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【短編集】気ままに新たな自分を探して

伝えたくない

作者: 春風 優華

 癪だから。

 なんか、気にくわない。

 だってあの人だよ?

 本当、訳わかんない。



 私たち、最初はあんなだったじゃん。





「あなたが私のマイストですか?」

「んぁー? そうそう、今日から俺上司になるんだった。あーでも、ペアが女の子とは聞いてなかったなぁ」

「ええっと……」

 困惑、その一言だ。だってこの人、部下が挨拶に来たってのに寝っ転がって本読んでるのよ? あの堅っ苦しくて真面目な印象が一番の我らガーディアン・フォースに、こんな人がいていいの?

 しかもここ、草原よ!?

 周りの同期はみんな支部やら本社やら、せめてでも訓練場とかに出向いてるのに、どうして私だけこんな何もない草原に呼び出されなきゃいけないのよ。

 私の怒りは多分、隠せていなかっただろうし隠す気なんてさらさらなかった。

「あ、俺上下関係とかそーゆー小難しいこと気にすんの面倒だからタメでいいよー。俺はアオトね。君は?」

「クレハです。今日はもう帰っていいですか? 私訓練するので」

「あーまってまってクレハちゃん。もうすぐ帰ってくるから。紹介しなくちゃねーうちのかわい子ちゃん」

 なんの話だ。私は怪訝な態度で、しかし仮にも上司に呼び止められたのだから無下に断る訳にもいかず、しぶしぶそこに留まることにした。

「クレハちゃんも可愛いよね。君みたいな子がガーディアン・フォースに入るなんて驚きだよ。男ばっかでいろいろ大変でしょう」

「私たち戦闘職に女性は少ないですが、支援職には結構います。それに、男性に負けないくらい鍛えてますから」

「あー、新人でかなり優秀なんだってね。俺にペアができるって聞いた時そんなことも言われなぁ。いや、驚いたね」

 へらへらと笑いながら空を見つめる上司仮を見て、私は心の中でため息をついた。恨んでやる。この人と私を組ませた本部の人事を恨んでやる。だいたい、こんな適当な人と任務をこなしていけるのだろうか。

「クレハちゃんは」

「クレハでいいです」

「クレハは何を武器にしてるんだい」

 私は無言で得物を見せた。見る人が見ればただの棒。しかし、私の手にかかれば立派な武器となる。

「棍かい、この辺りで使い手がいるとはなぁ」

「気を混ぜて振るうんです。私にしか扱えません」

「誇りなんだねー。いいよいいよ、そういうの。お、俺の誇りも丁度戻ってきた」

 子どものように純粋な笑みで起き上がると、大空に向かって手を伸ばした。その時、天から独特の鳴き声が聞こえてくる。

「まさか、ドラゴン?」

「そ、俺のドラゴン。ジェシカって言うんだ。可愛い可愛い女の子」

 青空から白い点のようなものが降ってきた。やがて点は輪郭を持ち私たちに近づいてくる。

「お帰りジェシカ。今日の散歩はどうだった?」

 キアーー!

