隠し事
「フォーレス、都に魔物が出る原因はわかった?」
優しそうにそう尋ねるベリール伯爵――ティークは、アンヌと同じ紅茶色の髪に、たれ目がちの緑の瞳をした、若い男だった。
なんだ、ヤバい奴って聞いてたけど、普通の男じゃないか。
リトはティークに、オレから思いっきり視線をずらしてから答えた。
「いえ……まだ」
「そうなの? 使えないね」
…………は?
笑顔のままさらりと放たれた暴言に、耳を疑う。
(使えない? ふざけるな、リトは一級魔導師だぞ)
しかしリトも負けていなかった。
リトは本を閉じ、彼を睨み付けたまま立ち上がる。
「ティーク様。僕が三日前ここに来たときから、ずっと何か隠していますよね? それは事件と何か関係があるのでは?!」
「もう、しつこいなぁ……僕がしたことと都の事件は全く関係ないって、言ってるでしょ? さっさと原因を探ってよ」
伯爵はそう言うと突然、リトの胸ぐらをガッと掴み、囁いた。
「じゃないと――君がフォーレス家の実の息子ではなく、孤児の貰い子であること、都中に言いふらすよ」
――ぶちっ。オレの頭の中で何か切れる音がした。
「テメェェェ!!」
不可視魔法を解き、思いっきり伯爵に飛び蹴りをかます。
「クラウド?!」
「ぐあっ!! な、なんだ貴様?! どこから……!」
絨毯に倒れた伯爵は、目を丸くしてオレを見る。
腹いせにもう一回余分に蹴ってから、そいつを見下ろした。
「そうか、そういうことか。だからリトはお前を悪いように言えなかったんだな!」
「……君、都で有名な、教会暮らしの隻眼の魔導師だね」
伯爵は上体を起こし、オレとリトを見比べた。
「……なるほど。同じ教会で育った仲、ってわけか」
「ああ、そうだ」
オレが頷くと、リトもオレの影で小さく頷いた。
「けどリトは五つのとき、正式にフォーレス家の養子になったんだ! それを今更蒸し返すテメェが気に食わねえ!」
そう叫んで、髪を掴んだ。
「いっ……何をする! 僕は伯爵だぞ!」
「うるせえ! 何か隠してるんだろ? さっさと白状しろ!」
「だから、関係ないと言ってるだろう! 僕は洞窟に入っただけだ!」
伯爵はそう叫んで、ハッと我に帰った。
「ふーん、洞窟……」
「……そうだ。そのことと都で起こった事件、何が関係あるんだ?」
……責めるにも、証拠がない、か。
「チッ……」
諦めて手を離す。
しかし今度はオレが、リトにつかまれた。
「く、クラウド……」
その瞳を揺らし、オレの服をぎゅっとつかむ。
目線を床に落とすリトに、敵意は感じられなかった。
「僕、酷いことしてきたのに……なんで……」
「は? 別にテメェのために言ってやったんじゃねぇ、こいつがムカつくからやったんだ。勘違いするなよ」
「……そ、そんなことわかってたもん!」
リトはすぐに手を離し、うって変わってオレを鋭く見上げた。
「ていうか、お前いつまでいるんだ?! ここは伯爵様の家だ! 早く出ていけっ!」
「へ?……う、うああああっっ!!!」
防ぐ方法を考える暇もなく、オレはリトの魔法で窓の外へ放り投げられた。
☆
「よかった、無事に着いた」
昨日と変わらない、のどかなベリール村の景色を見て微笑む。
クラウドはいなかったけど、地図と記憶を頼りに再び来ることができた。
本の入った重い手提げを肩にかけ直し、ナイロさんの小屋へ向かう。
そう、ここへ来たのは、僕が図書館で調べ考え、そして見つけた『答え』を確かめるためだった。
「よーし、今日は脇目をふらず、さっさと進むぞ」
早速道を歩き始めたところで、突然生け垣から人が飛び出し、僕はびっくりしてそっちを見た。
「いってーな! 何様だテメェ!」
「伯爵様だ!」
「そうだったな! 畜生、覚えてろよ!」
地面に膝をつき、生け垣の向こう側にむかってそう怒鳴るのは……
「あ、クラウド」
「ん? なんだ、ルークか」
クラウドは振り返り、小さな葉っぱを服や髪に沢山つけたまま、僕を見た。
「どうしたの?確かここ、伯爵のお屋敷だよね?」
クラウドの頭の葉っぱを払ってあげながら、そう聞く。
彼は「やめろ」と僕の手を払い、立ち上がった。
「オレ、伯爵が事件に関わっていると思うんだ」
「ええ?! なんで?」
「お前は知らないかもだけど、アイツには前から悪い噂があったんだ。今日だって鶏小屋の事件を聞いたのに、アイツは洞窟に行ったことを隠そうとしていた。おかしいだろ?」
「そ、そんな……」
伯爵、という位を持つような人が、悪いことをするなんて……。
村人のポピーさんもセリアも、ベリール伯爵のことを良く言っていたじゃないか。
やっぱり、クラウドの言い分は信じられない。
「……それは、君が貴族を悪く思っているから、そう感じるだけじゃない?」
「あァ?! テメェ」
クラウドは僕の襟元をつかんで……けれどすぐに緩めた。
「……そうだな、お前は貴族だ。貴族の肩を持つに決まってるよな」
そう言って、冷めたような目をして僕を離したので、慌てて弁解した。
「違うよ、ただ偏見は良くないって言ったんだ。貴族の人って、ちょっとしたことでも過大に悪く言われたりするから……」
「けど、火のないところに煙は立たない。昔から言うだろ?」
「うーん……」
そう言われると、悩んでしまうけれど……僕は僕で、意見があった。
「でも、小屋が襲われたのはやっぱり魔物の仕業だと思う。今日はそれを確かめに、この村に来たんだ」
「確かめに?」
「着いてくる?」
聞くと、クラウドはすぐ、僕の隣に立った。




