3 相撲部
ドサッと音がした。尻もちをついたその男子生徒は相撲部の中でもトップ3に入るほどの実力者なのだが、彼を目の前にしてはそれも無意味に近かった。
思わず部長の顔を見る。
部長は相撲部の中でもダントツに力があり、大会でも優勝をするくらいの成績優秀者だ。だが、彼も顔を引きつらせて、その男を見ていた。
何か絶望的な気持ちに追いやられながら、男子生徒は、自分を土俵から追いやった張本人を見る。
――浦島力登
とても高校生には見えないその容姿は、どちらかといえばインドア。線は細く、動くたびに揺れる金髪はきらきらと輝き、美少年と言える。到底、筋肉がついているとも思えない。
しかし、彼はかの有名な「金太郎」の魂を持った生まれ変わりであり、驚異的な怪力を持った男であるのは、間違いない。何より、彼自身が直にそれを理解させられた。
だからこそ、だ。
彼は部長に視線を送って、首を振った。部長も頷く。両者の間で何か意味深な意思疎通がされていることは、力登も気づいていたが、それよりも自分がかけた技について首をひねるばかりだった。
「張り手ってこんなにあっけないんだ。土俵から出たら負けって、こんなに簡単じゃ勝負にならないんじゃない?」
力登は自分の手を見つめて、ため息をついた。相撲がこんなに簡単なものでは、楽しめる自信はない。そう言いたげに肩をくすめる。
彼が相撲部に入部希望を出して、三日が経過していた。部活の勧誘が多くされていた御伽学園の中では遅いであろうその入部希望に、相撲部は最初大歓迎だった。何より、相撲部は入部希望者が少なく、過疎化を辿る一方だったからだ。
だがしかし、その希望者の名前を聞くなり、彼らはすぐに顔を強張らせた。浦島力登。かの有名な浦島涼太の弟であり、恐るべき怪力の持ち主。
それは、彼が入学してくる前から御伽学園に響き渡る噂として全校生徒が知り得ていた。もとはといえば、涼太が弟自慢として言いふらしていたのが原因なのだが。
その名前を聞いて、相撲部の部員たちは皆口をそろえてこう言った。
――無理だろう、と。
何故なら彼ほどの怪力を持ってして相撲に臨まれては勝負にならない。英雄魂の道具であるまさかりを外して先ほど勝負をしてもらったが、それでも圧倒的な力をつけて勝負を灰にするその姿勢は、相撲部には不必要なものだった。
「どうですか、部長。僕は、相撲部に入れますか」
力登の無邪気な質問に、優しい部長は心苦しい、とでもいう様に眉を寄せて、ごめん、とつぶやいた。言いにくそうに、だけど責任をもって口を開いたその姿に、力登はどういうことですか、と返す。納得のいかない様子だった。
「悪いけど、君みたいな常識外れの怪力はむしろ相撲部には向いてないんだ。相撲ってのは単に力だけを駆使してやる競技じゃないからね。相手とぶつかって、張り合って、初めて相撲になる。君みたいに初っ端から突き飛ばすのは、ただの暴力だよ」
言っていることは辛口だが、声音は優しい。力登の相撲部に入りたい、という意思を気遣ってのことだろう。彼は本当に申し訳なさそうに力登に頭を下げた。
「本当に申し訳ないけど。部活は他をあたってくれ」
「……そう。分かりました」
力登はしばし放心して、やがて部長の言葉を飲み込むと、一礼して壁際に置いていた鞄を手に取る。やはりだめだった。
ルールも何もかもを覚えていない。ただ付け焼刃で、あとは怪力で補っただけの自分に、相撲部に入れるはずもない。
これが普通の人間だったら簡単に入部できたはずなのに、力登には人外の力があるせいで、入部が簡単にできない。
いや、それよりも何でもかんでも力で解決させようとしているのを、彼自身が気づいていない。それが、何よりの原因だろう。
力登は自分の掌を見つめて、目を細めた。どうして、この手が出すその能力のおかげで自分のしたいようにできないのだろう。
鞄を肩にかけて、これからどこの部活に入ろうかと少しだけ憂鬱な気分で部室を出ようとすると、背後で部員たちの会話が聞こえた。
「でもあの変に強い力、あの人思い出すよな。女なのにやたら力あってさ」
「まあなー。ま、あそこまで強かったわけじゃないけど。俺ら全員相手にして負かして、そしたら学校退学だっけ。何しに来たんだろうな、あの人」
「てか名前なんだったっけ?俺忘れた」
「うーん……と?何だっけ?」
力登は帰ろうとしていた足を方向転換させて、その部員たちの後ろに向かうと、背後からその人の名前を教えてやろうと口を開いた。その名前は、彼が探して止まない女性の、特別なものだ。
「熊谷。熊谷沙耶」
「そうそう、熊谷先輩!って……何だ、力登くん知ってるの?居たの俺らが一年の時だよ?」
三年生である彼がそう言って、懐かしむように視線を上にして、思いにふける。だがその行為を遮るように、力登は頷いて会話に割って入った。
「ちょっと昔、知り合って。その人探してるんだけど、何処に居るか知ってますか?」
「さあ?あの人、突然転校してきて、一か月この部室に入り浸って退学していったから。行動が本当に謎な人だったことしか」
それは力登の知っている彼女と同じだ。
いつも突発的なことをして、気づけばいなくなっている。それは、いつになっても変わっていないらしくて、ホッとすると同時に、残念な気持ちも押し寄せてきた。
実のところ、力登が相撲部に入ろうとしたのは彼女を追ってきたからだ。以前涼太に彼女が居たことを聞いて、残り香を追いたいと思って、希望を出した。
だが、やはりすぐに消えてしまうのだ。
いつも。
どうしたって、あの人は力登の目の前から消えていく。
その存在を強くぎらつかせながら、だけど雰囲気すらも薄くして、去っていく。
力登は先輩にお礼を言うと、ようやく部室を出た。
得られた情報は兄から聞いたものと変わりない。結局、何も変わらず、部活にも入れず、悩みが多くなっていく。
彼女は一体、どうしているのだろう。
どうやったら、また会えるのだろう。
「何処に居るんだ。貴方はいつだって僕を置いていく」
呟いたその言葉は、誰の耳にも届かず、風だけが奪い去っていった。




