子供も、力登の怪力に怯んで、悪雄魂の方は涼太に抵抗するのに夢中だからだ。

 だから、少しだけ自分の気になっていることを聞こうかな。

 そう思って、尋の顔を見た。彼は、あれだけ首を絞められて苦しんだというのに、やはりいつものように穏やかに前を見ていた。

「先輩は、ゴミを桜に変える能力、なんですか?その、何の生まれ変わりなのか、気になって」

 ずっと憧れていた先輩でさえ、英雄魂だと発覚したのはつい最近だ。涼太を取り巻く兄弟の存在が大きすぎて、尋を忘れがちだったが、彼も英雄学を受けている。何かの生まれ変わりなのは間違いない。

「俺はね、花さかじいさんなんだ」

 涼太が湖から悪雄魂を釣り上げる。脅すように力登が地面を殴り、地響きを起こす。よろめいた悪雄魂を少年が支え、湖の傍から離れる。攻防は一進一退、そんなところか。

「はなさかじいさん……?って、あのここほれワンワン?」

「うん、そうだよ。意地悪なおじいさんに色々されて、犬のために一生懸命だった人」

 尋はフッと笑うと、涼太を見つめた。釣竿一つで悪雄魂に様々な罠を仕掛ける。悪雄魂の足元に次々と湖を作り、時には巨大魚を浮かび上がらせて怯ませる。その隙に力登が悪雄魂に拳を入れて、体力勝負にけしかける。そのうちに桃耶がようやく目を真っ青に染めて、悪雄魂と目を合わせた。抵抗むなしく、悪雄魂はされるがままに、大人しくなってしまう。

 整ったコンビネーション。まるで示し合わせたかのような、三人の太郎が集まったこの場所で、しかし尋は疎外感を感じざるを得ない。

 自分にこんな力はない。ただ、ゴミを桜に変えるだけの、インパクトに欠ける役に立たない能力。

 なんたって自分が英雄魂なのか、たまに疑問に思う。

 だって、たいしたことはしてないんだ。

 いつもいつも、自分の好きなように生きて、たまたまそれが人の心に染み込んで、優しさを身に着けて、それでいいことが起きただけ。

 今も昔も、彼ら兄弟のように活躍していない。

 そんな事を水姫に漏らすと、彼女は驚いた顔でこちらを見ていた。

「桜庭先輩って」

 薄い唇が動いたとき、尋の手から残りのゴミが滑り落ちる。瞬時に地面が桜色に染まった。だが、それでも水姫はこちらを見つめる瞳を逸らさない。

 尋も逸らさない。いや、逸らせなかった。

「無自覚なくらい、真心がある人なんですね」

「……真心?」

「はい」

 そして水姫は語るのだ。目の前で悪雄魂と浦島兄弟が戦っているにも関わらず、穏やかに。そして、何処か安心したように。

「昔、一人だった私を部活に誘ってくれたでしょう。きっとそれは、桜庭先輩にとって何でもない事だったかもしれないけれど、それでも私は嬉しかったんです。前世でも、犬のために灰を撒いて、供養しようとして。それって、真心がないと出来ないと思うんです。誰かを思う気持ち。気遣う気持ち。無意識に働くくらい、桜庭先輩はお人好しで、真心があって。だからこそ、人から必要ないと思えるごみを桜に変えられるんだと思います」

 それに、と水姫は続けた。

 ようやく逸らされた視線は、次に涼太を映していた。かつて、海の底で共に過ごした男を、何処か慈しむように。玉手箱を持った手は未だ震えているものの、少しずつ、収まってきている。

「自分が英雄魂であることに、不安を抱えているのが自分だけじゃないって分かったら、安心しました」

 その言葉に、尋は頷いて、水姫の頭を撫でる。なんだかとても可愛い後輩を持ってしまったようだ。さすが竜宮城の乙姫。ちっぽけな花さかじいさんを、見事に元気づけさせた。これこそ、英雄魂たる証明になるだろう。

