公爵家の次男
☆
飲み物を片手に、楽しげに談笑する貴族たち。
集まって難しい話をしている、よく知らないけどきっと偉い人々。
その間を俺はぬうようにして歩き、裏口の扉から広間の外に出ると、途端に辺りは静かな夜の景色に包まれた。
流れ続ける噴水の音に、仄かに花の香り。
俺は小さい頃から、この城の中庭が好きだった。
(……けど、ちょっと寒いな)
そういえばアルトに上着をとられたままだった。
「全くアルトは……俺は嫌だって言ったのに……」
周りに人がいないのを良いことに、シャツのボタンを二つ目まで外しながら、独り言を呟く。
中庭は、先程の大広間の部屋と、城の廊下によって四方を囲まれていた。
その隅にある木製のベンチに寝そべり、四角い夜空を見上げる。
――貴族の集まる場所は嫌だ。
大人に礼儀正しく振る舞うのも、話したこともない女の子に自分をよく見せるのも、嫌いだ。
それに俺は次男だから、家を継がなくていいんだし。
大人になったらじいちゃんに船を譲ってもらって、弟と一緒に貿易の仕事をするんだ。
だから、パーティとかそういうの、俺が出る必要はない。
紺碧の空には、いくつもの星が瞬いていた。
それらは、初めてここにきたときから変わらない。
春の夜風を感じながら、目をつむる。
お城のパーティに来てしまったときは、この場所でこうして時間を過ごすのが、いつの間にか俺の恒例になっていた。
――しかしこの夜、その『恒例』が『異例』のものとなる。
ガサガサガサッ!
「………?!」
突然近くで怪しげな音がして、うつらうつらしていたのが一気に吹っ飛んだ。
慌てて体を起こし、辺りを見回す。
すると、目の前の緑の葉の茂みが揺れていた。
……何だ、 獣か?
警戒しながら近づき、その場にしゃがむ。
すると、
「いって! ここには誰もいないって!」
茂みからそんな声が聞こえた。
驚いて思わず半歩下がったが、それよりも言葉が気にかかる。
(あっち行けって? いや明らかに人がいるだろ……どういうことだ?)
そうして茂みにばかり気をとられていたため、俺は背後から近づく足音に気づかなかった。
「ストロン、ここで何をしているのですか?」
その声に、ぎくりとして後ろを振り返る。
そこには我らの天敵、シルクの母方のお婆さんでもある、学園長のサリー先生がいた。
先生は授業のときとは違い、シンプルな藍色のドレスを着ていたが、貼り付けられた険しい表情は毎度お馴染みだ。
「パーティはまだ終わっていませんよ。貴方も招待されていたはずですが」
「え? あ、えーっと……なんか、急に星の位置が気になったんで!」
「しばらくしたら戻るので大丈夫です! 」と、一体何が大丈夫なのか自分でも苦しい言い訳を返したが、「まあ、いいでしょう」と、先生はそこまで言及しなかった。
「それより、この辺に誰か人が来ませんでしたか?」
「人?」
思わず聞き返す。
もしかして、茂みの中にいる人か?
(じゃあ、先生はその人を探しに、ここへ――)
――そこで、はっとひらめいた。
『いって! ここには誰もいないって!』
先程の、茂みから聞こえた言葉。
――「行って」ではなく、「言って」?
(……なるほど、そういうことか)
意味を理解すると、謎が全てが解決した。
それなら、俺が肩を持つ方は初めから決まっている。
俺はちらりとサリー先生を見て、
「いえ、誰も来てません」
「……そう。それならよろしい」
先生はそう返したが、まだふに落ちない様子でしばらく辺りを見回していた。
しかし、やはり探しものはここにいないと判断したらしく、ふんと鼻息を吐いてきびすを返す。
「貴方も充分星を見たでしょう。中に戻りなさい」
「あ、いや、もうちょっと見ておきたいんで……ワートッテモキレイダナー」
「そうですか。それから、シャツのボタンはきちんと閉めなさい」
「あっ、はい、スミマセン……」
上を向いたままボタンを閉めながら、先生が廊下に戻り、そのまま城の中に入っていくのを横目で確認する。
足音が聞こえなくなり、再び辺りが静寂に包まれたとき、俺はもう一度茂みのところへしゃがんだ。
「いじわる婆さんは去りましたよ、誰かさん?」
顔も知らないその人に、茂み越しにそう問いかける。
すると、茂みが揺れ動き……ばさっと、輝く何かが飛び出してきた。
それが金と銀を織り混ぜたような、とても綺麗な髪の毛だとわかるまで、約三秒。
「貴族にも、話のわかる奴がいるのね」
綺麗な髪の人――いや、女の子は、それも一般的に美少女に類されるようなとても可愛い彼女はそう言うと、にやりと笑った。