照らされる事実
「今から二時間前、その嬢ちゃんはここへ訪ねてきやした」
酒場の店主は、緊張した面持ちでそう語った。
「この店に、くるくるした茶髪で、自分と同じ目の色をした、ジャムという名の男が来たことはなかったかと。探している自分の兄なのだと」
「それで、貴方は何と答えたんですか?」
「丁度五日前の夕方、この店に来たと言いやした。嬢ちゃん、泣きそうな顔をしていたんで。……それに印象深かったんで、俺もはっきり覚えていたんですわ」
店主はそう答え、次に声をおとして言葉を続けた。
「そのときそいつは、二人の男と……そしてあのベリール村の伯爵と一緒にいたんです」
「えっ、伯爵と?!」
思わぬ登場人物に、僕とクラウドは、思わず顔を見合わせた。
店主はうなずき、その四人が話していたことを、自分が覚えている限り話してくれた。
『――父はずっと、その立ち入り禁止の場所へ入るなと頑なに言っていた。しかし地理的には、ここに未発掘のエメラルドがあることは間違いないんだ』
『なるほど……けれどその場所、石が積んであって、奥には進めないんじゃありませんでしたか?』
『そこで、ジャムが家から持ち出してくれたこの火薬を使うんだ。感謝しているよ、ジャム。……エメラルドを手にいれた後は、君たちにも働き相応の報酬を渡そう』
「……それと同じことを、ハニーにも言ったと言っていた。そうなれば、次にハニーが来る場所は、ここに違いねぇ」
そう言ってクラウドは、目の前の『緑の洞窟』を指差す。
「ここに、何か手がかりがあるはずだ。中へ入ろう。――『ライト』」
クラウドはそう唱え、ふっと右手を横へ動かした。
すると、空中に小さな太陽のようなものが現れ、辺りを淡く明るくさせた。
「すごい。これで足元が見えるね」
「ああ。それでもお前はこけそうだな、どんくさいから」
「こ、こけないよ!」
自信なく反論しつつ、クラウドに続き、洞窟へ入った。
天井が低くて、広くはなく、先の地面はだんだんと地下へ下がっている。
空気はひんやりしていて、どこかで、ぴちょん、ぴちょん、と水の音が聞こえていた。
「これだな、別かれ道」
クラウドの方を見ると、壁にある細い道の入り口に、『立ち入り禁止』という表札とロープが張られていた。
それらを通り越し、細い道へ入る。
「見ろ、足跡だ」
クラウドが指差した先の地面には、まだ新しい足跡がついていた。
その先は、急速に地下へ進んでいて、道幅は一人ずつしか進めなさそうなくらい、狭い。
「伯爵たちも、この先を通ったのかな」
「そうだろうな。先頭はオレがいく」
クラウドがそう言って、灯りを引き連れて進もうとするので、僕は慌てた。
「待って、僕が道が暗くてわからないよ」
「チッ……なら、お前も照明の魔法を使え。魔法使いなんだろ?」
「……ど、どうやるの?」
おそるおそる聞くと、クラウドはまた、めんどくさそうにため息をついた。
「いいか、これは魔導師になりたてのガキでも使える、超初歩魔法だ。使えなかったら今度こそ見捨てる。……頭の中で、光を想像しろ」
「光……」
「そうだ、火でも日光でもなんでもいい、とにかく光だ」
光……それなら、朝、カーテンから入ってくる、眩しい朝日……。
「そのイメージを手のひらに込め――そして空中に投げるようにして、唱えろ。『ライト』」
「ライト――うわっ!」
すると、僕の手のひらに、目を開けられないほど、まばゆい光が灯った。
「押さえろ、眩しすぎだ!」
「お、押さえる……?!」
「光が消えるイメージをしろ」
光が、消える、消える……。
すると、今度は全く消えてしまった。
「…………」
「…………」
クラウドはまた、ため息をついた。
「下手くそ。……しゃーねぇ、オレのをもう一つやる」
「え?! そ、それができるなら、最初からそうしてよ!!」
明かりを頼りに、下へ降りていくと、少し広い場所に出た。
床には割れた石が散らばっていて、まるで、何か叩き壊したような……。
「おそらく、その火薬で爆発させたんだな。元々は塞がれていたんだろ」
「なるほど」
その先の道は広くなっていて、二人並んでも余裕があった。
「けどさ、ハニーはこんなところまで来たのかな」
「奥まで行って、確かめればいいだろ。いなかったらいなかったで、また別を探そう」
「そうだね」
奥へ行くにつれ、水の音が大きくなっている。
明かりが届かない先が、どんよりと、暗い。
(なんか、不気味だな……)
もっと明かりを強く、と頼もうとしたところで――突然、何かが足に当たった。
床を見ると、それは人間の足のようなもので……。
「えっ?」
いや、足だ。胴体と頭も、ついている。
男が一人、床に倒れていた。
僕は、息をのんだ。
「し、死体?!」
「いや、待て、息がある」
クラウドはしゃがみ、男の肩を軽く叩いた。
「おい、お前、何でこんなところにいるんだ?」
「……!」
男はハッと気がつき、癖っ毛の下から僕らを見上げた。
そして彼はかすれた声で、囁くように言った。
「明かりを消して!足音をたてたら、ダメだ!じっとして……」
「え?」
聞き返した、そのとき。
闇の方で、ズルズルと、何かを引きずるような音が近づいてきた。
「何……?」
「……ルーク、どうやらお前の読みが正しかったみたいだな」
クラウドはひきつった笑みを浮かべ、自分の魔法の光を闇の方へ投げた。
「……!」
そうして光に照らされ、現れたのは、大きな蛇の頭だった。




