たったひとりだけ
「けど、これはオレが任せられた仕事だ。お前には関係ない」
都の教会に着いて、クラウドはそう言って自分の部屋に戻っていった。
「……関係ないかもしれないけど……」
一人で誰もいない礼拝堂の椅子に座り、呟く。
豊かな緑が描かれたステンドグラスを眺めていると、ナイロさんやセリアの表情が頭に浮かんだ。
(僕も、何か手伝うことができたらいいのに)
けど、僕はクラウドみたいに魔導師じゃないから、魔物にも詳しくないし、魔物を倒すことは出来ない。
……魔導師じゃないから…………。
「あっ、そうだ!」
ひらめいて、勢いよく立ち上がる。
僕は魔導師じゃない。
なら、魔導師になればいいんじゃないか。
「――なるほどの。だから封印を早く解いてほしいとな」
「はい。解いたら僕も、魔法が使えるようになるんでしょう?」
思い立ってすぐ、緑の大魔導師・リグの部屋を訪ねた。
リグは「ふむ……」と髭を撫で、そして椅子から立ち上がると、机の上に置いてあった水晶玉を持って戻ってきた。
「この石を知っているかね?」
リグはその透明な丸い石を、半分布で包んだまま僕に見せる。
「……もしかして、魔宝石?」
「その通り」
布を取り、リグが魔宝石を直接手に取ると、それは眩しいほどの緑色に輝いた。
強い光に、目が開けられないほどだ。
「魔宝石は、魔法使いが持つ魔力の『色』によって変わる」
「魔力の色?」
「そうじゃ。だからわしは、『緑の大魔導師』」
リグが石を再び布で包むと、緑の光は失せた。
「話を聞くにシルク王子は、ルルードとクラウディの剣の、魔宝石の輝きを見たのじゃろう?」
「はい。黄色みたいな、金色でした」
話しているうちに、リグの言いたいことがわかってきた。
「だから、ルルードさんは『金の大魔導師』で、クラウドは『二級金色魔導師』なんですね」
「そう、その通り。魔法使いには、持っている魔力に生まれつき『色』がある。それによって、それぞれの肩書きが決まるのじゃ」
リグはにっこり笑うと、その石を僕に差し出した。
「触ってみなされ」
そう言われて、ドキドキしながら触れる。
すると、魔宝石は赤色に輝いた。
……すごい、僕にも本当に、魔力があったんだ……!
「じゃあ、僕は『赤魔導師』になれるってことですか?」
少し興奮ぎみに訪ねると、リグは笑みを返した。
「ああ……そうじゃな」
しかしその笑みは、心なしかひきつっていた。
その様子を見て、一気に不安が募る。
「僕、魔力があんまりないんですか? リグさんのときより、石が光ってないし……」
「いやいや、魔力を封印されているのじゃから、当然じゃ。……しかし、やはり……」
リグは言葉にならない独り言を、もごもごと呟く。
一体どうしたのだろう、見つめていると、リグは次に、何か決したように顔をあげた。
「シルク王子、約束してください。――自分が『赤』の魔力を持つことは、誰にも言わぬと」
「……どうしてですか?」
聞くと、リグは少し黙った後、こう答えた。
「『赤の魔法使い』は今の時代、とても珍しいのじゃ。この国でも、世界でも……もしかしたら、王子だけかもしれぬ」
「そ、そんなに……?!」
この広い世界で、僕だけ?!
あまりにもスケールが大きくて、信じられない。
「ああ……だから王子は、内密に魔力を封印されたのかもしれぬな。珍しさ故、その色の血を欲しがる人がいても、おかしくないからのう」
リグのその言葉にゾッとした。
「じゃあ……赤魔導師であることがバレたら、命を狙われてしまうかもっていうこと……?!」
「そういうことじゃ。それを知った上で、封印を解く決心は変わらぬか?」
真剣な目で、問われる。
……でも、僕の返事は決まっていた
「解きます。お城にいたときだって、王子として狙われることはあったわけだし……それに、魔導師としてできることがあるなら、やりたいです!」
リグは微笑み、頷いた。
「素晴らしい。金色魔導師でなかったのがもったいないくらいじゃ」
……『もったいない』?
どういうことだろう。
しかしそれを訪ねる前に、リグは「準備をするから座ってまっていてくだされ」と言って、奥の部屋に行ってしまった。
「なるほど……随分と複雑な術じゃな。一体誰が……」
リグの声が、後ろから聞こえる。
今、僕の背中には、お城の物置で見たような真っ赤な紋章が現れているのだろう。
「解けますか?」
木の丸椅子に座って前を向いたまま、緊張しながら尋ねる。
ルルードは、“緑の大魔導師なら解ける”と言っていたけど……。
「なに、造作ない」
リグはそう言ってから、聞いたことのないような言葉を、ぶつぶつと呟き始めた。
すると……つーっと、何か温かいものが体の中心から全身に流れるような、不思議な感覚がした。
何だかぽかぽかしてきた頃、リグは呪文を唱えるのをやめ、僕の肩を叩いた。
「ほら、紋章やアザはもうないじゃろう?」
後ろの三面鏡に映し出された背中を見て、頷く。
「本当にありがとうございました」
上着のボタンを閉めながら、頭を下げる。
実感はないけど……これで魔法が使えるようになったのだろう。
魔法の使い方を学べば、村のみんなの役に、クラウドの役に、立てるかな?




