ひとつの違和感
「魔物だって無限にいるわけじゃない、養鶏場も元通りになるよ。またオムライスが作れるようになったら、僕はまたこの村に遊びに来る」
「……ほんと? 絶対?」
セリアはちらりと、緑の目で僕を見る。
「うん、絶対!」
そう言うと、セリアはニパッと明るい笑みを見せた。
「ルークは優しいね! 絶対だよ、約束!」
セリアはぴょんぴょん跳ねて喜んでくれて、僕も自然と笑顔になった。
「あっ、そうだ、せっかくだからお店に寄ってってよ! オムライスは作れなくても、他のメニューなら父さんが作ってくれるかも!」
「本当に? 閉まってるのにいいの?」
セリアは頷くと、横で棒立ちしていたクラウドの腕をつかんだ。
「ほら、クラウドも!」
「……あんまり高いのは払えねぇぞ」
「安心して、あたしのおごり!」
セリアは男らしく、自分の胸をバンと叩く。
その年相応でない仕種に、今まで無表情だったクラウドも、ふっと笑った。
「おかしいと思わないか?」
「何がー?」
翠の都への帰り道、上機嫌な気持ちのまま、クラウドに聞き返す。
セリアのお父さんが作ってくれたトマトスパゲッティは、とっても美味しかった。
オムライスも食べてみたいなあ。
クラウドは呆れたように僕を一瞥して、
「養鶏場が襲われたことだ。あのガキの親父が話してただろ?」
「セリアのお父さん? そういえばクラウド、ずっと二人で話し込んでたよね」
僕はセリアとメニューを見てたから、全然聞いてなかったけど。
「そんなにこの村が心配?」
不思議に思って聞く。
誰かのために頼まれてもないのに働く、なんてクラウドらしくない気がした。
クラウドなら、きっと自分の利になるようなことしかしないはず。
……って自然と思えてしまうのも、どうかと思うけど。
「あ? この村がどーなろうと、オレには関係ねぇ」
ほら、予想通り。
けれど次の返答は、予想外のものだった。
「さっき、じいさんに頼まれたんだ。『最近翠の都周辺に出ている、あのネズミの魔物の原因を突き止めろ』、ってさ」
「じいさん……えっ、緑の大魔導師に?」
驚く僕に、クラウドは「ああ」と冷静に頷く。
「じいさんは、都の仕事をたくさん持ってる。魔法学校の教員とか、試験の審査員なんかもやってんだ。それに若くはないし、都外を歩き回るのは体力的に無理がある」
「だから、君が?」
「一番弟子だからな」
きっといつもなら得意気になるところなのだろうが、クラウドは何か考えているのか、歩き続けながら淡々と答えていた。
「それで、おかしいっていうのは?」
「ああ。あの親父が言うには、最初に被害にあったのがあの養鶏場らしいんだ」
「それがどうしたの?」
クラウドは僕をじっと見て、
「ネズミって、鶏肉とか卵を食べると思うか?」
「え?」
ネズミ……ペットになるような、かわいいものに置き換えて考えてみる。
……うん、ネズミが手羽先とか食べてたら、とっても怖い。
「食べないね。食べるなら、野菜とか……」
「だろ? じゃあ、なんで『ネズミの魔物』が養鶏場なんか襲ったんだ? 他にこんなに畑があるのに」
クラウドが後ろを指差す。
少し遠ざかったベリール村には、たくさんの畑が広がっているのが見えた。
「……魔物だから、普通の生物とは食べるものが違うんじゃない?」
「いや、同じだ。ちゃんとした研究結果が出ている」
クラウドはすぐに答えた。
さすが二級魔導師だ。
しかし、それが本当なら、確かにこの事件は妙だ。
クラウドが「おかしい」と言っていた理由が、僕にもやっとわかった。
「しかも、養鶏場が襲われているところは、誰もみていない。朝になったら、小屋に鶏がいなくなっていたんだと。……それに、養鶏場が襲われてから、ぽつぽつネズミの魔物が出てきて、畑に危害を加え出したらしい」
クラウドのその話を聞いて、僕ははっきりとわかった。
「じゃあ、ナイロさんの養鶏場が襲われたことと、ネズミの魔物がいることって……」
「完全に別の事件、ってことだ」