 ジェシカと呼ばれた白竜は翼をはためかせて喜びをあらわにした。

「悪かったね、クレハ。今日この時間はジェシカのお散歩タイムだったからどうしてもここに来てもらう必要があったんだ」

 あ、多少はこんな場所に呼び出したこと気にしてたんだ。だからと言って、まずこんなところで竜を放していること自体問題である。

「随分と仲がいいんですね。しかも自尊心が強く気高いあの白竜がこんなに懐くなんて」

「ジェシカは良い子だよ。クレハのことも気にいったみたいだ」

「まさか、冗談を。まだ会って間もないのに?」

「だってほら」

 白竜ジェシカは私の方をじっと見つめると、奇声とともに再び翼をはためかせる。

「ジェシカは人を見る目があるんだよなー。クレハは怖い顔だけど可愛くて素敵な女の子ね、だってさ」

「や、やめてください。そんなわけないじゃないですか!」

「あら照れてるの、初々しいわねぇ」

「いい加減怒りますよ!」



 最悪な挨拶だった。ジェシカは確かに綺麗な竜で同期にも自慢できるけど、あのアオトとかいうクズ上司が操るのかと思うともう何も言えなくなる。

 なぜ私があいつと組まなきゃいけないんだ。ペアを作ること自体は仕事の特性上仕方のないことだから良いとしよう。だけど、あんなやつと組むなんて聞いてないぞ。

 私の仕事は、賊から街を守り災害時には救助へ向かうガーディアン・フォース。その仲でも特異性と専門性が問われる戦闘職、ドラゴン・バトラーだ。通称DBと言われている。DBは自らドラゴンを操ることはない。戦闘に集中するため、そして、ドラゴンを操れるのは天性の才を備えたものだけだから。

 アオトはDBを乗せてドラゴンを操る支援職、ドラゴン・ディーバー。通称DDだ。

 基本的に新人DBは訓練を終えると、指導員となるDDとペアを組み任務へ向かう。逆に新人DDにはDBの指導員がつく。ペアを組む職業なので、自然と同職種ではなくペア職種が指導員となるのだ。だから私がDDのアオトと組むのは間違ってはいないのだが、このペア組みはやはり間違っている。



 そうは思っていても、新人が人事に口出しできるはずもなく、嫌々アオトと任務やら訓練やらをこなす内、それなりにこの適当な男とも話しができるようになってきた。それに、新人が指導員と組むのは一年だけだ。一年経てば同期か年の近い同実力者と改めて組み直すはずだ。

「ジェシカ、今日も良い飛びっぷりだったわね! 最高よ」

「だろー、俺のジェシカは世界一のりゅ」

「ジェシカー、可愛いよジェシカー。なんか後ろの男がうるさいけど私はジェシカがいるからやってけるよー」

「おいおいクレハさん、仮にも上司に向かってその言い方は」

「えー、アオトが上下関係は無しねって言ったんじゃない。ですよねジェシカちゃん」

 キアーー! クゥクァー!

「あ、ちょっと。そんなに舞い上がらないで」

 ジェシカは可愛くて愛らしい。そこは認めよう。私もこの子と離れるのは少し寂しいよ。まさかこんなに竜が私に懐くなんてね。

 なんだかだんだん、竜の扱いにも慣れてきた気がする。

「クレハとジェシカはもうすっかり友達だな」

 アオトはしみじみと呟いた。

 キエーー!

 ジェシカはアオトの言葉に応じて翼を広げた。

「あーこらこら、やっとなだめたとこなのにってこれ本当はアオトの仕事だよ」

「良いじゃないか、ジェシカはクレハと触れ合えて嬉しいんだよ。顔合わせの時から好かれてたけど、仲良くなれてよかったよ」

「まぁ、最初は背中に乗って飛ぶの少し怖かったけど、私もジェシカなら信じられるようになったし。今なら目一杯動けるよ!」

「ま、俺の竜使いは一流だからな」

「ジェシカのお陰よねー」

 キアーキーー!



 本当はちゃんと分かっていた。数回の訓練と実践で、アオトの技術の高さは十分に理解できた。

 だから少し、不思議ではある。こんなにも竜との信頼関係が厚く、ぶれの少ない飛行ができるのはDDの中でもそう多くないはずだ。まだ若いとはいえ、これほどの実力がありながら新人の指導員を任されるなんて。本来なら、正式なペアを組んで高難度の任務に派遣されてもおかしくない。

