新しい世界を
その後。
騎士や魔導師たちの捜索により、洞窟の地下にて都を騒がせていたねずみの魔物の巣が見つかった。
べリール伯爵は、ハニーの兄を閉じ込めたことなどで、暫く謹慎をくらうそう。
「安心してくださいまし。お兄様は私がしっかり見張っていますわ」
伯爵の妹、アンヌは心強い笑みを浮かべていた。
一方で、リトとクラウドは功労を称えられ、侯爵に表彰されることとなった。
僕も呼ばれたけれど、侯爵との対面や公共での表彰は非常にまずいので、辞退した。
「事件は解決した。お前はこれからどうするんだ?」
教会の中庭。クラウドは、手元の表彰状から一度目を離し、僕に向けて聞いた。
小鳥のさえずりと花の香りを感じる、穏やかな午後。
質問の答えを考えながら、白いテーブルに肘をついた。
「国外逃亡かな。リグさんに封印を解いてもらえたし、よその国で魔導師として生きていくよ」
「逃亡、って……」
クラウドが眉をひそめたので、僕は笑った。
「だって、王家の血を引く僕が、魔王と同じ赤の魔導師だったことがバレたら、いよいよまずいよ。国が大混乱になっちゃう」
「だから、ここから消えたほうがいいって? お前はそれで良いのかよ」
――王子でなくなっても。
そう言われて、言葉に詰まる。
……もう一度、魔力を封印して普通の人に戻り、王の都に帰ることはできるはずだ。
勇者の孫として、王として生きていくことも。
でも。
「僕の魔力って、強いんでしょう?」
自分の手のひらに目を落とす。
「それなら、使わないのは勿体無いじゃないか。それに僕、鈍くさいし、そんなに機転も効かないし……もっとうまく王様をやれる人がいると思う」
そこで言葉を切り、目の前のクラウドを見つめた。
「だから、僕は少しでも多くの魔物を倒して、人を救って……そっちの方が、ずっとみんなの役に立つと思うんだ」
「…………」
「……クラウドはどう思う?」
黙ったままの彼に尋ねる。
クラウドは僕を、その片方の目で鋭く見た。
「……馬鹿じゃねぇの」
「えっ?」
吐き捨てたように言われ、思わず聞き返す。
「うまくやれるとか、役に立つとか……向き不向きなんて、やってみる前からわかんねーよ。そしたら誰も苦労はしない」
クラウドの緑の瞳が、そう真っ直ぐ僕を見つめた。
……そうだね。
向いているとか、それよりも……。
「僕は、魔導師をやってみたいんだ。困ってる人を助けたい!」
拳を固め、そう宣言する。
クラウドはそれでいいと、笑みを浮かべた。
自分の気持ちが一番大切。そういうことだよね。
「というわけで明日、『碧の都』に向かおうと思います」
夕飯の席。皆の顔を見渡して、そう宣言した。
『碧の都』は、このレインルインの西に位置する、海が近い街だ。
「上手く貿易船に潜り込んで、外国へ向かうつもりです」
「そんな、何故犯罪者のような真似を」
隣の席の司祭・トラスコットさんが、神妙な顔で言った。
「検閲に引っ掛かって強制送還がオチでしょう。普通に頼んで乗せてもらえば良いのでは」
「うーん……それは……」
確かにそうだけど、僕が王宮からいなくなったことは、もう他の都にも伝わっていると思うし。
外国への出入り口も見張られているはずなんだよな……。
……とかいうことは、トラスコットには身分を明かしていないので言えないけれど。
言葉に詰まっていると、斜め前に座るリグが口を開いた。
「外国へ行くのじゃな。ならば、わしが『青の大魔導師』に紹介状を書こう」
「『青の大魔導師』?」
「『碧の都』を守る者、そしてわしの古き友じゃよ。君に船の手引をしてくれるはずじゃ。……それと、クラウド」
「何だ?」
呼ばれたクラウドが、顔を上げた。
リグはにっこり笑い、
「おぬしも、ついて行ってみるのはどうじゃ?」
「え?!」
驚くクラウドに、リグは構わず言葉を続ける。
「魔法を鍛えるためにも、もっと広い世界を知った方が良いじゃろう。もう十六歳になることであるし……それに、いつまでもこの偏った思考の街に居るのは、クラウドにとって良くない」
偏った思考の街、という単語に、トランスコットは少し俯く。
その考えには、僕も同感だった。
彼の赤い瞳も、王の都がそうであるように、このレイン信教者の多い翠の都の地以外なら、そこまで非難されることはないはずだ。
それに、何より。
「君が一緒に居てくれたら心強い!」
僕だけじゃすぐ迷子になりそうだし、そもそも王の都からここまで来れたのもクラウドが居てくれたからだ。
「クラウド、一緒に行こうよ!新しい世界を見に行こう!」
「……旅のお供がお前とか、すげー心もとないんだけど」
クラウドは呆れたように肘をつくが、
「けど、そうだな、オレも行くよ。暇だし。せいぜい足引っ張るなよ?」
「ほほほ、嬉しそうじゃなクラウド」
「うっせぇジジイ!」




