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御伽学園の恋愛事情  作者: 美黒
御伽学園の英雄たち
24/29

8 親友の悩み

 最近、水姫ちゃんの様子がおかしいと思う。

 草壁百合は、そんな事を考えつつ、隣で静かに歩く親友の姿に目を向けた。

 いつも通り、キリッとした目元に下がった口角。艶やかな髪が、穏やかに流れる風に揺れて、とても魅力的だ。何処からどう見ても美人で、人をあまり寄せ付けない印象の彼女は、普段と同じ様子を貫いているが、それでも長年一緒に居る百合には分かる。

 水姫ちゃんは、何か悩んでいる。

 それも、きっと私の想像の及ばないことで。

 そう思うと、百合は自然と胸が締め付けられる。自分に何か出来ることはないか。自分が支えになることは出来ないか。思考を巡らせ、水姫をちらちらと見やるが、彼女はその視線にすら気づかない。夕日に照らされた彼女は、泣いているように見えた。

「水姫ちゃん、朝の事件は大丈夫だったんだよね?」

 悩んでいることは分かる。だけど、何に悩んでいるのか分からない。ひとまず、彼女の考えを浮き彫りにするため、百合は話題を振ってみる。すると、水姫は酷く言いにくそうにそうね、と頷いた。その顔は、何処か上の空だった。少しずつ歩くスピードが下がっていることに気付いているかも怪しい。

 今日の朝方、水姫は部活のために早朝から学校に行った。すると、悪雄魂なるものが校内に侵入し、彼女を襲ったという。幸い、同じ時間に登校していた桃耶と鬼柳が駆けつけて、事件は丸く収まったらしい。今や剣道部の新入部員の百合は、あの二人が絶妙なコンビネーションで動く様子がありありと浮かぶ。

「……水姫ちゃん。友達は出来た?」

 次に彼女がよく悩む交友関係について聞いてみる。今日はたまたま部活が休みで、クラスメイトと帰る予定もなかったから一緒に帰っているものの、最近では別々で帰ることも多い。

 強気な口調とは反対に、水姫が自分よりも人見知りで寂しがり屋なのを知っている百合としては、ずっと気がかりだったのだ。

 しかし、そんな百合の思いも反対に水姫はその質問にはたいして感情を露わにしなかった。

「大丈夫よ。クラスメイトとも少しずつ打ち解けてきたから」

 淡々と現状を報告するだけの彼女は、今は友人関係どころではないのかもしれない。そのことで悩んでいないことをホッとしつつも、どうにももやもやは拭えない。

 百合は思い切って言葉にすることにした。これで自分まで悩んでいても意味がないし。

「ねえ、水姫ちゃん。何か悩んでるでしょ」

 虚空を見つめたままの水姫は歩き続ける。百合はむきになって腕を引いた。そうしてようやく、水姫は自分が上の空だったことに気付いて足を止めた。その様子に、心配するとともに少しだけイラッとした。自分一人で抱え込んで、こうやって人に心配をかけるのなら、最初から説明してほしい。それは常々百合が思っていることだった。

「ごめん。ちょっとぼーっとしてた。……で、何だっけ」

「だーかーら!水姫ちゃん何か悩んでるでしょ!それは、私に話せないこと?」

 水姫は首を傾げて、何のことだろうと言わんばかりだ。しかし、そんな誤魔化しをされたって無駄だ。何年一緒に居ると思っているんだ。百合は半ばやけくそ気味に水姫の手を引いて、早足で近くの公園へと向かう。

「ちょっと、百合?」

 後ろで声が聞こえたが全て無視した。公園につくと、ベンチに無理やり座らせて、自分も座る。目の前でブランコを必死にこぐ子供が、大はしゃぎしていた。

「水姫ちゃん、ここのところずっと変だよ。今日は特にそう。何かあったなら、私に話して。そうじゃないと、悲しいよ」

「……百合。その……ごめん。でも、何ていうか」

「私、水姫ちゃんが乙姫の生まれ変わりだってこと知ってるよ」

 その一言に、水姫は目を見開き、驚愕の色に染めた。なぜ、どうして。そんな言葉が今にも飛び出しそうな勢いだ。

 だけど、それは自分の言葉だ。なぜ、どうして。

 なぜ、乙姫であることを打ち明けてくれなかったのか。

 どうして、こんなにも大好きな水姫ちゃんは、乙姫であることを誇りにしていないのか。

 全てが不可解だった。一般人である百合にとって、それは酷く羨ましい事に違いない。だけど、水姫は今、それが足枷となって周りが見えなくなっている。

「……どこで知ったの?」

 ようやく水姫が落ち着いたかのように絞り出したその言葉は、強がっていた。もしかして、知られたくなかったのかなと勘づく。だけど、こんなにも有名になってしまっているのだから、どうしたって近いうちにばれてしまうだろう。

