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シルク王子の冒険  作者: 水深 彗
08 別れと始まり
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晴れと雨と雲

「長い間、お世話になりました」

 朝食の後。馬車の前まで見送りをしてくれた、リグと司祭に頭を下げた。

 僕の鞄には、洗濯された衣類と昼食のパン、そして『青の魔導師』への紹介状が入っている。

「いえいえ、楽しかったですよ。また機会があればいらしてください」

「身体には気をつけてな」

 微笑みを浮かべる二人に、僕の隣でクラウドは、

「じいさんこそ、早々にくたばるなよ。トラスコットも、飯作るの面倒がって餓死すんなよ」

「なあに、あとニ十年は生きるつもりじゃ」

「食事については、空き部屋も増えたので、料理の得意な若い修道士を呼ぼうかと思っていますよ」

 二人の答えに、クラウドはニヤッと笑う。

「じゃあ、心配いらねーな。オレの部屋も使っていいぜ」

 しかしその言葉には、リグと司祭は首を横に振った。

「クラウディの部屋はそのままじゃ。誰にも貸さんよ」

「また帰ってくるのでしょう?」

 二人にそう言われ、クラウドは目をぱちぱちさせた。

 そして次には、照れたように頭をかく。


「しょーがねーな。どーしてもって言うなら、帰ってきてやるよ」



「……そういえば、今後もお前のこと、シルクって呼んでていいのか?」

 僕とクラウドの乗った馬車が動き出したあと、クラウドは僕にそう言った。

 少し考えてから、頷く。

「いいよ。シルクで」

「けど周りに気づかれるんじゃないか? だから『ルーク』って名乗ってたんだろ?」

「そうだけど、たぶん大丈夫だよ。僕の他にも同じ名前の人はいるだろうし。それに、本名で呼んでほしいから」

「……」

 そう言って笑うと、クラウドは気まずそうに目を反らした。

「なんかおかしい?」

「……お前、会ったばかりの頃、オレに聞いたよな。じいさんがオレのことを『クラウディ』って呼んでるの、あれはあだ名かって」

『――あれはあだ名なの? 僕もそう呼んだ方がいい?』

 そうだ、確かに聞いたはず。

「それがどうしたの?」

「本当は、『クラウド』の方があだ名で、そっちが名前なんだ。……オレの本当の名前は『クラウディ』」

「えっ?」

 驚いて聞き返すと、クラウドは顔を上げて言った。

「なんで?って顔してるな。嫌いなんだ、この名前。『曇り』って意味だから」

「曇り……」

「晴れにもなるし、雨にもなる。……そんな不安定な危うい感じ、確かにオレにぴったりだよな」

 そう、自嘲気味に笑った。

 魔王と同じ赤い瞳を持つ彼は、名付けた人にそう映ったのかもしれない。

 けど……。

「名前にまで、そんな……」

「うん、嫌だったよ。意味を知った後は『クラウド』って名乗るようにした。危なかしい天気より、自由な雲でいたいから……。今は名前をくれたじいさんだけが、クラウディって呼んでる」

「リグさんが名前をつけたの?!」

「そうだよ。赤ん坊のオレを最初に受け取ったのが、じいさんだったんだって。……誰が持ってきたとか、その辺、あんまり詳しく教えてくれないけど」

 クラウドはそう言って、視線を膝に落とした。

 ……リグさんは、どういう意図でその名前をつけたんだろう?

 クラウドのこと、危ない存在だと思ってるのかな……。

「……まあ、何が言いたいかって、オレは本名で呼ばれるのが嫌いだ。だから『クラウド』って呼んでくれ」

「うん、いいよ。君がそう呼ばれたいなら」

 微笑んで頷くと、クラウドも小さく笑みを浮かべた。

「僕たちって、ほんとに真逆だね」

「見た目は似てるのにな」

 二人で顔を見合わせて、笑った。



「――大魔導師様は何故、彼にクラウディという名をつけたのですか」

「おや、トラスコットには話していなかったかね」

 翠の都。司祭のトラスコットと大魔導師のリグは教会へ帰っていた。

「クラウディは、『曇り』という意味でしょう? 何故、そのような……」

「そうじゃ。曇りは晴れにもなるし、雨にもなる。『晴れ』のように、金色に眩しく輝くこともできれば……」

 そう言ってリグは、手のひらを空に向けた。

「いつか己の運命に気づいて、好きな道に進んでほしい」


 彼らの視線の先には一つ、真っ白な雲が浮かんでいた。

第二章 終

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