ふたつでひとつ
シュウウゥ……
緑の体に、真っ赤な目をした、蛇の魔物。
不気味な音をだし、僕らにゆっくりと近づいてきた。
人ひとりを丸のみできそうなその口には、二本の鋭い牙。
(……あれ?)
その隙間から、何かがパラパラと落ちていた。
よくみると、白く、ふわふわしていて……。
「見て、羽だ! きっとこの蛇がナイロさんの鶏を食べたんだ!」
「いいから、ひとまず逃げるぞバカ! オレの魔力じゃこんなデカいの倒せねぇ!」
「えっ?! 待って、この人を……!」
さっき僕が当たってしまった、地面に倒れている彼を、持ち上げようとする。
クラウドは足を止め、
「構うな! そいつはおそらく、あの伯爵の協力者だ」
「で、でも……!」
クラウドの言葉に戸惑っていると、その男は辛そうに微笑んだ。
「気持ちは嬉しいけど、俺のことは置いてってくれ。彼の言う通りだ、俺が悪いんだ……俺が……」
「そんなこと、関係ないよ!! 一緒に逃げよう?!」
彼の腕を肩に回して、立ち上がる。
そのままゆっくり進んでいると、
「チッ……この馬鹿!」
クラウドは見かねたのか、僕らの方へ戻ってきて、男の胸元をつかんだ。
「クラウド?! やめて! 一体何を――」
「『ヒール』!」
クラウドがそう唱えると、男の体が一瞬、淡く光った。
「……! 動ける!」
男は僕の肩から手をはずし、一人で立っていた。
「回復魔法だ。歩ける程度にはなる」
彼の顔も見ず、クラウドは素っ気なく言って、出口へと向かった。
「クラウド……!」
あのクラウドが、人のために魔法を使うなんて……!
感動で涙しそうになりながら、男と一緒に、彼の後を追う。
「さっきの細い道に入れば、蛇も追えなくなるだろ。早くそこに――……え?!」
クラウドは急に、驚いたように足を止めた。
僕も同じように、びっくりして立ち止まる。
それは……目の前に、蛇の頭があったからだ。
慌てて後ろを振り向く、けれどそこにも蛇がいた。
「二匹いるのか……?!」
「違う、あの蛇は双頭で、尻尾があるところが頭になってるんだ」
男は震えながら、答えた。
……つまり、両端がどちらも頭ってこと?
「あいつらは賢い。一つの頭が眠っても、もう一つが起きて、俺を見張って……きっと俺が弱るのを待って、食べるつもりなんだ!うわあああ!!」
男はパニックになったように、頭を抱えてしゃがみこんだ。
クラウドはため息をつき、
「チッ、精神がやられてるな」
「だって、何日もここに閉じ込められてたんでしょう? 誰だってそうなるよ……!」
可哀想で、男の人の肩をさすった。
きっと食べ物だって、ろくに食べていないはずだ。
「で、どうする? こうなったらまいて逃げるのは難しい」
こちらの様子を伺っている蛇を、クラウドは交互に見て、僕に話しかける。
「何とかして、僕らで隙を作ろう。……お兄さん、蛇について知っていることを教えて」
「……ああ、」
彼は呼吸を落ち着け、そしてこう教えてくれた。
あの蛇は、一つの頭は牙がない。
牙があるもう一つの頭は、目が見えない。
耳は聞こえないから、僕らの言葉はわからない。
「……けど、二頭の考えは繋がっているみたいだ。一頭を追い詰めても、もう一頭が襲ってくる……勝ち目はない……」
「……それは、君がずっとひとりだったからだよ」
そう言って、隣のクラウドを見上げる。
クラウドは僕を見て、ニヤッと笑った。
「お兄さんは、休んでて……僕たちは、二人だ」
「オレは魔法が使えるから、『牙』がある方を任せろ」
「じゃあ、僕は『目』が見える方を任せて」
僕とクラウドは、背中合わせになって、蛇の頭に向き合う。
『目』はじっと、僕をうかがっていた。
「何もできなくて、ごめん……無茶するなよ」
男は僕らの真ん中で、泣きそうな顔で、無理矢理笑っていた。
「……そうだ、使えるなら、これ」
そう言って彼は、鞄から何か取り出し、僕に押し付けた。
「……剣?」
「研いであるから、切れ味いいよ」
鞘を外すと、ちょうど肘から手の長さほどの刃が現れた。
