表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シルク王子の冒険  作者: 水深 彗
01 勇者の孫
5/56

花の名前の侍女

 時は過ぎ、夕方。

 寮で寝泊まりしている二人とは別れ、僕は城の方に戻っていた。

 カーテン越しに射し込む夕日が、白を基調とした部屋を暖かい色に染めている。

 入浴を済ませた後、天蓋付きの豪華な寝台に寝転んだ。

 お日様の匂いのする寝具と、身体のほてりが冷めていく感覚がとても心地良い。

 侍女が夕食に呼びに来るまで暇だし、このまま少し眠ろうかな……。

「……あ、そうだ、論文」

 ふと、サリーから出された宿題を思いだし、のそのそと体を起こす。

 ふかふかの絨毯の上を歩き、机上の鞄から一冊の参考書を引っ張り出した。

 それを持って再び寝台に飛び込み、『魔物の生態について』という小見出しのページを開いた。


『――魔物は、作り出した魔法使いの命令通りに行動します。

 しかし作者の魔法使いが亡くなると、しだいに魔力は薄れ、魔物は自我を持つようになります。

 近年、大魔導師ロディ・ルインに作られた大量の魔物が、野生化し攻撃的になり、人間や動植物を脅かしていることは、国内に限らず他国にも危害を及ぼす大きな問題です――』


 読みながら、論文に使えそうな部分に鉛筆で印をつけていく。


 大魔導師ロディ・ルイン……要するに、魔王のことだ。

 魔物の作成方法を知っているのも、彼しかいなかった。

 彼が亡くなった現在では、他の魔導師の手により魔物が増えることはないが……。


(魔物たちが勝手に増殖して都外が大変なことになってるって、父上が言っていたな……)

 僕も、何か出来ることがあればいいのに。


 そんなことを悶々と考えながら、次のページを捲ろうとしたとき、コンコン、と軽いノックの音が聞こえた。

「シルク様、ご夕食の時間です」

 語尾に音符がついたような、明るいトーンの声。

(あれ、まだ時間があると思ってたけど……)

 枕元の時計を確認しながら、首を捻る。

 今日は晩餐で何かあるのかな。

 それらは一先ず置いておき、ドアに「入って良いよ」と答えると、「失礼いたします」と、ガチャリとドアが開いた。

 そこにいたのは、メイド用の黒いスカートと白いエプロンをまとった、明るい茶色のふわふわした髪の女の子だった。

 彼女はローズ・ホワイト、いつも夕食の時間を知らせに来てくれる侍女だ。

 ローズは、ペコリとお辞儀をし、

「こんばんは、シルク様。本日も学校お疲れ様でした」

 ふわりと微笑む彼女に、僕も自然と笑顔になる。

「今日は夕食の時間が早いんだね」

 教科書を閉じ、寝台から降りながら何気なく言うと、机の上の花瓶を見ていたローズは、思い出したように僕を振り返った。

「あっ、それが……本日の晩餐、隣国フロスティーヌの第一王子様も参加されることになったのです」

「えっ?」

 思わず教科書を落とした。

 その角は、一直線に、靴下のみを履いた足に直撃する。

「あっ、わっ、大丈夫ですか?!」

 一連を見届けたローズはこちらに駆け寄り、驚きと心配の色が混ざった目で、僕を見つめた。

 その瞳は、この地方では珍しい紫色。

 彼女の背丈は僕より少し低いくらいなので、僕からだと彼女の長いまつげや綺麗な肌も、近距離でよりはっきりと見ることができる。

 やっぱり、侍女だけでいるなんてもったいないな……。

 ……とかいう観察をして現実逃避をしてみても、やっぱり足は痛い。

 すごく痛い。

「ああ、シルク様、泣かないで……!」

「ううっ……もう僕行きたくない……足痛いもん……」

「そ、そんなあ……今日の夕食にはシルク様のお好きな鶏の唐揚げも出ると、料理長さんがおっしゃっていましたよ!」

「え、そうなの……? じゃあがんばろうかな……」

 あの鶏肉料理の最高傑作とも言える美味な一品を思いだし、一瞬で足の痛みなんか忘れて、わくわくしながら宴会用の服を受け取った。

 いつもより装飾の多いきらびやかな服に着替え、ローズに髪を整えてもらう。

 そして部屋を出るときにはもう、何故正装に着替えたかなんていう理由は、完全に忘却していたのだった。



 外はもう暗くなり、月が上りかけていた。

 長く静かな廊下は、晩餐が行われる広間に近づくにつれて、だんだんとざわめいてくる。

 目的の扉にもう少しで着く、というとき、そこにいつもより見張りの兵士が多いことに気がついた。

 そこでやっと、今日は隣国の王子が来ていたことを思い出した。

「アイルス王子は何故、今この国に?」

「へ?……ああ、そうでした、フロスティーヌの王子様がいらっしゃっているんでしたね」

 ローズは思い出したように言ってから、へへへとはにかむ。

 どうやら彼女も忘れていたようだ。

 何となく嬉しい。

「隣国フロスティーヌには、お城が二つあることはご存じでしょうか?」

「ああ、知ってるよ」

 フロスティーヌは、この国の北部にある山脈の、さらに北側に位置する雪国だ。


 国土はこの国の約二倍。

 国内には、山脈の麓に一つと、山上に一つ、王家の所有する城が建っている。

 そしてフロスティーヌ王国の王家は、季節により住む城を変えていた。


「もう新芽も吹きましたから、フロスティーヌの国王様は、再び山上の城の方へ戻られることをお決めになったそうなのです。その移動の際、王子様は交流も兼ねて異国へ預けられる習慣がありまして……」

「そうか、その『異国』が、今回はこのレインルインなんだね」

 なるほど、と納得して、扉を見つめる。


 その行事の話は耳にしたことがあったが、この国に王子が来るのは、僕が生まれてからは初めてだ。

 このレインルインの他にも、フロスティーヌと仲の良い国はたくさんある。

 ……というより、百年前に国同士の争いが無くなった今では、そんなの選び放題だ。


 そうこうしているうちに、目的の扉の前についた。

「では、いってらっしゃいませ」

 そう言ってお辞儀をするローズに、頷き返して微笑む。

 そして、重い扉を押した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