 どうして私とペアを組むことになったのだろうか。



 その日も相変わらず草原でジェシカの帰りを待ちながら、私は棍を振るいアオトは本を読んでいた。すると、アオトは急に何かを思い出したのか、声を上げる。

「クレハー」

「なに」

「相変わらずご機嫌斜めね」

 私はその皮肉に対し真っ向から突っかかる。

「そりゃそうよ。アオトが真面目に仕事しないから、本部に出す書類やら訓練場使用の申請手続きやらは全て私が処理してるんだよ? これ明らかに新人の仕事じゃないよね」

「いやー、クレハの方が物知りだししっかりしてるから、俺がやるより安心安全ってねー」

 この上司、やっぱり上司らしからぬ。竜に乗ってる時はまだまともに思えるのに、地に足つけた途端これなんだから。感性のみで生きてるんじゃないかしら。

 けどこんなでも一応私の直属の上司な訳ですから、ほっとくわけにもいかないのよね。この人とペアを組む人は苦労するわ。ちょっと目を離すと違反すれすれの行為もやりかねないし。ガーディアン・フォースの特権で竜を連れて歩くことは許されてるけど、放して飛ばすには許可がいるって知ってるのかしら。

「言っておくけど、訓練期間に座学でみっちり勉強したはずだよ。私が物知りなのではなく、アオトが知らなさすぎるの」

「いやはや、頭を使うのは苦手で」

 確信。やっぱりこの人感性で生きてる。

「しっかりしてよね、もう。仮にも私の上司でしょうが」

「だからー、クレハが危険な時はちゃーんと守るから」

「私、竜の扱い方以外でアオトに習ったことなにもないんだけど」

「大切なことを教えてるからいーの。だいたいクレハに教えることなんて最初からなかったもんな。竜の上での戦い方なんて言葉で教えられるものじゃないし」

「それはそうだけど」

 空での戦い方は身体で覚えるしかない。それは訓練生時代から聞いていた話だ。にしても安定した乗り方とか他にも指導することはあるでしょうに、この人全て感覚任せだよ? 細かい作業とか事務的な仕事については最初から期待していなかったけどね。むしろ全て任されるなんて、ある意味で裏切られたわ。竜の扱い方に関してはDBの私は知らなくても良いことだし。ジェシカと触れ合いたいから別に良いんだけど。

「あ、そうそう。本題を忘れてたよ」

「本題?」

 珍しく本を閉じて私の方を見ると、にへらと笑って言葉を続けた。

「今度の休み、西の岩山に行こう。ジェシカと、俺と、クレハで!」

 多分私、今すごく微妙な顔してる。それを見てか、アオトはのんびり付け加えた。

「ジェシカのお願いなんだ。しばらく行ってないから久しぶりに見たいってさ」

「そう、ジェシカが言うなら仕方ないわね」

 結局、特に用があるわけでもないのに岩山へ行くことになった。

 ま、あそこは訓練や任務で何かと訪れる機会の多い私たちが休日にわざわざ出向くような場所ではないけど、一応観光地にもなってるくらいだし、何よりジェシカのお願いだから良いけどさ。お散歩が目的なら棍でも持って行こうかな。



 西の岩山。

 そこは街外れにある草木の生えない、岩が剥き出しになった場所。一面石や岩だらけで、一部が盛り上がっているため山と形容されているが、西の岩山と言った時は大抵そこら一帯のことを指す。

 まさに訓練にはもって来いの場所だ。組手をして周りのものを壊してしまっても、どうせ石や岩しかない。人気の少ない場所へ行けばドラゴンで自由に飛び回ることだってできる。まだ飛行が不安定なDDはよくここで練習するそうだ。

 また、緑豊かな街中の人々にとって、この岩山は相当に珍しいものらしく、一部は観光地化されていた。ほとんどの場所は岩が落ちてくる危険性があり一般人では近寄れないが、安定した場所のみある程度整備して一般人でも踏み込めるようにしているのだ。

 もちろん私たちは人気のない場所を勇んで探した。



 休日、ジェシカを先頭に常人では通れないような道をずんずんと進んでいく私たち。アオトは本を、私は棍を片手に、とジェシカをお散歩へ連れていく時と同じ装備だ。今日はガーディアン・フォースの制服も着ていないし、周りからはどのように写っているのだろうか。

