9 浦島一家
自分は英雄魂のサラブレッドだ。その事実は間違いようがなく、だからこそ責任も重い。弟に桃太郎、金太郎の生まれ変わりを持ち、自分は浦島太郎。学校では三太郎としてまた有名になりつつある。一度に浦島三兄弟が集まれば、そこは注目の場になる。それは、中学生の時から学んだことだ。英雄魂として、これほど目立つ人間も少ないだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、涼太は朝食の用意をする母の背中を見つめた。珍しく自分が一番乗りで起き出し、部活のない桃耶はまだ眠りの中、力登は先ほど起きたばかり。穏やかな朝の風景が流れ込む。
「母さんや、鎌は何処にある?」
ふと、起き抜けなのだろう、頭をぼさぼさにした父がやってきて、そんなことを言う。母は手が離せないのか、ちょっと待ってくださいな、と大声を出す。
「父さん、草刈り鎌、失くしたの?」
「ああ、どこやったかな。涼太は知らない?」
「知らないなー。ていうか父さん毎回失くしてるじゃん。いいの、そんなにぞんざいに扱って」
「いいわけないけど、昔ほど活躍はしないからなあ……。もう英雄魂としては、充分働いたし」
「父さん遠回しに働きたくないって言ってるよ」
「バレたか」
ははは、と豪快に笑ってテーブルについた父は、相変わらず細かい事を気にしない。だから英雄魂の道具を失くすのだ。
そう、彼もまた、英雄魂なのである。ついでに言えば、母もだ。
だから、涼太たちは、英雄魂のサラブレッド、かなり貴重な一家だ。涼太は選ばれるべく選ばれ、生まれた。一家全てが英雄魂なんていう家族は滅多にない。
両親が何の生まれ変わりか。それは涼太や力登よりも、桃耶の方が繋がりが強く、分かりやすい。
「……おや、兄上。今日は早いんですね」
噂をすれば何とやら。桃耶が二階から降りてきてテーブルについた。涼太と違ってすでに制服に着替え、身なりを整えているあたりは、やはり几帳面な彼らしい。
「珍しいでしょ」
「ええ、明日は雪が降りますね」
「そこまで言う?」
「いつも大きないびきをかいて迷惑をかけているのは何処の誰ですか」
「あ、スミマセン……」
桃耶は真面目な顔して涼太をいびる。自分の兄をここまで軽んじて後で後悔するぞ!と思いつつも、そんな日はきっと来ない。涼太は基本、弟に弄ばれるのだ。
「桃、おはよう。きび団子、どうぞ」
「ありがとうございます。母上。頂きます」
目の前に置かれたきび団子に、涼太はこっそり手を伸ばす。しかし、即座に掌を叩かれ、引っ込めた。桃耶は無言で麻袋にそれを詰め、取られまいとしている。相変わらずの独占ぶり。
しかし、それもそうだろう。
桃耶の能力が発生するきび団子は、母が作ったものでなければいけない。他は、誰が作ってもただのきび団子としてしかなり得ない。貴重なものであるのは変わりなかった。
前世で、桃太郎にきび団子を持たせた母しか、そのきび団子は作れない。
そう思うと、やはり運命づけられている気がした。
浦島家の両親は、桃太郎に出てくるおばあさんとおじいちゃんだ。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に。誰でも知っている物語の、あの二人が、この一家を支えている。そうして生まれたのは浦島太郎、金太郎、果ては桃太郎だというのだから、因果でもあるんじゃないか。頭の悪い涼太には因果の意味すらあまり分からないが、きっとここで使うに違いない。
そんなことを常に思っていた。
「はいはい、ご飯の時間ですよーっと」
のんびりとした母の声に涼太の腹はぐう、と鳴り始める。朝食というのは、涼太の中でもかなり重要なものに入る。朝から活を入れていかないと、夜まで持たないのだ。あれだけぎゃあぎゃあ騒いでいたら、当然体力の消耗も激しいに決まっている。
