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シルク王子の冒険  作者: 水深 彗
08 別れと始まり
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兄弟の姿

 旅立つ前日のこの夜。しかしなかなか眠れなくて、教会の三階の窓から、翠の都の町並みを見下ろしていた。

 この街の建物は全てここより低い高さだから、べリール村の方まで見渡すことができた。

 翠の都は、街灯や窓から漏れる光で輝いている。

「でも明日には、もうさよならか……」

 窓の縁に両腕を置き、その上に顎をのせる。

 この街では色々なことがあった。

 新しい人に出会ったり、魔法にふれたり、魔物と戦ったり。

 思い出の粒はひとつひとつ色褪せず、この夜景のように、僕の心の中できらきら輝く。

 次の街では何が起こるだろう? 青の大魔導師はリグのように親切で、また家に泊めてもらえるのかな。

 それとも宿がなくて、もしかして野宿になったりするのかな。それも楽しいかもしれないけど、魔物がいたらどうしよう。

 旅への不安と期待を募らせていると、背後で床のきしむ音がした。

「シルク? まだ起きているのか」

「クラウド」

 振り返ると、廊下にクラウドが立っていた。

 寝る前なのか、今は目に眼帯も何もしていなくて、長い前髪に隠れたその赤い瞳も、はっきりこちらを見ている。

「なんか寝付けなくて。クラウドも?」

「暫くこの景色は見れないだろ?」

 クラウドはそう言って、僕の隣に立って街を見下ろした。

 彼の赤い瞳に、明るい街の光が反射して、綺麗……。

 ぼんやり見ていたら、ふと、少し前に同じ色を見たことを思い出した。

「あのね、僕、夢の中に、いつも出てくる男の子がいたんだ」

「へえ」

「……彼が兄だと良いなって、ずっと思っていた」

 そう言うと、クラウドは不思議そうに目をこちらに向ける。

 それはまだ、ストロンやアルトにも、誰にも言ってなかったことだった。

「昔、母上が言ってたんだ。僕、本当は双子だったんだって……けど、僕の兄になるはずだった子は、生まれて間もなく死んでしまったそうなんだ」

「……それは、みんな可哀想だったな」

「うん。きっと両親も周りも、すごく悲しんだと思う」

 僕が頷くと、クラウドはフッと笑みを浮かべる。

「んで、その分お前が甘やかされたんだろ?」

「あはは、絶対そう」

 僕も笑って、そしてひとつため息をついた。

「……僕も悲しかった。話を聞いてから、もし兄が居てくれたらどんなに心強かっただろうって思ってた。だから夢に出てくるその子が、なんかこう、その子の魂みたいなものなんじゃないかって、本気で信じてたんだ。都合良く」

 けれど結局、彼は僕の兄ではなかった。

 僕は、一人ぼっち。

「……信じることに、罪はない」

 黙っていると、クラウドはポツリと呟いた。

「罪はない。裏切られたとき、自分が傷つくだけだ。わかってるのに、何で信じてしまうんだろうな」

「……強くなれるからじゃないかな」

 クラウドに、そして自分に言い聞かせるように答えた。

「何かを信じているときは、強くなれる。心の支えになる。生きる道になる。……夢の中の彼はもういないけれど、今度は君を仲間だって信じているから、新しい旅も心強い!」

 ぱっと、片手をクラウドに差し出す。

「ね! だからクラウドも、僕を信じて!」

「なんだよ、いきなり」

 クラウドはその僕の手をぱしんと叩き、笑った。


「大丈夫、もう間に合ってる」



「聞いたよ。旅に行くんだって」

 次の日の、朝早い時間。教会にリトくんが尋ねてきた。

 横には、ハニーとジャムも一緒だ。

 ジャムは療養のお陰で、健康的な青年に戻っている。

「何だよリト。引き止めるのか?」

「なわけないでしょ。見送りに来たんだ、ありがたがれよ。……ね、ハニー」

 突っかかるクラウドにリトは呆れたように言い、隣にいたハニーに視線を移す。

 ハニーはニコッと笑い、僕達にあるものを差し出した。

「これ、お兄ちゃんたちにあげる」

「これは……」

 布を取ると、そこには魔宝石が埋め込まれた二本の剣が現れた。

 リトは微笑み、

「あの大蛇が落とした魔宝石を使ったんだ。剣はジャム君が打ってくれた」

 クラウドはその一本を手に取り、しげしげと見つめた。

「もらって良いのか?」

「ささやかなお礼だよ」

「ルーク、クラウド、お兄ちゃんを助けてくれてありがとう」

 ジャムとハニーはそう言って、そっくりな笑顔を見せた。

「それと、ルーク」

 リトは改まって僕の方を向いた。

「何だい、フォーレスくん」

「リトでいいよ。……あのね。君とこれから旅をするクラウドという男は、いつも偉そうにしてるし、自分勝手だし、性格に難ありだけど」

「おい、リト!」

 クラウドは掴みかかろうとしたが、リトはそれをはらりと避け、僕に笑った。

「けど、かつてのぼくの家族だ。頼んだよ」

 その彼の笑顔は、いつもの皮肉っぽさはなく、純粋そのもので。

 子供が悪戯をしたあとみたいな、どこかあどけないものだった。

 「行こう」、リトはハニーとジャムに声をかけ、ローブを翻した。

「家族?」

「……馬鹿だな、あいつ。シルクはまだ知らなかったのに」

 二人の言葉の意味は僕にはわからない。

 けれどクラウドは、三人が街角に消えるまで、リトの背中をずっと見ていた。


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