魔法石はついていないけれど、両方に刃があり、片手でも持てるくらいの重さ。
クラウドはちらっとそれを見て、
「まあ、ぶった切るのは無理だろうが、とりあえずお前が持っとけ」
……それでも、丸腰よりはずっとましだ。
『目』をにらんで、剣を構える。
「じゃあ、――行くよ!」
叫んで、前に向かって、思いっきり地面を踏んだ。
『目』は待ってましたとばかり、すぐさま僕に向かって口を開く。
「――残念! フェイントだよッ!」
すぐに左に方向転換し、壁に沿って、全速力で走る。
そのまま背後に回り、壁を蹴って、飛んで、
「とりゃあッ!」
ザシュッ、体重で、剣が蛇の体に突き刺さった。
そうして『目』は、攻撃をした僕の方をはっきりと向いた。
クラウドと逆側にいる、僕の方に。
「――今だ! クラウド!」
「よっしゃ! いけ、『コールドフリーズ』ッ!」
――クラウドが『牙』に魔法を放っても、『目』が見ているなら、避けられてしまう。
けれど、『目』がクラウドを見ていないから――。
パキパキパキ、音ともに、部屋に冷気が満たす。
『牙』の頭が、見事に凍りついていた。
「やった! 成功だよ!」
よかった! これで外に――
「ルーク!!」
クラウドの叫び声。
大きく見開かれた、彼の目。
「え」
次の瞬間、全てが闇に呑まれた。
――ドクン、ドクン
暗闇で、何か脈打つ音。
よくわからない臭いが立ち込め、息苦しい狭い空間。
僕はすぐに気がついた。
「……そうか……僕、食べられたんだ」
僕が攻撃した、『目』の方に。
牙がなくても、丸のみにはできる。
気をとられていたのは、僕の方だったのか……。
ドジだなあ、ほんと……クラウドも呆れているかもしれない。
ため息をつきながら、そうして目が暗闇になれてくると、
「――あれ?」
何か、ぬるぬるしているものが、帽子のツバから垂れている。
「なんだろ……ッ?!」
触れてみると、手が焼けるように、痛い。
え、これって――消化液?!
次に、足にぬるりとした太い紐が巻き付いて、身動きがとれなくなった。
いや、紐じゃない……蛇の舌だ!
「うそ?! うそおおお!! 助けてえええ!!」
「――ルーク! ルー……いや、シルク!! おい、大丈夫か!!」
外で、クラウドの声が聞こえた。
近いはずなのに、とても遠くにいる気がする。
「大丈夫じゃないよ! 僕、消化されちゃうよ!!」
「――クソッ、てめぇも口開けやがれ!この!」
ドンドンと、蛇の頭を叩く音が響く。
僕もなんとか抜け出そうとしてみるが、舌はびくともしない。
「――君、魔法使いなんだよな?! 何とかできないのか!」
「――うるせえ! 魔力が残ってたら、とっくにぶちのめしてらぁ!」
クラウドの声が聞こえた、そのとき。
バキッ、ガシャン。
遠くで、何か割れた音がした。
えっ、待って、これって……氷が割れた音?
「クラウド?! クラウド!!」
呼び掛けるも、返事がない。
きっと、『牙』を固めていた氷が、割れたんだ!
(クラウド、もう魔力がないって言ってた……)
僕は魔力があっても、魔法が使えない。
このままだと、みんな死んじゃう……?!
(どうする?! どうすればいい?!)
とにかく、足元の舌を切ろうと、剣に力を込めた。
すると……僕の胸元が、赤く輝いた。
「なんだ……?」
手を入れてみると、それは大魔導師リグからもらった、首飾りの光だった。
『――魔宝石で作られたものじゃ。身に付けていると、魔力を抑制することができる』
そう言って渡された、この首飾り。
こんなもの、今は役に……。
(……いや、待って!)
『――とにかく、この宝石に魔力をブッ込むと、魔物が倒せる』
そんなクラウドの乱暴な説明が、ぱっと蘇った。
「そうだ、これは魔宝石! それなら……!」
首飾りを外して、鎖を剣に巻き付ける。
瞬時に、剣全体が眩しいくらいに、赤く輝き始めた。
「よし! これなら……っ!」
そして、その剣を大きく振りかぶり、
「いっけええええ!!!」
――ザシュッ!
足元を思いっきり、突き刺した。
世界は、真っ赤な光で満ちて――。