 いや、ドラゴンを普通に連れ歩いてる時点でガーディアン・フォースと判断されていてもおかしくないか。

「アオトはさ、いっつもなに読んでるの」

「おっ、クレハが俺に興味を示すなんて珍しいなぁ。今日は空からや」

「別にそこまで知りたかったわけではないし言いたくないならいいけど」

「悪い悪い、冗談だって。これは、なんとなんとーー純愛物語なのです!」

「ふーん」

「うわぁ興味なさげ」

 興味がないわけではない。けど、素直に乗ってやる気にはなれなかった。だって、私たちは常にこんな感じだから。たまに年上かどうかも怪しいと感じる。

 敬意はない。けど、ペアとして信頼はしている。

 それくらいが丁度良くて、心地いいのだろう。お互いに。

 変な上下の遠慮や驕りがないのは、当初は違和感でしかなかったが、共に戦うことを考えればそれはそれで良かったのだろう。

 私は現状に満足していた。

「それで、その純愛物語はどういうお話なの?」

「俺には興味ないけど内容には興味あるんだな。別にいいけどさー。今読んでるのは竜狩りの里に生まれた竜を狩れない女の子と、竜に育てられた男の子の話だよ。上中下巻とあって、俺が呼んでるのは中巻。もし気になるなら、今度上巻を貸すーーどうか、したのか」

「ううん、平気。素敵な話ね、でも今は私も読みかけの本があるから遠慮しとく」

 私は早口でまくし立てると、アオトの視線から逃れるように数歩前に出て歩いた。

 竜狩りーーその言葉が深く胸に突き刺さる。どうしても忘れることができない忌まわしき記憶が、今なお鮮明に蘇る。

 あぁ、気分が悪い。今日はせっかくの休日なのに、ジェシカもお散歩を楽しみにしてたのに。

 キューーン

「ごめんねジェシカ、あたなを不安がらせてしまって。大丈夫よ、大丈夫」

 ジェシカは優しい竜だ。私の異変に気付いて直ぐに励まそうとしてくれる。

 そうよ、私はあの日から、竜を護ると決めているの。こんな素敵な心を持った竜たちを、もう狩らせはしないんだから。

「……! なにっ」

 急に地面が胎動し始めた。唸るように、うねるように動く地面は、岩肌を砕き、歪ませる。

「地震か! ジェシカ、背中借りるぞ。クレハも乗れ!」

「あ、ありがとう」

 地震なんて、人に予知できるはずがない。そんなことができるのは、感覚の鋭い人以外の動物だけだ。しかし、動物たちのそんな騒がしさは感じなかったが。

「ジェシカ、もしかして分かってたの?」

 やけに冷静だった。それがむしろ違和感だった。

 竜が、急に地震が来て平静でいられるなんて、どれだけ訓練されていても不可能だろう。一時の迷いや混乱は見られるはずだ。

 しかしジェシカは飛んでみせた。人を二人も乗せ、こんなにも安定した飛行ができるということは、落ち着いているということに他ならない。冷静に状況を判断し、空中から地面の様子を伺うなんて、こうなることを予期していたからこそ、できるのではないだろうか。

