瑠璃色の瞳の姫
美少女ちゃんは、呆然としている俺の目を深い青の瞳で見つめ、そして俺の服に目をおとした。
「もしかして貴方……アンベリー家の人?」
その声で、やっと我に返った。
「ん、そうだよ。何でわかった?」
「瞳の青色とボタンの家紋。長男? 次男? 三男?」
「次男の方。さっき聞いてたかもしんないけど、名前はストロンだ。君は?」
そう言って立ち上がり、まだ茂みの中にいる彼女も、その白い手を拝借して茂みから引き上げた。
美少女ちゃんは「ありがと」と言って、地面に立つと、水色のワンピースについた葉っぱを適当にはたく。
そして腰まである、その長く真っ直ぐな髪を揺らし、
「私はルリー。名字はレインよ」
――ルリー・レイン……。
「……シルクの従妹か」
「あら、聞き苦しい言い訳をしていた癖に、意外と物覚えは良いのね」
そう言ってルリー、いやルリー姫は、またニヤッと笑った。
二人で先程のベンチに座る。
「それにしても、何で茂みの中なんかに居たんだよ――じゃない、居たんですか?」
相手がお姫様だと聞いてから思いだし、慌てて言葉を言い換える。
しかしルリー姫はいたずらっぽく笑って、
「普通の言葉でいいわよ。年もそんなに変わらないでしょう?」
……ああ、それと同じような言葉を、少し昔に誰かさんから言われたな。
「レイン家って、フレンドリーな人多いな」
「えっ、それサリーお婆ちゃんのことも含めてる?」
「含まねえよ! ていうか含めねえ!」
「ふふっ、そうね。あの人が優しかったら、私も茂みに隠れたりしないもの」
どういうことだろう、とルリーの目を見ると、彼女はすねたように唇をとがらせ、
「お婆ちゃんね、私にドレスなんか着せて、パーティに出そうとするのよ。私は絶対嫌なのに……」
そして上を見上げ、
「いくら反論しても聞いてくれないから、部屋の窓から逃げてきちゃった」
「へえ、窓から……窓からぁ?!」
ルリーが見つめている二階の窓を、思わず三度見した。
しかし、窓はやはり二階についている。
ということは、さっきの「ガサッ」という音は、ルリーが茂みに飛び降りた音だったのか。
「そうよ。何、私が綺麗な服着て薔薇の園でお茶会でもするような、おしとやかな子だと思った?」
はね除けるような言い方をするルリー。
理由を話したことで、偏見の目を向けられるとでも思っていたのだろうか。
しかし、俺はすっかり感心していた。
「二階からあの小さな茂みに降りられるって、すごいな……」
「……そう?」
呟いた俺を、ルリーはちらっと見る。
その目には、初めに会ったときと同じように、好奇の光が宿っていた。
「すごいよ! それに普通だったら足怪我したりするだろ? よほど受け身をとるのがうまくなきゃ……何か運動とかやってるのか?」
「ううん、やってない。というより普通やらないでしょう、私『お姫様』だもん」
「へえ、じゃあ才能だな」
その言葉に、ルリーはぱっとこちらを振り向いた。
暫しの沈黙。
俺を見上げる彼女の表情には、嬉しさがにじみ出ていた。
「認めてくれたの、貴方が始めて」
そう言ったルリーは、今までで一番の笑顔だった。
パーティに戻らないわけを聞かれたので、俺はさっき考えていた通り、自分はパーティに居る必要がないということを話した。
俺もルリーに、何故パーティが嫌なのか聞くと、彼女は「まだお嫁に行きたくないから」と答えた。
「今日は隣国の王子様が来ているでしょ? 王族の娘の中で私が一番アイルス王子と年が近いし、もし婚約を申し込まれたら、私に拒否権はないから……」
「ああ、だから最初から会わないようにしてるってわけか」
「そういうこと!」
そう言っていたずらっ子のように笑うルリーに、俺もつられて笑った。
そうして考え方の似ていた俺達は、いつのまにか親友になっていた。
話の中で、ルリーも王立学校に通っていることがわかった。
王立学校の授業や教室や寮は男女でくっきりわかれているため、お互い知らなかったのだ。
しかし教師は同じらしく、そのことでまた会話がはずんだ。
時間も場も忘れて楽しく話続けていたが、不意にルリーがぴたりと話をやめた。
どうした、と尋ねる前に、後ろの廊下から話し声……それに足音の響きが聞こえた。
その音は、次第に近づいてくる。
……もしかして、サリー先生が戻ってきた……?!
(――隠れろ!!)
どちらが合図したというわけではないが、俺とルリーは同時に、ベンチの裏に飛び込んだ。