2 盛大な告白
その学園に入る事に決めたのは、いくつか理由がある。一つは、制服が自分好みだったから、そして学校内の設備が整っており、清潔感漂う場所だとパンフレットで知ったから。
そして、もう一つ理由があった。
多分、それがこの学園の受験をする一番決定的なものであり、入学式という晴れ舞台に、更なる期待感を膨らませる要因だった。
「ふふ、何だか水姫ちゃん機嫌良いね」
家を出てすぐに合流した親友、草壁百合はおかしそうに笑う。水姫と違い、引っ込み思案で何でも他人の行動に合わせてしまう百合は、彼女を追ってこの学園に入学を決めた。
そんな彼女は、活発的な水姫とは違い、比較的強い色をした制服を着ても、落ち着いた雰囲気を出していた。見た目はかなり正反対の2人だが、それなりに長い付き合いで、お互いの事は知り得ていた。
その百合が言うのだ、水姫は本当に機嫌が良いのだろう。そもそも彼女は基本仏頂面でいる事が多い。
「分かる?だって、桜庭先輩に会えるんだよ?しかもこれから毎日!考えただけでもう……」
ニヤけきった口元を惜しみなくさらした水姫に百合は驚き、お口チャック、と手でジェスチャーした。
おお、これはいかん、とでも言うように水姫も慌てて口を閉じて、こほん、と咳ばらいをする。感情が行動に出てしまうとは不覚。
その桜庭先輩なる人物こそが、水姫を御伽学園の入学に決めさせた最大の理由である。
中学生の頃、二つ上の桜庭は当時茶道部だった水姫の先輩で、彼女の憧れである。今でも交流が続いている仲で、そんな先輩に誘われたらこの学園に入学しない訳にはいかない。
「桜庭先輩、何部に入ったのかな!私も同じ部に入りたい!」
「ふふ、ホント、水姫ちゃんってば桜庭先輩大好きなんだね」
「ばっ……言い方に気をつけなさい、それじゃ、私が先輩に恋愛感情あるみたいじゃない!」
「違うの?」
桜が幾度となく舞い落ちる道のりで、水姫は立ち止まる。俯かせたその顔は、真っ赤だった。
釣られて立ち止まった百合は、彼女の顔を見るなり、更に笑みをこぼす。本当に、素直じゃないんだから。そんなふうに言いたげだ。
「もう、ほら!行くわよ!」
怒鳴り声でそう言われた百合は、はいはい、と水姫の隣を再び歩く。彼女の、この典型的なツンデレはいつ治るんだろう、と密かに心配しながら。
御伽学園の校門は、壮観な眺めだった。家が何軒建つのだろうと首を捻るほどの門の長さ、当然敷地内は更に広いはず。そして鉄で出来た門は、カッコいいと言うほかない龍がいくつも施されていた。
この学園に来るのは試験以来だが、相変わらずのようで、二人は息を呑んだ。
敷地に踏み込めば新入生と在校生がこれでもかというほどごった返していて、小心者の百合は怯え、水姫は彼女の手を引いて恐る恐る玄関口に向かう。人混みをかきわけながらの移動は一筋縄ではいかないようで、水姫の眉間には皺が刻まれていた。
「歴史が好きな人、信長に愛を誓いたい人、是非歴史研究部へ!」
「いやいや、それなら薔薇に全身包まれたい人、園芸部はどうー!?今ならトゲに刺さって血まみれのサービス中だよー!」
そんなサービス誰がいるんだよ、と水姫は小声でぼそっと言うと、後方でちょこちょこついてくる百合は苦笑した。
「何か、部活の勧誘多いね」
「声を張り上げてるのは文化部みたいよ。運動部はグラウンドで実演勧誘らしいわ」
運動部で実演って、中身だいたい分かるんだからやる必要性を感じない。ちょっとこの学園はおかしいのかもしれないと早くも疑い始めた水姫は、鬱陶しい勧誘とかナンパとか飛んでくる野球ボールとかナンパとかをのらりくらりとかわした。
そうして気付けば息を切らして二人が玄関に辿りつくと、見知った顔を見つける。
それは、水姫が憧れ恋い焦がれてたまらない人物であり、切らしていた息は更に切れ始めた。
玄関口でもたれかかって男性と話しているその人物は、桜庭尋。暗めの茶髪は巻いているのかふんわりとしていてまるでお菓子のよう。優しげな瞳は全てを包み込みそうで、形のいい口から覗く白い歯は輝いて見える。立っているだけで桜が咲きそうな彼を見るなり、水姫は百合の手を離して即座に向かう。
「桜庭先輩!」
誰にも負けないくらいの大声で呼ぶと、桜庭が気付いて笑いかけてくる。それだけでもう蕩けそうだ。必死に足を動かして駆け寄ると、どういう訳か、桜庭の隣に居た友人らしき男があり得ない速度で駆け寄って来る訳ではないか。
「え?」
漏らした声と、チーターのような速さで走って来た男に抱きしめられたのは、同時だった。
抱きしめられた力は半端なく、水姫は苦しさで顔が歪んだ。憧れの先輩の前だと言うのに、出し惜しみなく不機嫌面だ。
「あ、の。離してください」
「ああああああああ会いたかったよ!」
いや貴方の事知らないんでとにかく離してくださいと言いたかったのだが、更に力を入れられて何も言えない。これじゃ苦しくて息が出来ない誰か助けて。
「涼太、水姫ちゃんが苦しそうだ。離してやって」
桜庭のピアノを奏でるような声に水姫の頬はだらしなく下がる。彼女の顔は今表情をころころ変えるのに忙しかった。
「あ!ごめん姫!」
「ハア……あの、私、姫なんて名前じゃないんですが」
ようやく抱きしめるのを止めてくれた涼太という男は、今度はさりげなく水姫の手を握って視線を合わせてくる。さっさと桜庭先輩の元に行きたいのに、と睨むと、彼はポッと頬を染めた。なんでそうなる。ドMか。
だがよくよく見れば彼もなかなか端正な顔立ちをしていた。大きな目は愛嬌を感じるし、髪も爽やかに流して、前髪だけをあげている。背も高いから、それなりにモテそうな容姿だ。
まあ桜庭先輩には敵わないがな、と内心で毒を吐いていると、桜庭の横で百合が頬を染めてこちらを見ていた。それは友人の恋愛模様に照れている女子の様子で。
見てるなら助けてくれ、と視線を送ったら親指を立ててエールを返された。今度絞めてやる。
「すみません、とりあえず手を離してくれませんか」
「嫌だよ離す訳ないよ!俺は一生君を離さない!おはようからおやすみまで君と共に居ておやすみ以降は寝顔を眺めて写真を撮りまくると決めたんだ!」
「そんな事するなら寝て下さい気持ち悪い!ってそうじゃなくて!」
「やっと、会えたんだ。ずっと、ずっと待ってた、この時を。ようやく、君の傍に居られる。俺の、姫――」
大きな瞳に見つめられて、手を握られて、そんな事を言われるとは思わず、水姫は眉を寄せた。先ほどから微妙にこの男の話している意味が分からない。そして、何故かこの男性に既視感を覚えている自分がいる。
どうして、だろう。
何だか、懐かしい感じがする。
そう思って、言われるまま黙っていた彼女を見て、涼太は決死の覚悟、と言った様子で口を開けた。
そして、こう言うのだ。
全校生徒に聞こえるくらいの、大声で。
「貴方が好きです!付き合って下さい!」
竜宮水姫、一五歳。人生初の告白は、入学式に出たくないくらいの恥ずかしいものでした。