「そうなのか、ジェシカ」

 アオトに問われ、ジェシカはゆっくりと頭を動かした。

「急にここへ来たいと言い出したのは、ただ散歩がしたいだけではなく、これを察してのことだったのか」

 そうしている間にも、地面は振動し続け、形を変えていく。

「ジェシカが私たちを導いてくれたんだわ。鋭く繊細な竜が地震から逃げるのではなく立ち向かったんだもの、私たちもそれに答えなくては」

「そうだな」

 その時、岩山の頂上から何かが流れ落ちてくるのが見えた。

「あれはもしかして、溶岩流。大変だわ、急いで人の多いところへ行って救助をーー、アオト?! 早くジェシカに観光地の方へ向かわせて!」

 揺すっても、叩いても、アオトは身動き一つとらなかった。ただ迫り来る高温で溶けた岩を見つめるばかり。表情は背後からでよくわからないけれど……。

 これは、よろしくないわね。

 私は咄嗟にジェシカの綱を握るアオトの手に自らのそれを重ねて叫んだ。

「自分に打ち勝ちなさい! そして乗り越えなさい! 人々を守るのが我らガーディアン・フォースの使命でしょう!! それすらも忘れたっていうの、このだめ上司っ」

 私は精一杯の思いを込めて綱を振るった。ジェシカは滞空をやめ空を翔ける。

「わり、ちょっと寝てたみたい」

 ジェシカが猛然と風を切り出したことでアオトも我に帰ったのか、縄を握る手に力が宿った。

「馬鹿上司、竜の上でしかかっこよくないんだからしっかりなさいよ! ここはアオトの独壇場でしょ。ここで働かなくてどこで働くってのよ」

「ですよねー。いっちょやりますかぁ」

 アオトが体を傾けるのに合わせて私も重心を移動させる。体勢はすでに救助する時のそれにしている。

「とりあえず、観光地までは飛ばすから、人が見えてきたら逃げ遅れてる人や怪我人がいないか警戒して」

「了解」

「もし岩とかが人のいる方向に転がっていたら遠慮なく棍で破壊しちゃってね」

「もちろんよ」

 アオトが溶岩流を見て硬直した理由、なんとなく察しはついた。けど、今はそんなことを気にしている場合ではない。アオトが正気に戻ったのなら、私たちはたとえ休日だろうと使命を果たすだけだ。

 しばらく岩山周辺を警戒しながら飛んでいた。溶岩流はゆっくりとだが確実に麓へ近づいていたが、人々の反応も早く迅速に対応できたのだろう、山の中腹に人気はなく、すでに避難が終わっているようだった。そのまま徐々に標高を落とし山を下っていく。ところどころに避難する際邪魔になるからと捨てられていった荷物が伺えたが、人の姿はなかった。

「良かった、他のガーディアン・フォースがうまく誘導したみたいだな」

「ここには交代で人が派遣されてるしね」

 ほっと胸を撫で下ろしたその時、私の耳は確かに声を捉えた。

「しっ、静かに。誰かいるわ」

 私は意識を聴覚へと集中させる。

 泣き声だろうか、むせているのだろうか、とにかく、人が発しているだろう音が溶岩流の迫り来る音に混ざって微かに聞こえる。

「右よ! 山道を少し外れた崖の下辺り。確かあそこには、子どもだけが通れるような穴があったはず」

「分かった。ジェシカ、あっちだ!」

 キアーー

 地元の子どもがふざけて立ち入り禁止の場所で遊んでいたのだろうか、もしかしたら地震のせいでどこかから転がり落ちたのかもしれない。とにかく、急がないと。

「砂埃が酷いな。見えるか、クレハ」

「目視は厳しいわね。けど、音を頼りになんとか」

 音のする辺りは空気だまりがあるのか、舞い上がった粉塵が視界を遮る。更には溶岩流の熱気で呼吸すら困難になってきた。

「空はまだましなんだが、地面に近寄ると辛いな。ジェシカもだいぶ疲労してきたみたいだ」

「こんな環境の中飛ぶことなんてそうそうないものね。分かった、さっさと終わらせましょう。ジェシカに一度大きく羽ばたかせて、視界が開けた一瞬で私は降りるわ」

「待て、だったらせめてもう少し高度を落として」

「それはジェシカが厳しいと思うの。これからもしかしたらもう一人乗せて麓まで飛ぶことになるのよ。無理はさせれない」

 しかしアオトは容認しなかった。唸り声をあげ、思考を巡らせているようだ。頭を使うなんて、アオトにしては、珍しいじゃない。

「平気よ、棍で着地の衝撃を和らげるから。そのあとは光を出すからそこに向かって一気に飛んできて。恐らく下にいるのは幼い子ども。一瞬で子ども抱えてジェシカに乗るから。頼んだわよ、アオト先輩」

 私は問答無用で粉塵の中へ飛び込んだ。無計画すぎるって?

