心配事
☆
クラウドに続き、司祭と共に一階の礼拝堂に行くと、そこには一人の若い女の人がいた。
白い服にピンクのカーディガンを羽織り、綺麗な金色の髪を胸の辺りまで伸ばしている。
その女の人は僕とクラウドの姿を見つけると、靴の音を響かせ、急ぎ足でこっちに来た。
誰だろうと、僕らが不思議に思っていると、その人は言った。
「あの、私、西の通りで花屋をしているミツバといいます。二人が、ハニーちゃんと一緒に王都から来た男の子ですか?」
「あのおさげのヤツか? そうだが……」
怪訝そうな表情で頷くクラウド。
だけど僕は、すぐにぴんときた
「もしかして貴女が、ハニーの親戚のお姉さんですか?」
「あっ、そうです! そうなんです、ハニーちゃんは姉の子で……」
ミツバさんはそう言って、すがるような目で僕らを見た。
「今日、ハニーちゃんと会っていませんか? 実はまだ、家に帰ってきてないんです」
「ええっ?!」
僕の驚いた声が反響した。
時はもう夜九時を回っている、あの年の子が出掛けていい時間帯ではない。
「お兄ちゃんを探すと言って、今日もお昼頃からでかけていたみたいなんだけど……夕飯までには戻ると言って、ずっと帰ってこなくて……あぁ」
「大丈夫ですか?」
ミツバさんがフラりと倒れそうになり、司祭さんが慌てて支えた。
心配でいっぱいいっぱいなんだろう……その様子に胸が締め付けられ、思わずミツバさんの手をとった。
「良いコですし、きっとなにか理由があるはずですよ。でも夜遅いし、心配ですね。残念ですが今日は僕も見かけていません……」
「そうですか……町もたくさん探したんですけれど……」
ミツバさんはうつ向き、暗い目になる。
司祭さんは優しい眼差しで、ミツバさんの肩に手を乗せた。
「子供の足では、そう遠くには行かれないはずです。無事であることを祈りましょう」
「はい……司祭様……」
そう言って二人は前で両手を握り、礼拝堂の奥に願う。
「お助けください、レイン様――」
その名前を聞き、僕は思わず二人を見て、再び奥の方を見上げた。
よくみると、そこには白く輝く小さな石像が置いてあった。
髪の長い女の人のものだ。手のひらを上に軽く片手を挙げ、空を見上げるようにして立っている。
その様子は、まるで――。
(……そうか、雨の神様)
僕の名字、レインは古い言葉で『雨』を意味すると、語学の先生から聞いたことがある。
思えばこの教会の雰囲気は、お城の聖堂に似ている気がした。
そして王族は昔、この雨の神様の神授者だったから……。
(だから、僕はレインなのか)
思わぬところで自分の名字の由来を見つけてしまった。
けれど、僕はこうやって祈っているより、早くハニーを探しに行きたかった。
お祈りが終わらないかと、そわそわしていると、クラウドが言った。
「オレは見たぞ」
その言葉に、僕たちは一斉に振り返った。
「ハニーを? いつ?!」
「夕方帰ってくるとき、町の通りにいた。特に気に止めてなかったが」
「そ、それはどの辺り?!」
ミツバさんがばっと彼の両手を握る。
クラウドは驚いた顔をして、すぐに振りほどいた。
「そ、そこまで覚えてるわけねーだろ! 遠くからだったし……」
でも、とクラウドは続ける。
「帰り道だから……恐らく、三番通りのどこかだ」
「三番通り! ありがとう、すぐに探しに――」
ミツバさんはそこまで言ったところで、床に座り込んでしまった。
司祭さんは慌てて跪き、
「無理なさらない方が良いです。生憎、大魔導師様は今出掛けられていますが、領主様に連絡をして、騎士団の皆様の力をお借りしましょう」
「そんな、事件と決まったわけではないのに、侯爵様にご迷惑はかけられません」