母の声に、まだ寝ぼけ眼の力登がテレビから離れてゆっくりと椅子に座る。桃耶が率先して朝食の用意を手伝い、食卓には浦島家の朝の日常が彩られる。
焼き魚に白米、わかめとねぎの味噌汁。たくあんの漬物にほうれん草の和え物。これぞ日本の朝食。ザ・和風。なんと素晴らしいことか。
家族五人で囲む朝食は騒がしくも楽しい。力登が涼太のたくあんを奪い取り、桃耶が呆れて眼鏡をあげる。母は笑ってその様子を見ているし、父はその奪い合いに参加する。仲の良い家族。
取られたたくあんを妬ましく見つつ、涼太はふと思う。例えば、こんな日々を姫と過ごせたら。あの可愛くて、美しくて、少し照れ屋でツンデレで、だけど優しい少女がこんな風景に溶け込んだら。
それはきっと、とても幸せなんじゃないだろうか。
夢のような、そのワンシーン。きっと、夢じゃなくなる。
涼太が珍しくぼーっとしているので、桃耶は首を傾げて、こちらに視線を寄こしてくる。やがて家族全員がこちらを見ていることに気付いたとき、涼太は何でもないよ、とらしくない言葉を放って早々に朝食を終えた。
そして、弟二人を自室に呼び込んだ。
「いいか、最近悪雄魂の侵入が増えている」
「確かに。御伽学園の警備が怠っているわけでもないのに、どうしてこう易々と侵入できるのでしょう」
「悪雄魂の力が強まっているんじゃない。最近よく出るし」
兄弟のテンポ良い会話に、室内は満たされた。涼太の部屋は、騒がしい彼ならではのごちゃごちゃとしたものだらけかと思いきや、意外と普通である。窓の上に張られた海の写真や、本棚に所狭しと収まった漫画本など、たいして変わった部屋には見受けられない。特に目立つ場所と言えば、学習机の上に飾ってある水姫の写真くらいだろう。もちろん、隠し撮りしたものだ。
そんな室内に、登校前の兄弟が三人、険しい顔で集まっている。議題は悪雄魂の頻出について。
正義感の強いこの兄弟は、悪雄魂の捕獲に数多く貢献し、だからこそ、最近増えつつある悪雄魂を見過ごせなかった。
「何より姫が襲われたのが気に入らない」
「そりゃ兄上はそれしか考えてないでしょう」
「なにおう、俺だってちゃんと考えてるんだぞ!」
「へえ、じゃあ今まで悪雄魂を倒してきた理由ってなに?」
「もちろん姫に危害が及ばないように」
「「ですよねー」」
二人のため息に涼太は憤慨した。もしかして自分は姫の事しか考えていないとでも思われているんじゃないか。
そんなこと、間違っている。涼太だって、姫の事以外にも興味は行く。姫のような長い黒髪とか、玉手箱とか、竜宮城で過ごした姫との日々とか、釣竿を使ったときの姫の顔だとか!……あれ、これでは姫の事しか考えていないぞ。
いや、今はそんなことを言っている場合ではない。悪雄魂が頻繁に出て、しかも姫に危害を加えようとしているのだ。見過ごせるわけない。
「まあ、今まで以上に見回りを強化することですね。それに、姫が狙われているのなら彼女から目を離さないこと」
「もちろん目は離さない!」
「でしょうね。授業中は力登が監視をしてください。何かあるかもしれない」
「はーい。残念だったね、兄さん。四六時中見てられなくて」
あえてこんなことを言ってくる力登は黒い笑みを浮かべていた。こんな時まで人をいじめる事しか考えていないと思うと、彼の将来が心配だった。曲がった子にならなきゃいいけど。
「よし、それじゃあ俺たち三太郎が協力して、悪雄魂を」
「「「制す」」」
三人拳を突き合わせて頷いた。なんだかんだ言って、兄弟の息は揃い、心強い味方として信頼していた。だからきっと、どんな悪雄魂が現れたって平気だ。
だって、拳を突き合わせただけで吹き飛ばす力登より怖いものなんてないのだから。