 心配ないわ。だって私、常人には聞き取れないような音が聞こえるくらい、いろいろと特別なところがある種族の生まれだから。

 上から私の名を呼ぶ声が聞こえる。でも、ちゃんと高度は維持してるみたい。良かった。

 棍に気を込めて地面に突き立て、わざとしならせ衝撃を吸収すると同時に受身の体勢を取り無事着地する。やはり空よりも空気が悪いか。

 棍は残念だが使い物にならない状態になってしまったのでそこに放置することにし、再び意識を聴覚へ持っていく。

 聞こえる、子どもがむせる音。けど、しっかり呼吸はしている。

 私は空気をかき分け音に近づいた。

「大丈夫!?」

「げほっ、だ……がばっ、げほっ」

「そこにいるのね」

 音だけを頼りにそこにいるはずの人物を抱き上げる。触れ合う距離まで来て初めて存在を視覚で確認できた。十にも満たない幼い少年を抱きかかえ、その口元に布をあてがった。

「それで少しは楽になるといいけど……すぐにここから出してあげるから、少しの間だけね」

 光を出すものなんて、本来任務でもないのだから持っているわけなかった。気力を伝える媒体となる棍があれば、或いはその波動により光を発せたかもしれない。しかしその棍も先ほど粉砕した。

 だからこれは、最後の手段。

「ぼく、ちょっと眩しくなるから目を瞑っていてね。できる?」

 男の子は腕の中で小さく頷き、私の胸に顔を埋めた。

 これでいい。きっと、これで良かったのだ。

 私は心を落ち着けると、言葉には出さずに詠唱をした。

 竜を退け、竜を滅せよ。これは、我ら竜狩りに宿る炎。魂の色を、ここに刻め。

「斬竜奥義ーー心剣」

 さあこの紅く光る刃を、見つけてくれ!

 竜の羽音が近づいてくる。届いたんだね、私の光。

「クレハー!!」

 アオト、そんなに切羽詰まった声出さないで、男の子が不安がるでしょう。

 羽音が目の前で止まる。私は翼により払われる粉塵の間をぬって男の子をアオトに押しつけた。

「行きなさい」

「は、何言って、クレハも早く乗れ」

「私は乗れない、乗る資格もなければ、ジェシカも限界だから」

 ここから麓まではそう遠くはない。しかし、子どもとはいえ乗せたことのない人を乗せ飛ぶのは竜にとってかなりの刺激になる。ならば、少しでも重さを減らすほうが確実に安全に麓まで辿り着けるだろう。

 溶岩流ももうそこまで迫っている。あの男の子は、なるべく早く医者に見せるべきだ。

「行きなさい、ジェシカ」

 クゥーー

 甘えたこと言ってんじゃないよ、気高き白竜。

 私はあなたの、敵なのよ?

 竜は私の圧力に耐えられない。

「行きな! ジェシカ」

 キャイーー

 ジェシカは慌てて飛び立つとすぐに見えなくなった。

「ジェシカ? ジェシカ! おい待て、引き返せ、クレハを見捨てるのかっ」

 アオトの必死な声だけが残響となり私の耳に響く。

 なっさけないなぁ。あんな緊迫した声出しちゃって。でも、普段からそのくらい腹から声出して任務に挑みなさいよね。

 ジェシカを責めないであげて。あの子は本能に逆らえなかっただけなんだから。

「さ、裏切った竜狩りの名にかけて、限界まで生きてみせますか」

 私は振り返ると、一方向をまっすぐに睨みつけた。

 さぁ、自然災害と真っ向勝負しますか!

「竜を退け、竜を滅せよ。これは、我ら竜狩りに宿る炎。魂の色を、ここに刻め。壁竜奥義ーー心盾」



 竜狩りなんて、私の柄ではなかった。竜狩り族の里に生まれ、それなりの才能を持ち、それなりにやっていくんだろう、そう思ってた。けど私には、竜狩りにとって最も大切なものが欠けていた。

 竜を恨む心。

 その心が竜狩りの力になると言われ育てられた。しかし私はそんな心がなくともある程度の力は発揮できたし、なにより周りからどんなに竜の恐ろしさや先祖が受けた被害を聞いても竜を嫌いにはなれなかったのだ。

