不可視魔法
☆
「ベリール村を作った男はの、強力な魔物を倒し、その上エメラルドの採掘場を整備させた素晴らしい人物じゃ」
昨夜遅い頃、ルークが部屋に戻ったあと、じいさんはオレを尋ねてそう言った。
「今のベリール伯爵も、優しい青年のように見えるが……都の酒場に居たり、不良のような者と話していたりと、良くないウワサも聞いておる。村の小屋が襲われたり、魔物が出始めたのも、彼に関係があるかもしれん」
「ああ、オレもそいつが怪しいと思ってたんだ。村のガキの親父も、そんなことを仄めかしていた」
たぶん、鶏小屋の持ち主やガキの母親も、そういう疑惑を持っていないわけではなかったはずだ。
けれど、やはり不確かなことで、領主のことを悪くは言えないのだろう。
それに自分の領土が襲われても、伯爵にメリットは何もないしな。
「じいさん、しかも今、そいつにリトが仕えてるみたいなんだ」
「なんじゃと、あの子が?」
じいさんは少し目を丸くし、そしてため息をついた。
「変なことに巻き込まれなければいいのじゃが……」
「……フン、あんなやつどうでもいい」
「本心ではないじゃろう」
「断ち切ったのはアイツだ」
言い返し、両目を伏せた。
(けれど、お付きの魔法使いがリトのお陰で、簡単に聞き出せるな)
再びベリール村へ赴き、大きな屋敷の前に立つ。
昨日も屋敷へ行くと言っていたし、ここで待っていれば、恐らくリトは現れるだろう。
もし伯爵本人が出てきたら、首根っこつかんででも無理矢理聞き出せば良いし。
(こういうとき、家のしがらみがないって便利だよな)
「あ、クラウドじゃないか」
名前を呼ばれて振り替えると、そこには昨日のガキがいた。
「また村に来たんだね! ティーク様に用があるの?」
「どうでもいいだろ。お前はなんでいるんだ?」
「あたしはアンヌに会いに来たんだ」
アンヌ?
聞き返す前に、その答えはわかった。
「セリアさん、いらしていたのね」
「あ! アンヌ!」
門の向こうに、セリアと同じくらいの年の女がいた。
くるくるに巻いた腰まである紅茶色の髪に、大きな緑の目。
白いレースがたくさんつけられた薄緑色の服をふわふわさせている。
風貌からするに、恐らく伯爵の妹だろう。
アンヌは、屋敷の門を開けた。
「まあ、わたくしがあげた髪飾り、つけてくださっているのね」
「うん、すごく嬉しくって、いつもつけてるよ」
セリアはそう言って、キラキラ光る赤い髪飾りを大事そうに撫でた。
はあ、なるほどな、身分は違えど仲良しってわけか。
アンヌも嬉しそうに笑って、次にオレ見た。
「あなたは……?」
「ああ、こいつはクラウド。あたしの友達!」
「おい! 違うだろ!」
セリアの言葉をすぐに否定し、
「オレはお前の兄貴か、魔法使いの野郎に用があるんだ。家にいるのか?」
「リトさんならいらっしゃいますわ。呼んできましょうか?」
頷きかけて、ふと思う。
そうだアイツのことだ、オレが呼んだって言ったら、来ないかもしれねぇな。
「いや……オレも入っていいか?」
「ええ、セリアさんのお友だちなら」
アンヌは微笑んで頷き、オレとセリアを手招きした。
「リト」
名前を呼ぶと、彼はびくりとして顔をあげた。
アンヌに教えられた、書斎のようなこの部屋で、リトは長椅子に座り読み物をしていた。
「クラウド……」
リトは無表情のまま目を細め、オレの名前を呟くと、また本に視線を戻した。
「……何の用だ」
しかしその目は、文字を見ていない。
オレは、彼にずかずか近づいて、聞いた。
「あの鶏小屋が襲われた事件について、何か知らないか?」
「恐らく、君が今知っていることが全部だろう」
「じゃあ質問を変える。お前の仕えてるティークってやつ、何か隠してるだろ」
そう言うと、リトは黙り込んだ。
ずっとそのままなので、その両肩に正面から手を乗せ、無理矢理彼の視界に入ろうとする。
リトは目を合わせないまま、逃れるように体をのけぞった。
「やめろ、さわるな」
「知ってることを言え。あと十秒以内に吐かなかったら、魔術を使うぞ」
「……読心術は両目でないと使えないはずだ」
「目ならある。お前も知ってるだろ」
「…………っ」
リトの緑の瞳に、恐怖の涙が浮かんだ。
「……ったく、偉くなっても、泣き虫なのは変わんねぇな」
震えている幼馴染みから手を離し、ため息をつく。
ため息の理由は二つあった。オレを怖がっているコイツに呆れ、そしてコイツの涙に弱い自分に呆れた。
「ここは学校じゃねぇ。泣いても助けを呼んでも、お前の取り巻きは来ないぞ」
「……ふん、まずそいつらに虐げられていたお前が、何で今更僕を頼ろうとするんだ」
「ああ、今でもお前のことは大っ嫌いだ。頼まれて仕方なく――」
言いかけたとき、部屋の外で足音が聞こえた。
はっとして後ろを向く。
瞬時に、リトがオレの服を掴んだ。
――にげろ。
リトは口だけでそう言って、窓を指差した。
庭に繋がる、大きな窓。
だがオレは、首を横に振った。
「――『インビジブル』」
それは、空気に薄い膜を張り、姿を見えなくする水の魔法。
……使えるのは、息を止めている間だけだが。
オレの姿が消えて間も無く、ドアが開いて一人の青年が入ってきた。




