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シルク王子の冒険  作者: 水深 彗
06 隠された真実
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心配事


   ☆


 クラウドに続き、司祭と共に一階の礼拝堂に行くと、そこには一人の若い女の人がいた。

 白い服にピンクのカーディガンを羽織り、綺麗な金色の髪を胸の辺りまで伸ばしている。

 その女の人は僕とクラウドの姿を見つけると、靴の音を響かせ、急ぎ足でこっちに来た。

 誰だろうと、僕らが不思議に思っていると、その人は言った。

「あの、私、西の通りで花屋をしているミツバといいます。二人が、ハニーちゃんと一緒に王都から来た男の子ですか?」

「あのおさげのヤツか? そうだが……」

 怪訝そうな表情で頷くクラウド。

 だけど僕は、すぐにぴんときた

「もしかして貴女が、ハニーの親戚のお姉さんですか?」

「あっ、そうです! そうなんです、ハニーちゃんは姉の子で……」

 ミツバさんはそう言って、すがるような目で僕らを見た。

「今日、ハニーちゃんと会っていませんか? 実はまだ、家に帰ってきてないんです」

「ええっ?!」

 僕の驚いた声が反響した。

 時はもう夜九時を回っている、あの年の子が出掛けていい時間帯ではない。

「お兄ちゃんを探すと言って、今日もお昼頃からでかけていたみたいなんだけど……夕飯までには戻ると言って、ずっと帰ってこなくて……あぁ」

「大丈夫ですか?」

 ミツバさんがフラりと倒れそうになり、司祭さんが慌てて支えた。

 心配でいっぱいいっぱいなんだろう……その様子に胸が締め付けられ、思わずミツバさんの手をとった。

「良いコですし、きっとなにか理由があるはずですよ。でも夜遅いし、心配ですね。残念ですが今日は僕も見かけていません……」

「そうですか……町もたくさん探したんですけれど……」

 ミツバさんはうつ向き、暗い目になる。

 司祭さんは優しい眼差しで、ミツバさんの肩に手を乗せた。

「子供の足では、そう遠くには行かれないはずです。無事であることを祈りましょう」

「はい……司祭様……」

 そう言って二人は前で両手を握り、礼拝堂の奥に願う。

「お助けください、レイン様――」

 その名前を聞き、僕は思わず二人を見て、再び奥の方を見上げた。

 よくみると、そこには白く輝く小さな石像が置いてあった。

 髪の長い女の人のものだ。手のひらを上に軽く片手を挙げ、空を見上げるようにして立っている。

 その様子は、まるで――。

(……そうか、雨の神様)

 僕の名字、レインは古い言葉で『雨』を意味すると、語学の先生から聞いたことがある。

 思えばこの教会の雰囲気は、お城の聖堂に似ている気がした。

 そして王族は昔、この雨の神様の神授者だったから……。

(だから、僕はレインなのか)