「ああっ!尋が姫の頭撫でてる!」

 既に悪雄魂の両手には縄が縛られていて、事態は収束したようだ。浦島兄弟が揃えば、悪雄魂はすぐに捕らえられてしまう。そんな事を以前に溝口が言っていたのを思い出して、少しだけ感心する。あれだけうるさい男でも、こういう時は役に立つようだ。

 だが、そう思ったのも束の間だった。

 浦島兄弟も、もちろん尋や水姫も、隅に控えた人質だった子供の存在を忘れていた。あまりにも悪雄魂と浦島兄弟が交戦して、子供が一切の介入をしなかったために。

 気付いたときには涼太の首にチャキリとナイフがあてがわれていた。

 そして、子供が虚ろな目でその首に躊躇いなくナイフを動かした。

「っ……」

 咄嗟に子供の腕を取り、何とか潜り抜けた涼太だが、その顔には焦りが出ていた。首筋から一筋の血が流れ、事態はまたも混乱に陥りつつある。

「しまった、子供のこと忘れてた」

「兄上、大丈夫ですか」

「うん、ちょっと当たっただけ」

 浦島兄弟が短い言葉を投げ合い、尋と水姫の元まで後ずさった。子供と距離を取って様子を見ているようだ。

「桃耶、きび団子で何とかなる?」

「いえ、効果が切れてしまいました。先ほど悪雄魂をねじ伏せるのに相当力を使ったので」

「振り出しに戻る……か」

 縄で縛られた悪雄魂はしたり顔でこちらを見ている。こうなることを見越していたのだろうか。

「どうするんですか、あの子」

「ううん、子供だからなあ。手荒な真似したくないし、かといって油断すると俺たちも悪雄魂にされちゃうし。どうしよ」

 首元の血を拭いながら、涼太はにへらと笑う。だが、それも強がっているだけだ。純粋な子供相手に、能力を使うのは躊躇われる。力登も先ほどは不可抗力で投げ飛ばしてしまったが、本来なら骨折以上の怪我もあり得る。それを小さな相手にやってしまうのはさすがに気が引けた。

 相手が相手なだけに、どうすればいいのか分からない。そんな状況だった。

「俺の桜も意味ないしなあ」

 一面桃色に染まった地面を見つめて、尋が悔しげに呟く。みんな能力をあてにできない。

 だけど。

 水姫なら?

 彼女の玉手箱なら、まだ希望はあるのではないか。

 水姫はこっそりと玉手箱を盗み見る。小さな箱は、主張しているかのように太陽の光に反射して輝いている。

 この中で、子供を傷つけず、なおかつ自分たちも傷つかずに助かる方法を持っているのは、たった一人ではないか。

 水姫の、時間操作なら。

 子供の時間を巻き戻して、平和にすることが出来るのではないか。

 そんなことを一番に考えついて、水姫は固まる。

 桃耶に時間操作をしようとした時のように、不安が襲い掛かる。また、責任のとれないほどの事態に陥ってしまったら、今度こそ水姫はダメになってしまう。きっと、悪雄魂になることだってあり得る。

 何より、誰かを傷つけるのはもう御免だった。

 だけど、それ以外に方法がないのも事実。

 おかげで水姫は無意識に名前を呼んでいた。玉手箱を持って、いつかの時のように。

「太郎、さま」

 ぎょっとして涼太は水姫を見つめる。もちろん彼女は無意識に出しただけで、自覚も何もない。ただただ、自分の能力を使うべきかずっと悩んでいるだけ。

 だから涼太は、その心を察して、昔のように姫を気遣うのだ。

 竜宮城の乙姫の頭を撫でて、目線を合わせて。

「乙姫。大丈夫だ」

 たったそれだけだ。しかしその一言で、水姫は決心がついた。

 ゆっくりと歩み出し、皆が見守る中、意を決して子供目がけ、玉手箱を開ける。子供は危険を察知したようだが、逃げる隙はない。

 まるで意思を持っているかのように玉手箱から発せられた煙はもくもくと子供を包み、やがて真っ黒な存在を塗り替えていく。

 戻れ戻れ。

 何も知らない、純粋だった君に。


 そうして、悪雄魂を捕らえ、人質だった子供は無事に救出することが出来た。


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