 竜狩り族は、ただ鱗が高く売れるからとかそんな私利私欲のために竜を狩っていたわけではない。遥か昔、竜によって一族の九割を殺されたそうだ。それから一族は憎しみの思いにより、竜狩りの力を得たのだという。それからずっと、今でも、我々は竜狩りだった。



 憎き竜を狩る竜狩り族。逆手に取れば、我ら竜狩りの血は竜から嫌われるはず。

 しかし、十四年前の大災害の日、突然の地割れにその穴へ落ちた私は、一匹の白竜に助けられた。竜は恨んでなくとも、確かに忌まわしき竜狩りの血は私の体内を流れている。しかしあの竜は、私を助け、飛び立った。

 その日から私は、竜は狩らないと誓った。成長し、私は異端として里を追放される。当たり前だ、力はあるのに使わないだなんて、気が狂っているようにしか見えなかっただろう。けど、私は里を出るときすでに誓っていたのだ。

 私はこの力を、竜を狩るのではなく人々を守り竜を護るために使うのだ。

 そうして今の街に辿り着き、ガーディアン・フォースの一員となった。この街では使い手のいない棍だって、竜狩り族の里で学んだものだ。

 何一つ、不思議なことなんてない。私は私のしたいようするだけだ。



「だから私は、今こうしていることに、後悔なんて……ない」

 手から放たれた紅に輝く竜狩りの紋章は、迫り来る溶岩流をなんとかせき止めていた。私一人分の安全な場所を確保するので精一杯だ。もう少し押されれば、きっと熱でやられてしまう。

「竜狩りの血は、こんなものでは負けないだろう! 恨みより生まれた人外な力は、こんなものじゃないだろう!」

 血を蔑み、血を憎むことで、私は自らを鼓舞した。きっと瞳も、光と同じ紅色になっているんだろうな。

 けど、そろそろ限界かもしれない。人外だからって、無茶があったんだ。

「クレハー! 掴まれー!!」

 馬鹿みたい。なんで気が弱ってるときに来るのよ。本当に、馬鹿みたい。

 私は何かを考える余裕もなく、いつもは呆れるその声が聞こえた瞬間、かっさらわれた。

「あほだろお前」

「アオトに言われたくない」

「うっせ、そんなしがみついてるくせに」

「疲れただけですー。ほっといてよもう」

 ジェシカもジェシカだよ。私のことなんか助けるために疲れてるのに無理してさ。

「ジェシカが言ったんだよ、すぐ助けに行くぞって。あの子どもを安全な場所に連れてったらすぐに翼ばさばささせてさ」

「ふーん」

 また白竜に、助けられたってことになるのかなぁ。

「あのさぁ、あの時」

「どの時よ」

「溶岩流みて俺が動けなかった時!」

 あぁ、あの時ね。

「ありがとな。俺、十四年前の大災害の時、溶岩流に飲まれそうになってさ、その時の光景をまざまざと思い出してしちゃって。そんな人を助けるためにガーディアン・フォースになったのに、情けない。けど、クレハが目覚めさせてくれたおかげで助かったよ」

 当たり前でしょ。ジェシカが飛ばないと私も行動できないんだもの。理由だって、だいたい検討ついてたんだからね。

「私には、竜狩りの血が流れてる」

 ぽつりと呟いた。アオトは小さく頷く。

「けどクレハは竜を狩るために力を使うわけではないんだろう。だったらどうってことないさ。クレハはジェシカが認めた人間なんだ、自信持っていいと思うぞ。白竜はな、昔っから人の真実を見て人を選ぶって言われてるんだから」