立ち上がろうとするミツバさんの顔は真っ白で、考えるより先に言葉が出た。
「ミツバさんは休んでいてください、僕たちが探しにいきます」
「……たち?」
隣でクラウドの不満そうな声が聞こえたが、無視して続けた。
「必ずハニーを見つけ出しますから!」
僕の言葉に、ミツバさんは目に涙を溜め、微笑んだ。
「ありがとう、ありがとう。なんだか、貴方って――」
――王子様みたいね。
「………………」
僕は、曖昧に笑い返すしかなかった。
「一軒一軒、聞いて回ろう。僕は東側、クラウドは西側を探して」
「やだよ、なんでオレが。てか何軒あると思ってんだよ」
「それでも、二人の方が早いじゃないか。ハニーのことが心配じゃないの?」
道の真ん中でやり取りする僕らを、周りの大人は興味深そうに見て通りすぎていく。
ここは、翠の都三番通り。
クラウドは僕に反論するかと思えば、その人々をちらりと見て、うつ向いた。
長い前髪が、目を隠す。
「何とでも言え。お前と違って、オレは……」
しかし、そこで言葉を止めてしまった。
どうしたの、と聞き返す前に、
「あ、シルク王子!」
「え?」
その声に振り向くと、そこには図書館の少年、マリウスがいた。
「どうしたんですか、こんな遅くに。あっ、もう一人のお兄さんも……」
マリウスは次にクラウドを見て、ぎこちなく微笑んだ。
ちょっと怖がってるみたいだ。まあクラウド、馬車であんな態度でいたらね。
「僕たち、人を探しているんだ。ほら、一昨日一緒に馬車に乗っていた、みつあみの女の子なんだけど……マリウスは見ていない?」
「うーん、ぼくも今図書館から帰ってきたところで……その子に何かあったんですか?」
「実は……」
わけを話すと、マリウスは目を見開いた。
「ええっ! まだあの子、十歳くらいですよね? ……けど考えてみれば王の都から一人で来てたみたいだし、その勢いでフラフラ行っちゃうのかも……」
「そうなんだよ。事件に遭ってないかホントに心配で……そういえばマリウスも、こんな遅くに出歩いていたら危ないよ?」
ふと、マリウスもまだ初等学校を卒業したくらいの年齢だと気が付いて、聞いた。
すると彼は笑い、
「ぼくの家、目の前なんですよ。ほら」
そう言って、彼は近くのドアを指さしたので、僕はあっと声をあげた。
『Maryllis』――このドアは初めてこの町に来たときに見た。
そういえば彼、苗字はマリリスって言っていたっけ。
「ここだったんだね」
「はい。わかりやすい場所でしょう、『酒場スミレ』の隣です」
「――え?」
僕は少し遅れて、聞き返す。
隣のドアには、紫色の――。
「……スミレの花、だな」
僕と同じく何かに気が付いたクラウドが、ぽつりと呟いた。
ぱちぱちと、頭の中でパズルのピースがはまっていき――。
「……ありがとうマリウス。おかげで手がかりがつかめたよ」
「え……? はい、それは良かったです」
マリウスは、よくわかっていないような表情で、けれどニコッと笑った。
『あのね、スミレの花を探しているの』
『うん、お兄ちゃんが家を離れる前、お友だちと『スミレの花のところへいく』、とか言ってたから……』
あのとき、ハニーが言っていたこと。
「あれはこの店のことだな、間違いねぇ。あいつの兄貴は、この酒場へ行くことになっていたんだ」
「そのことにハニーも気が付いた。だからこの酒場に入って……」
……そして、どうなった?
「ま、聞くしかねぇな。行こう」
クラウドは躊躇なく、そのドアに手をかけ――。
「あ、そーいえばさ」
そして、ついでといった感じで、いつもの調子で、彼は無表情で愛想なく、僕に尋ねた。
「お前、王子だったのか?」
「――え」
心臓が、止まった気がした。




