深まる謎
「今日、図書館で調べてわかったんだ。ベリール村ができる前、その地に強い魔物が現れた。それは『蛇の魔物』だったそうだ」
「……それが生き残ってたっていうのか?」
「うん。蛇は肉食、鳥だって丸のみにする種類だっている。それに、ほら」
ナイロさんの小屋の前に立ち、指をさす。
小屋は、屋根と柱は木、壁が網でできていて、外からでも中の様子がよく見える。
そこには悲しいことに、沢山の羽と血の跡があるだけで、他に生き物はいない。
そして、小屋の柱や網に傷はないのに、唯一入り口の木のドアが乱暴に壊され、跡形もなくなっていた。
「ドアは壊されているけど、蹄の跡はどこにもないでしょ? 他の種類の魔物なら、何かしら足跡が残っているはずだ」
「まあ、確かにな」
「それに、蛇なら動く音がほとんどしない。だから誰も襲われたことに気がつかなかったんだよ!」
そう言って、どうだ!と、クラウドを見る。
けれど、クラウドはふに落ちない表情をしていた。
「でも、そんな蛇どこに居んだよ。それに、何で今の時期になってまた現れたんだ? 倒されたのは五十年も昔だぞ」
「そ、それは……隠れてるのは地下だと思うんだけど……」
「それに蹄の跡がないなら、人の犯罪である可能性の方が高くないか?」
「う、うーん……」
そう返されて、一度口ごもる。
「……でも、ここにいた沢山の鶏、どうやって運んだの? 夜だとしても、そんな人がいたら誰かが気がつくよ。ナイロさんの家はそこだし」
そう言って、小屋から目と鼻の先にあるナイロさんの家を指さすと、今度はクラウドがうろたえた。
「えー……まず眠り薬を使って、黙らせて……箱に詰めて……」
「その後、鶏はどうするの? 飼うの? さばいて売り物にするの?」
「……うるせぇ!! そんなこと犯人を捕まえてから、聞き出せばいいんだよ!!」
すごい、強行手段すぎる。
僕が疑いの目をしているのがわかったのか、クラウドは気まずそうな顔で、
「わかった、あのオッサンにもう一回、その日の話を詳しく聞きに行こう」
「はーっ、わっかんねーなぁ」
ドサッと自分のベッドに横になるクラウドを見て、苦笑する。
「でも、成果はあったんじゃないかな、少しは……」
ナイロさんから聞いた話によると、小屋が襲われたのは五日前の夜。
九時頃に戸締まりを確認したのが、鶏たちの姿を見た最後だったそうだ。
朝六時に小屋を訪れるまで、ナイロさんもその家族も誰も、大きな音で目覚めたりはしなかった。
ナイロさんを訪ねたあと、クラウドに押されて洞窟にも行ったが、フォーレスが先に入り口をとうせんぼをしていて、入れなかった。
元々ベリール伯爵の管理下にあるし、しょうがないけど……。
それから夕飯のあとも、お風呂に入った後もずっと討論を続けていたが、クラウドも僕も意見は譲らなかった。
「はあ、茶でも淹れるか。お前のも持ってきてやるよ。何がいい?」
「クラウドとおんなじのでいいよ」
クラウドは部屋を出て、一階へ降りていった。
一人になって、ベッドに腰かける。
そのまま、クラウドがやっていたように、ドサッと横になってみた。
人のベッドに寝るのはどうかと思ったが、お風呂上がりだし、まあ少しなら多目に見てくれるだろうと言うことで……。
(あー……すっごく眠くなってきた……)
ここで寝ちゃダメだ、起きなきゃ、クラウドに怒られちゃう――。
けれどその意思は睡魔に負け、夢の中に消えた。
☆
「ルーク?」
部屋に戻ると、ルークはベッドに横たわり眠っていた。
全く、人のベッドで……と呆れつつ、起こさないように静かに椅子をひき、座って温かいカップを手に取る。
……思えば、ルークは不思議なヤツだ。
貴族である癖に、オレと対等に仲良くしようとしている。
ムカつくくらい優しくて、突き放すような態度をとっても、馴れ馴れしく話しかけてくる。
けれどなんだかほっとけない、それは、どこか懐かしい――。
(……ああ、そうか)
オレは、ようやく気がついた。
(昔のリトに、似てるのか)
『クラウド、このボタンはどうやって留めるの?』
『クラウド、助けて、司祭様がね、野菜も全部食べなきゃダメって言うんだ』
『ねぇ、クラウド、クラウド――』
両親が事故で死に、三歳でこの教会に引き取られたリトは、オレと同い年だったけれど、オレより幼かった。
その時、教会の子供はオレとリトだけで、リトはオレを兄みたいに慕っていたことを、ぼんやりと覚えている。
『クラウド、一緒に寝てもいい?』
もうすぐ五歳になるその日も、リトはオレの部屋にウサギのぬいぐるみをつれてきた。
オレも、リトをすっかり弟のように思っていた。
だから油断していたんだ。
あのとき、オレがリトより早く起きていれば。
あのとき、眼帯がとれていなければ――。
「……ふぁ?」
突然聞こえた声に、びくりとする。
見ると、ルークが眠そうに目を擦りながら、上体を起こしていた。
「あれ……僕、寝てた?」
「ああ、アホな顔で、よだれくいながら寝てた」
「ええっ?! ご、ごめん……そういえば昨日は、全然寝れなかったからなぁ」
ルークはため息をつき、ひとつあくびをする。
本当に眠そうだった。
「寝れないって……お前、一昨日は馬車の中でもあんなに爆睡してただろ」
「うーん、なんでだろ……もしかしたら、人がいたら寝れるのかも」
そう首をかしげ、ルークはオレを見て、言った。
「そうだ。今夜、一緒に寝てもいい?」
――ルークの言葉が、表情が、瞳が、記憶と重なる。
「……嫌だ。自分の部屋で寝ろ」
突き放すように言って、顔を背ける。
「えーっ、いいでしょ、僕は床でいいから……お泊まり会みたいできっと楽しいよ」
「楽しくねぇ」
できるだけ素っ気なく返してから、まだ温かいカップを、机に置いた。
「もう九時だ、話はまた今度にしよう。……さっさと出てけ」
そう言って、ドアを開けてやる。
しかしその廊下には、既に人がいた。
「ああ、クラウディ、ルークさん。ちょっといいですか」
その人、司祭のトラスコットは手招きをして、
「お客様がお見えです」




