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御伽学園の恋愛事情  作者: 美黒
それは、御伽話のようなもの
11/29

11 親友の言葉

 乙姫――、とは。

 浦島太郎に出てくる竜宮城のお姫様。彼に玉手箱を渡して、決して開けてはなりませんよ、と伝えた女性。

 分かる事は、ただそれだけ。

 まさか自分が乙姫だなんて思うわけがない。まして乙姫がどんな人物だったかなんて。

 それでも、涼太は一目見た時から水姫に盛大な告白を送り、鬱陶しいほどに姫と呼び続けていた。一体どうして。もちろん、涼太にとって、浦島太郎にとって乙姫は竜宮水姫だからだろう。

 水姫は四限目が終わるとすぐに屋上に向かって、一人黙々と昼食を取っていた。今まで校庭だったのに場所を変えたのは、もちろんあの男に見つからないようにするためである。

 というより、今は一人にしてほしかった。

「突然あんな事言われても」

 溝口から告げられたその事実は、賢い水姫でも理解するのには相当な時間が必要だった。何より、信じられないという思いが強くてどうしようもない。

 だから一人で考える時間が欲しかった。

 そうしてぼんやりと思い耽る彼女は、遠目に見れば美少女が憂いを帯びた表情に見え、屋上に居るわずかな生徒がちらちら見ている事なんて、気付いていない。

 そのまま食べ終えた弁当箱を片付けると、水姫はふと空を見上げる。

 空は快晴、春の陽気も手伝って、まるで誰かに包まれているかのような温かさが心地よい。

 だけど内心では憂鬱で、どうにもならない。本当は陽に何もかもを預けてしまいたいのに、頭はそれを拒んでいる。考える事を、悩む事を、今ある事実を受け入れる事を、必要としている。

「先輩が浦島太郎で、私が乙姫」

 再度確認するように呟いて、ふう、とため息をひとつ。言葉にしてみて初めて分かる現実。

 それは、つまるところそれが水姫の身体にすとん、と降りて来て何ら違和感がない事を示していた。

 今の水姫にとって、自分が乙姫の生まれ変わりであるという事実は、信じがたいけれど、何処かでそうだったかもしれない、と思ってしまうようなものだった。

 結局、頭の整理が追いつかないだけで、あの突拍子もない話を信じているのだろう。水姫が完全に乙姫だという自覚を持つに必要な物は、時間。ただそれだけだった。

「記憶が戻る、って言われたっけ」

 溝口の話では、英雄学生徒の中で現在記憶がないのはたった五人。その五人は、今後近いうちに必ず前世での記憶を取り戻す、との事だった。きっかけさえあればすぐにでも思い出すのだと言う。

 きっと思い出してしまったら、自分が視る世界は変わってしまうのだろうな、と予感めいたものを感じ取っていると、不意に誰かの声が水姫を呼んだ。

「水姫ちゃん?」

 それは親友であり、ここ最近友人作りに葛藤を覚え始めた原因でもある、草壁百合の声だった。

 彼女を見やると、屋上の入口からちょこちょこと可愛らしい足取りでやってくる。その服装が体操着な事が、少しだけ疎外感を覚える。

「百合、どうしたの?」

「それはこっちの台詞だよ!水姫ちゃんいつも校庭で食べてるんじゃないの?涼太先輩と!」

「その話は何処から聞いたのよ……」

 嘘よ嘘、と手をひらひらさせて、否定すると百合は少しだけ残念そうな顔をした。どうしてそうなる。

「ちょっと色々あって、一人になりたくて。百合こそどうしてこんなところに?」

「私は友達と待ち合わせ!最近屋上で食べてるんだけど、私購買使ってるから後から行く事になっちゃって」

 なるほど、だからパンを持っているのか。そういえば彼女の家は両親共働きで弁当を作ってもらえる余裕などなかったはずだ。そうなると、当然の帰結と言えよう。

「水姫ちゃん、悩みがあるんじゃないの?」

「……どうしていきなりそんなこと」

「だって、寂しがり屋の水姫ちゃんが一人になりたい時って、いつも一人で抱え込んでるから」

 切なく、だけど安心させようと微笑んだ百合の笑顔は、胸が痛くなる。寂しがり屋って何よ、と毒づくも、本当にその通りだったから。

 百合は、見てないようでいつも見てくれている。いつも、些細な事に気づいてくれる。

 それを思うと、どうしようもないくらい嬉しくて、同時に悲しい。

 百合が自分以外の友人を作れなかったのは、彼女の性格が原因ではないだろう。だって、水姫が離れた途端にこうして普通に過ごせているのだから。

 つまり、水姫が百合のお荷物となり、友達を作らせまいとしていたのだ。

「……ごめんね」

 百合に聞こえないように小さく呟く。本当はずっと前から気付いていたこと。

 だから、水姫は百合の友達が既に屋上に座って待っている事も気付いていた。水姫の向かい側で三人ほどが円を描くように座って、だけど顔をまだかまだかと百合に向けている事を。

 だから。

 水姫はいつものように澄ました表情で百合を向かわせる。それが彼女のための最善で、親友を思いやる人として。

「ほら、いいから行きなさい。私は平気だから」

「でも、水姫ちゃん」

 そう言うなり引き下がらない百合は、意外と強情だ。眉尻をあげて、仁王立ちして、水姫を見下ろしている。

「……」

「……むん」

 むん、じゃないって。

しばし見つめ合って、早々に折れた水姫は、分かった分かった、とでも言うように一つだけ質問をする。 まだ自分が何者であるかは、心の整理がつくまでは難しいけれど、整理するためのことだったら。

「もし。もし、自分が物語の主要人物で、それが自分の運命を変えるかも知れなかったら。今まで生きてきたものを覆してしまうかも知れなかったら。百合は、どう思う?」

「……水姫ちゃん」

 百合は真剣な顔して、水姫と視線を合わせた。かがみこんで、ニコリと笑って、女子力満点の花を背景に咲かせて。

 だけど、何を言っているか分からない、と言う表情で。

 もちろん、水姫も後になって何を言っているのか、自分が何を聞きたかったのか滅茶苦茶だったと気付いた。

 だけど、この時の百合は大したもので、訳も分からないまま、それでも答えた。

「みんな誰しも物語の主要人物だよ。そこに違いはないと思う。運命っていうのは、それも踏まえて決められてるんじゃないかな」

 訳のわからない質問に、訳のわからない答えが返ってきた。

 ぽかんと口を開けたままの水姫にじゃあね、と笑顔で立ち去って行く百合は、輝いて見える。

 訳のわからない答えだったけれど、一つだけ分かった事がある。

 多分、悩んだってしょうがないんだ。


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