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シルク王子の冒険  作者: 水深 彗
04 赤の魔法
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静かな夕食

「……何ニヤニヤしてるんだよ? 馬鹿にされてるの、わかってないのか? やっぱ馬鹿だな」

「え? いや、よく笑うなあって」

 僕の言葉を理解するのに、クラウドは少し時間がかかったらしい。

 間を置いて、クラウドは少し頬を染めた。

「お……お前がアホすぎるからだよ! お前のせいだっ!」

「え、えーっ?」

 杖を叩きつけるように返されて、ぷいっとそっぽを向かれる。

 うーん、彼の気持ちがよくわからない。

 どうしたらいいのか考えてると、突然、キィっという金属が擦れる鈍い音がした。

 庭の入り口の方を振り返ると、門の近くで一人の少女がこちらを見ていた。

「ハニー?」

「あっ、男と抱き合ってたお兄さん」

「変な言い方やめてよ」

 馬車での出来事を思い出しつつ、立ち上がってハニーの元へ行く。

「偶然だね、どうしたの?」

 聞くと、ハニーはふわりと、穏やかに微笑んだ。

 西日が、彼女の金髪をキラキラと照らしている。

「あのね、スミレの花を探しているの」

「スミレ?」

 確かハニーは、兄を探すと言っていたはずだ。

 それと何の関係があるのだろう。

「うん、お兄ちゃんが家を離れる前、お友だちと『スミレの花のところへいく』、とか言ってたから……」

「なるほど、手掛かりってことだね」

 スミレの花のところへ……か。

 そもそも、スミレってどんな花だっけ?

 僕は花に詳しくないから、わからないな。

「ここにはないみたいだね。パンジーがあるだけ」

 庭の花壇を確認して、ハニーは再び僕を見上げて笑った。

「別のところを探してみる。じゃあね、ルーク。クラウドも」

 呼びかけられたクラウドは、ちらりと目を動かしただけで、再び別の方を向いてしまった。

「あっ、寝泊まりするところは大丈夫なの?」

「うん、親戚のお姉さんがいるから……」

 ハニーはそう言って、再び門のを開ける。

「お兄さん、見つかると良いね。僕はしばらくここにいるから、手伝うことがあったら言ってね」

「ありがとう」

 最後に微笑んで、ハニーは通りへ去っていった。



 その夜、僕らは教会の台所にいた。

 鍋の中でくつくつと煮えるシチューが、食欲を誘う。

 結局、今日は魔法は使えなかったけれど、生まれて初めての食事の準備にわくわくしていた。

「僕も何か手伝うことない?」

「じゃあ、スープの皿をそこに置いてくれ。四人分」

 パンを切り分けているクラウドが、手元から目を離さず言う。

 僕は食器棚から言われた通りの物を取り出しながら、クラウドの作業をちらりと見た。

「ねえ、僕もそういうのがやりたいな」

「だめだ。さっきも言っただろ、お前の包丁の持ち方は怖すぎる」

 クラウドは目を合わさず、無表情のまま断る。

 しょうがないじゃん、だって使ったことないもん。

 心の中で言い訳をしながら、僕はお皿を鍋の隣に置いた。

「ほう、美味しそうじゃのう」

 リグがダイニングから、ひょっこり顔を覗かせた。

「相変わらずクラウディは料理が上手いのう」

「お前らが当番を押し付けるから、上手くなったんだ。好きでやってんじゃねーし」

 クラウドは不機嫌そうに答えながら、トントントンとテンポ良くサラダのキャベツを切っていく。



「主よ、貴方の慈しみに感謝してこの食事をいただきます」

 食事を前にして、司祭が祈りの言葉を捧げる。

「いただきます」

 クラウドとリグが、声を揃えて言った。

「いただきます」

 僕も真似して言う。

 そうして、四人だけの夕食が始まった。

「ん、美味しい!」

 シチューの感想をクラウドに言うと、彼は「当たり前だ」とちょっと得意気に言った。

 それから、カチャカチャという食事の音だけが聞こえる。

 今まで過ごしてきたお城での晩餐は、両親も臣下も広間に集まって、とてもにぎやかなものだった。

 だからこの静けさに、僕は落ち着かなくて口を開いた。

「お祈りの言葉、初めて聞きました」

 僕の声に、三人は顔を上げる。

「いつも『いただきます』としか言っていませんでした」

「そうなのか?オレは学校に通ってたときから、いつも祈りの言葉があったぞ」

「この翠の都自体、他の都と比べて信仰深い町なのですよ」

「へえ」

 クラウドと司祭の言葉に、納得する。

 再び静かになってしまったので、僕はまた話題を考える。

「いつも、三人で食べているんですか?」

「月の半分くらいは、そうじゃな。わしや司祭の知り合いが訪ねてきたときや、子を預かっているときは、こんなふうに食事に招くのう」

「そうなんですね。ってことは、今は誰も預かっていないんだ」

「はい。ひと月前は、両親を亡くされた子を暫し預かっていましたが、幸いもらい先が見つかりまして。また三人でこうして食事を囲んでいます」

「おお、そうじゃったな。あの子は元気にしとるかのう……」

「元気だろ。貰い先でもいたずらしまくってんじゃないか。あんな礼儀もくそもないヤツ、居なくなってせいせいするぜ」

「クラウディも礼儀がなっとらんが、これからもずっとここにいて良いぞ」

「……うるせえ! 成人したらとっとと出てってやる、こんなとこ」

 からかうように言うリグを、睨むクラウド。けれどちょっと嬉しそう。

 和んだ空気にほっとして、続けて次の質問をした。

「あと、ずっと気になってたんだけど……クラウド、左の目ってどうしたの?」

 僕の言葉に、部屋は水を打ったようにしんと静まり返った。

 クラウドは、何かを恐れるような目で僕を見ていた。

 してはいけない質問をしてしまった気がして、慌てて付け加える。

「ごめん。言いたくなかったら答えなくていいんだよ」

「……生まれつき見えない、そうじゃろう?」

「…………ああ」

 リグの言葉に、クラウドは頷く。

「そうなんだ、生まれつき……」

 僕が納得しているとき、司祭は言った。

「嘘はいけません。神はいつも私たちを見つめています」

「トラスコット……」

 リグは言葉を阻止するように、名前を呼ぶ。

 トラスコット、司祭の名前のようだ。

 ……それにしても、嘘ってどういうこと?

「友とは、真摯に向き合うべきです。それが神の教えでしょう」

 司祭はリグを無視して、諭すように話しを続ける。

 うつ向くクラウドの目は、色を映していないように見えた。

 彼が可哀想に思えて、司祭に言った。

「いいんです、ごめんなさい。大丈夫だよ、話したくないことなんか誰だってあるよね」

 後半の言葉は、クラウドに向けてだ。

 だって……僕だって、君にずっと嘘をついている。

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