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シルク王子の冒険  作者: 水深 彗
05 二つの謎
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図書館と肖像画

 窓から差し込む朝の光、たまに聞こえる囁き声、古い本のにおい――。

 翠の都で一番大きな図書館は、開館直後だというのに人の姿がまばらにあった。


 僕はその中の一人になって、並んだ本の背表紙をなぞってゆく。

「えっと……ベリール村の地図……あと地理……」

 呟きながら、載っていそうな本を何冊か手に取り、ひとまずテーブルにどさりとおく。

 そこでひとつ、あくびがこぼれた。

 ……なんだか、昨日は全然眠れなかったな。

 疲れてるはずなんだけど。

 まあそのおかげで、自分の調べるべきことはちゃんとまとめられたし、早くにここへ来れたし、良しとしよう。

(あと、魔物図鑑みたいなの……どこだろ)

 あーあ、クラウドなら持ってるかもしれないのに……。

 なんでクラウドは事件を人のせいだとか言うんだ、意味がわからないよ。

 一緒に調査した方が早いのになぁ。

「本をお探しですか?」

 うろうろしている僕を見かねたのか、声をかけられた。

 振り返ると、そこには眼鏡をかけた一人の少年。

 あれ……この子どこかで――。

 見覚えのある顔に、記憶を辿っていたとき、その少年はあっと声を上げた。

「もしかして、馬車に乗ってたお兄さん?」

「……! そうだ、君、一緒に乗ってた男の子だ!」

 思わず声を張ってしまい、彼に慌てて「しーっ!」と言われる。

 謝って、今度は声を潜めて聞いた。

「ここで働いてるの?」

「はい」

 頷いた彼の、つやつやした栗色の髪が揺れる。

 僕の探してる本は奥の方にあるらしく、本をもって着いてきてほしいと言われたので、彼についていくことにした。

 ひとけのない大理石の廊下まで行ってから、やっと彼は話始める。

「ぼく、マリウスといいます。ここの館長である、ニクラス・マリリスの孫です」

「へえ、そうなんだ」

 幼いながらもしっかり話すマリウスを、微笑ましく思いながら見つめる。

 僕にもこんな時期があったかな、みたいなことを考えていたとき、眼鏡の奥で、翡翠のような緑がこちらを見つめてきた。

 そして、そのあとの質問に僕は驚き、思わず本を落とした。


「お兄さんって、シルク王子ですよね?」


 バタバタ、と静まり返った廊下に、本と床のぶつかる音が響いた。


「な、なんで……?!」

「やっぱりそうなんですか? いや、初めは全然気がつかなかったんです。どこかでみたことのある顔だなーとは思ったんですけど」

 マリウスは平然と答え、足を進める。

 僕も本を集め、彼と一緒に扉の前に立った。

「こっちに帰ってきて、やっと気がつきました。お兄さんは、シルク王子だったんだって」

 そう言ってマリウスは微笑み、扉を開ける。

 そして見えたその部屋の光景に、僕はまた目を見張った。


 広い六角形の部屋、その壁に肖像画が何枚もかけられていた。


 男の絵が何枚か並んだ中に、僕のひいおじいちゃんである国王シルクの絵。

 若い頃の僕の祖父に、サリーおばあちゃん、その妹のシェリーが並んで描かれた絵。

 姉と弟の関係である、母とルリーの父の、幼い頃の絵。

 結婚式の服を着た、僕の両親の絵……。


 そして最後に、幼い僕とルリーが一緒に描かれた絵があった。

 ここに描かれた沢山の人のその共通点は、すぐにわかる。

 全員、名字に『レイン』がつく人だ。


「これ……」

「ぼくのおじいちゃん、王室のファンなんです。だからぼくも覚えちゃって」

 僕が絵に見入っている間に、マリウスはお茶とお菓子を持ってきた。

 ティーカップに注がれたのは、透明感のある赤茶色。

 その香りからして、かなり高級なものだろう。

「このお茶、もし王族の人が来たときのためにって、おじいちゃんが棚に置いてたお茶なんです。よかったら飲んであげてください」

「……ありがとう」

 微笑み返して、とりあえず花の模様のカップを手に取る。

 マリウスは興味津々で、僕を見つめていた。

「王子様、ラッキーですね。おじいちゃんはちょうど銀の都の方に出掛けているから、質問攻めにあったりしないです。熱くなるとうるさいんですよ、おじいちゃん……あっ、よかったらお菓子も食べてください」

 そう言って、マリウスはメレンゲのクッキーをすすめた。

 だから、僕は迷ってしまった。

 ……普通、僕たちはこんな風に貰ったものを飲んだり、食べたりはしないから。

 けれど、その決まりに僕はまだ、入っているのだろうか?

 王子をやめたいと思っていたんじゃないか?

 しばらく、その赤茶の波を見つめて……そしてカップをテーブルに置いた。

「ごめんね、食べられないよ。そういう決まりなんだ」

 そう言うと、マリウスは「あっ、そっかー」と残念そうに笑った。

 マリウスの中で、僕はまだ王子様なんだ。

 絵の中に、僕はまだ存在している。

 それなら、それに答えるべきではないかと思った。

 それに、これが王子に向けたものならば、どっちにしろ僕は受け取れなかった。

「――けどもったいないからもらっとく」

「あ、召し上がれるんですね」

 クッキーを口に運び、お茶をすする。すごく美味しい。

「それで、王子様は魔物の本を探しているんですよね。ありますよ」

 マリウスはそう言って部屋の奥へ行き、何冊もの分厚い本を持って帰ってきた。

「わ、重い。ありがとう」

 そうして揃ったのは、ベリール村の地図、地理、そして魔物の図鑑。


 僕は、小屋を襲った魔物は、元々村に隠れて住んでいた魔物だと考えた。

 あの城に住み着いていた、蜘蛛の魔物みたいにね。

 だから、この本から調べたら、またどこかの地下室とか、魔物の隠れ家が発見できると思ったんだ。


「なるほど、ベリール村について調べてるんですね」

 マリウスは僕の隣に座って、資料を覗き込む。

「あの村は数十年前、名も無き集落を英雄が救ってから、始まった村なんですよ」

「英雄?」

「はい。それが、後のベリール伯爵の一世です」

 本に乗っている小さな肖像画に、指をさした。

 そこには、一人の男が凛々しく描かれていた。

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