 白竜は、ね。そういえばそんな話、聞いたことあるかも。でも他のDDは嫌がるんじゃない。この街の人は竜を愛してる人が多いし。

「俺らには血なんて関係ないよ」

 さらりと言ったアオトの言葉に、私は一生救われるのだろう。

「さ、帰ろう!」



 そして一年は過ぎた。

「ジェシカ、今日でお別れだね。さみしいね」

 クゥン

「クレハ、朝早くからご苦労さん。ジェシカの鱗磨いてくれてたの」

 いつもの草原でジェシカに別れの挨拶をしていたら、草原の向こうからアオトがのんびりと歩いてきた。

「まぁね、一年乗せてくれたお礼を込めて。あー、ジェシカに乗れなくなるのは寂しいなぁ」

 珍しくふざけた私に、アオトは微妙な間をあけて反応した。

「あのさぁ、これからも、ジェシカに乗ればいいんじゃないかな」

 なぜか言葉に迷いがあるが、私は気にしなかった。のんびりなのはいつものことだ。

「なにそれ、たまには休みの日に来て乗ったらどうだってこと? まぁアオトがいいって言うなら乗せてもらおうかなぁ」

「そうじゃなくて、その、ずっとジェシカに乗ってればいいと思うってこと」

「それって、つまりどういう」

 怪訝な顔でアオトを見ると、真っ赤に頬を染めたアオトがそこにいた。思わず私も言葉に詰まってしまう。

 え、これってまさか。

「だって、クレハは優秀だからわかんねぇけどよ、もし指導員なんかになったら新人のDDを教えるんだろ。あれ、すっごく振り落とされるって聞くし、その、振り落とされまいとして指導員が新人のDDにしがみつく、なんてこともよくあるらしいし、指導員が後ろから綱をとったりもするとか……。そうすると、クレハは他のDDと急接近することになっちまうだろ。それはその、嫌だ。振り落とされるってビビってクレハにしがみつかれるのは俺だけの特権にしたいの! クレハの体温を背中に感じていいのは、俺だけなんだ。とそれに、ジェシカが悲しむからさ、だから、俺とタッグで、いいじゃんかよ」

 タッグ、それは本部の指示ではなく互いに認め合うことでペアになったDBとDDのこと。適性検査や診断を受け、認められなければ破棄されるが、たいていの場合は容認される。位の高い人達はほとんどが二人タッグである。

 私、気に入られたってこと? っていうかこの様子、それ以上だよね??

「いいだろ」

「な、なんでそこは断定系なのよ!」

 あー、私まで緊張してしどろもどろになってるじゃない。らしくないぞクレハ!

「クレハを他の竜には乗せない。俺の操るジェシカにだけ、ずっと、乗ってもらう」

 癪だから。

 なんか、気にくわない。

 だってあの人だよ?

 本当、訳わかんない。



 でも、確かにアオトと組むのは悪くなかった。

 事務作業は手伝ってくれないけど、私にとってそんなのは些細なことだ。

 一番自分で戦えるのは、アオトの背中だけだろう。



 伝えたくない。

 なんか負けた気がする。

 私が折れるの? っていうかそんな話だったっけ。

 あーもう、なんでもいいや!



「いいよ。私じゃないとアオトってだめだめだし、仕方ないから……タッグになってあげる」





 よっしゃー!!!

 という今までに聞いたことのない大声と、ジェシカの特徴的な鳴き声が草原に響き渡った。

 友人とノリで始めたお題小説。時間制限とかあると絶対書ききれないということで二十四時間以内というなんともルーズなルールを決め、『伝えたくない』をお題(一応お題メーカーではタイトルでと書いてあったので私はタイトルもそうなってます)に書いてみました。ファンタジーにしたのはさらに私の悪ノリです。

 ちなみに私は遅刻しました。本当は十六時が制限時間でした。二十四時間でも満足に書けないということが判明してしまいましたね。

 そんなですが作品の内容自体は勢いで書いた割に少女漫画の読み切りみたいに仕上がってなかなか満足してます。自己満足ってやつです。でも、もし気が向いて読んでくださった方が、読みながらにやにやしてくれてたら幸いです。

 最後にどうでもいいことですが、やっぱり短編の男性キャラが情けなくなる現象が起きちゃってましね。ナンデダロウナー。


 ここまで読んでくださりありがとうございました。連載作品の方もよろしくお願いします。


 それではまた。


 2015年 8月16日 春風 優華

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