 思わぬところで自分の名字の由来を見つけてしまった。

 けれど、僕はこうやって祈っているより、早くハニーを探しに行きたかった。

 お祈りが終わらないかと、そわそわしていると、クラウドが言った。

「オレは見たぞ」

 その言葉に、僕たちは一斉に振り返った。

「ハニーを? いつ?!」

「夕方帰ってくるとき、町の通りにいた。特に気に止めてなかったが」

「そ、それはどの辺り?!」

 ミツバさんがばっと彼の両手を握る。

 クラウドは驚いた顔をして、すぐに振りほどいた。

「そ、そこまで覚えてるわけねーだろ! 遠くからだったし……」

 でも、とクラウドは続ける。

「帰り道だから……恐らく、三番通りのどこかだ」

「三番通り! ありがとう、すぐに探しに――」

 ミツバさんはそこまで言ったところで、床に座り込んでしまった。

 司祭さんは慌てて跪き、

「無理なさらない方が良いです。生憎、大魔導師様は今出掛けられていますが、領主様に連絡をして、騎士団の皆様の力をお借りしましょう」

「そんな、事件と決まったわけではないのに、侯爵様にご迷惑はかけられません」

 立ち上がろうとするミツバさんの顔は真っ白で、考えるより先に言葉が出た。

「ミツバさんは休んでいてください、僕たちが探しにいきます」

「……たち?」

 隣でクラウドの不満そうな声が聞こえたが、無視して続けた。

「必ずハニーを見つけ出しますから!」

 僕の言葉に、ミツバさんは目に涙を溜め、微笑んだ。

「ありがとう、ありがとう。なんだか、貴方って――」

 ――王子様みたいね。

「………………」

 僕は、曖昧に笑い返すしかなかった。



「一軒一軒、聞いて回ろう。僕は東側、クラウドは西側を探して」

「やだよ、なんでオレが。てか何軒あると思ってんだよ」

「それでも、二人の方が早いじゃないか。ハニーのことが心配じゃないの?」

 道の真ん中でやり取りする僕らを、周りの大人は興味深そうに見て通りすぎていく。

 ここは、翠の都三番通り。

 クラウドは僕に反論するかと思えば、その人々をちらりと見て、うつ向いた。

 長い前髪が、目を隠す。

「何とでも言え。お前と違って、オレは……」

 しかし、そこで言葉を止めてしまった。

 どうしたの、と聞き返す前に、

「あ、シルク王子!」

「え?」

 その声に振り向くと、そこには図書館の少年、マリウスがいた。

「どうしたんですか、こんな遅くに。あっ、もう一人のお兄さんも……」

 マリウスは次にクラウドを見て、ぎこちなく微笑んだ。

 ちょっと怖がってるみたいだ。まあクラウド、馬車であんな態度でいたらね。

「僕たち、人を探しているんだ。ほら、一昨日一緒に馬車に乗っていた、みつあみの女の子なんだけど……マリウスは見ていない?」

「うーん、ぼくも今図書館から帰ってきたところで……その子に何かあったんですか?」

「実は……」

 わけを話すと、マリウスは目を見開いた。

「ええっ! まだあの子、十歳くらいですよね? ……けど考えてみれば王の都から一人で来てたみたいだし、その勢いでフラフラ行っちゃうのかも……」

「そうなんだよ。事件に遭ってないかホントに心配で……そういえばマリウスも、こんな遅くに出歩いていたら危ないよ?」

 ふと、マリウスもまだ初等学校を卒業したくらいの年齢だと気が付いて、聞いた。

 すると彼は笑い、

「ぼくの家、目の前なんですよ。ほら」

 そう言って、彼は近くのドアを指さしたので、僕はあっと声をあげた。

 『Maryllis(マリリス)』――このドアは初めてこの町に来たときに見た。

 そういえば彼、苗字はマリリスって言っていたっけ。

「ここだったんだね」

「はい。わかりやすい場所でしょう、『酒場スミレ』の隣です」

「――え?」

 僕は少し遅れて、聞き返す。

 隣のドアには、紫色の――。

「……スミレの花、だな」

 僕と同じく何かに気が付いたクラウドが、ぽつりと呟いた。

 ぱちぱちと、頭の中でパズルのピースがはまっていき――。

「……ありがとうマリウス。おかげで手がかりがつかめたよ」

「え……? はい、それは良かったです」

 マリウスは、よくわかっていないような表情で、けれどニコッと笑った。


『あのね、スミレの花を探しているの』

『うん、お兄ちゃんが家を離れる前、お友だちと『スミレの花のところへいく』、とか言ってたから……』


 あのとき、ハニーが言っていたこと。

「あれはこの店のことだな、間違いねぇ。あいつの兄貴は、この酒場へ行くことになっていたんだ」

「そのことにハニーも気が付いた。だからこの酒場に入って……」

 ……そして、どうなった?

「ま、聞くしかねぇな。行こう」

 クラウドは躊躇なく、そのドアに手をかけ――。

「あ、そーいえばさ」

 そして、ついでといった感じで、いつもの調子で、彼は無表情で愛想なく、僕に尋ねた。


「お前、王子だったのか?」

「――え」


 心臓が、止まった気がした。


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