「乙姫だってことは、きっと学園のみんなが知ってるよ。特に水姫ちゃんは、英雄魂の中でも浦島兄弟に囲まれてて目立つから」

「普通の生徒さえも?ただでさえ、あの涼太先輩の告白で注目を浴びてるのに?」

「そう、多分それも原因の一つだとは思うけど……。だって、元々浦島兄弟がかなり有名人でしょ?おかげでみんな、関心が強いんじゃないかな。浦島太郎、桃太郎、金太郎……」

 上から順に、涼太、桃耶、力登の前世だ。それを聞いたとき、何も知らない百合は当然驚いた。これが現実なのだと理解するのにしばし時間がかかった。ましてやずっと一緒に居た親友が、その浦島太郎に出てくる有名な乙姫だったなんて。

「英雄魂については、水姫ちゃん達が英雄魂の授業を受けてるときに特別授業として教えてもらったよ。御伽学園に居る最低限の常識として、英雄魂がもたらす影響、英雄学の中身、あと悪雄魂っていうものとか。なんだか漫画の世界みたい」

 事実、しばらくファンタジー漫画の設定を聞かされてるのかと思った。きっとどこかの漫画家志望の人が物語を描いて、何処かに投稿するのかと。だけど、現実は漫画よりも奇想天外だった。なるほどこれが真実。生きるうえで、現実と折り合いをつけるスキルをここ二週間ほどで身につけられた気がした。

「そんな……」

「水姫ちゃんが乙姫だってことを打ち明けてくれなかったのは、凄く悲しい。何よりも水姫ちゃんの口から聞きたかったもの」

「ごめん。いつか話そうとは思っていたんだけど。どうしても、乙姫の記憶が蘇ってから混乱しがちで、上手く整理が出来てなくて」

「……そっか。無理に話してほしいわけじゃないから、そう言ってくれて安心したかも。でも、それだと水姫ちゃんの悩みはなに?英雄魂の事かなと思ったんだけど、違う?」

「そんなに悩んでいるように見える?」

「もちろん」

 即答したら、水姫は笑い声を漏らした。いつまでも変わらない百合の態度に、安心したのかもしれない。ずっと沈みがちだった水姫の表情が少しだけ柔らかくなる。まだ何も解決してはいないのに、これで良かったのだと思える。彼女相手には、少し強引にした方がいい。その方が、きっと上手く気持ちを引き出せるから。

「今朝、私は悪雄魂に襲われたでしょう?」

「うん、心配した」

「ありがとう。それでね、悪雄魂は悪事を働いた人に対して仲間にしようとする傾向があるみたいで。私、狙われていたんだよね」

 授業で聞いたのか、それとも勉強家の彼女が自ら調べたのか。悪雄魂について淡々と報告する水姫は、無理をしているように見えた。そこから僅かに見えた不安の色が、痛々しい。

「水姫ちゃんが狙われていたってことは、過去に悪事を働いたってこと?」

「そう。乙姫の時にね。今は私も英雄魂だってことになってるけど、その悪事をきっかけに、悪雄魂にそそのかされたら……って思うと。不安で、怖くて」

「悪雄魂になるかもしれないから悩んでるの?本当に?」

 論点がずれている気がしてそう押したら、水姫はぐっと黙った。図星か。きっと本質はその奥だ。水姫は悪雄魂にそそのかされて染まることを恐れているわけではない。もちろん少しも恐れていないわけではないだろうが、それよりももっと気がかりなことがある。

 全ては、乙姫の記憶。

「乙姫の時にしでかした悪事が、悩みの種なんだ」

「……百合にはなんでもお見通しかあ」

 参った、降参ですと水姫は両手を挙げた。大袈裟なその仕草は、百合を確信に満ちさせた。水姫のはぐらかし方は当然何度も見ている。肝心なところを遠回しにするのなんて、いつもの事だった。

「話せない事かな、私には」

「……ごめん、ちょっとまだ分かんない。……だけど、百合、聞いて。これは、例えよ、例えの話。もし、親しくしている人が、自分のせいで一生を無駄に過ごして、罪を償おうとしても出来なかったらどうする?その人の人生を奪ってしまったら?」

 浦島太郎とのことを言っているのかな。密かに百合は勘づいて悩んだ。難しい質問だった。例え話なんて嘘っぱちであるのは、とっくに気づいている。だからこそ、真剣に考えた。

 そして、ぱっと思いついたことを百合は口にする。それは、至極当然で、生きとし生けるものならすべてがそうであった。

「精いっぱい生きるよ。その人の分まで」


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