『シルク王子』
「それをお前さんに教えて、俺に何か良いことがあるのか?」
「んなもんねーよ。けど知ってんだろ、早く教えろ」
バンッと、机を叩く音。
僕ははっとして、辺りを見渡した。
初めての酒場のにぎやかな雰囲気と匂い、そしてクラウドの言葉に、いつしか意識がのみ込まれていたのだと気が付く。
「悪いが、情報屋なんでな。タダって訳にはいかねぇさ」
「あァ? 金払えってか?」
そしていつの間にかクラウドは、酒場の店主とにらみ合っていた。
スキンヘッドで黒ひげの、がたいの良いその男は、コップを磨きながら嘲るように笑う。
「そうだとも。可愛い嬢ちゃんやお偉いさんならともかくよお」
「……オレ、実は美少女だ」
「んなウソが通用するわけねえだろ馬鹿たれ」
「ええっ?! クラウド、女の子だったの?!」
「おいお前が騙されんな!」
クラウドは僕を迷惑そうに見る。やっぱり男だったようだ。
しかしそのまま、何か思い付いたように僕を見続け……ニヤリと笑った。
「……んじゃ店主、良いこと教えてやるよ」
僕の肩に手を回し、そして、
「あっ」
帽子を取った。
「こいつが誰だか、情報屋のテメーなら、わかるよな?」
クラウドの言葉に、店主は一瞬沈黙し、そして目を見開いた。
「……あ、貴方様は――」
「やったぜ、大収穫だ!」
人気のない道を歩きながら、クラウドは興奮気味に言った。
酒屋の店主から、ハニーの手がかりを入手することに成功したからだ。
「それに、あんなことまでわかるなんてな。感謝してるぜ、王子様!」
得意気に肩を叩くクラウド。
けれど僕は、一緒に喜べなかった。
耐えきれず、クラウドを鋭く見て、言った。
「今みたいなこと、もうしないで」
「は? なんでだよ、こんなに……」
「しないで」
そんなつもりはなかったのに、目から滴が落ち始めた。
クラウドは驚いたように目を見張る。
周りにもう人はいない……夜の街角、出会って三日も経たないその少年に、僕は心の底から言葉を紡いだ。
「こんなことに使うために、王子でいるわけじゃない」
「……ごめん」
その単語は、クラウドの口から初めて聞いた気がした。
片目から伝わる、罪悪感と、動揺の色も。
「だって、お前がハニーを探したいって言って……だから、そうするのが……」
「うん、わかってるよ、言いたいことはわかるんだ。上手くいったし、いいから、今後は、もう」
謝ってもらったのに、クラウドの気持ちもわかるのに、どうしてか涙は止めることができなかった。
「……ごめんね、泣いちゃって。ごめんね」
どうしようもなくて、しゃがんで顔をうずめる。
「……悪かった」
クラウドの手が、僕の手に重なる。
彼の声はいつになく、優しかった。
「けど、そのままでいいから、進もうぜ」
顔を伏せたまま頷くと、手首を掴まれる。
そのまま、クラウドに連れられ、歩き出した。
夜空の下、僕らの他に誰もいない緑の上、きらきらと雫が落ちていく。
「お前、ほんとは家出したくなかっただろ」
クラウドは星を見上げ、明るく聞いた。
「ルーク……いや、シルクにとって、『王子』って存在は自分の中で一番大事。そうなんだろ?」
また、視界がぼやけた。
そのことに生きていて初めて、気づかされたからだった。
「僕、ほんとにほんとは、ずっと王子でいたかった」
「だろうな」
「でも、魔法使いだって言われたから、王家の子じゃないなら、もうなれないって思った」
「そうか」
「それでも、あんな風に立場を使われたのが、なんだか汚されたみたいで、悲しかった」
「……ごめんな」
顔を覆ったまま首を横に振ると、腕を握る力が強くなった。
そして、歩き続けていた足が、止まる。
「……いけるか?」
「うん、もう大丈夫」
最後に顔を拭って、前を見つめる。
たどり着いたのは、まるで墨を塗りつぶしたような、闇の前だった。




