王子の買い物
「――貴族って、怖いな……」
椅子に体を預けるようにもたれたクラウドが、ぽつりと呟いた。
ここは教会の庭。
整えられた緑の芝生に、小さな噴水、お洒落な白いテーブルと、椅子が二脚置いてある。
「クラウド、なんでそんなに疲れてるの?」
僕はもうひとつの椅子に座り、パンをちぎって食べながら、正面の彼を見つめる。
するとクラウドは、バン!と強くテーブルを叩き、
「てめーのせいだよ!」
そう叫んで、すごい剣幕で僕を見た。
なんだ、元気じゃないか。
クラウドに怒鳴られるのも慣れてしまったので、無視してパンを食べ続ける。
食べながら僕は、このパンを買うまでの、つい十分前のことを思い出していた――。
「――ぼんぼんの癖に買い物なんかできるのかよ」
「馬鹿にしないでよ」
あの後、クラウドは結局、僕の買い物に着いてきた。
そうして僕らは、持ってきた街の地図と、認めたくないけどクラウドの助言を参考に、『Bakery(パン屋)』という文字とパンの絵が描いてある、茶色いドアの前に辿り着いた。
こんこん、とドアをノックする。
けれど返事はない。
クラウドを振り返る。
「開いてないのかな?」
「お前バカなのか?」
クラウドは横から手を伸ばし、ドアのぶを回した。
それを見て僕は驚いた。
「勝手に入ったらダメだよ」
「……それはギャグで言ってるのか?」
止める僕を無視して、クラウドがドアを開けた。
チリンチリンとベルが鳴り、店の中から「いらっしゃいませー」という女の人の声がした。
店の中は、ふわりとパンのいい匂いがして、見渡すと沢山のパンが棚に並べられている。
どれも美味しそうで、心が踊った。
「こんにちは。僕、パンを買いに来たんだけど――」
カウンターの前に立っているお姉さんにそう挨拶すると、クラウドにがっと腕を捕まれ、すごい勢いで店の隅まで引っ張られた。
「何?」
迷惑そうにクラウドを見上げると、彼は何か色々言いたい気持ちをぐっと堪えるような表情をした後、自分を落ち着かせるように「はあ」と息をついた。
「あのさ……もしかしてルーク、パン屋に来るのは初めてなのか?」
「うん? そうだよ」
というより、街で何かを買うのはこれが初めてだ。
そう言うとクラウドは、頭を抱えた。
「どうしたの?」
「いや……」
クラウドは目を瞑り、暫くそうした後……不意に、僕の肩を掴んだ。
「ルーク。この店では全部、オレの言う通りに行動しろ」
「え、やだよ。なんで君の言うこと聞かなきゃいけないの? 一人でできるよ」
クラウドの手を払い除けて、パンの並べてある棚を見る。
そうして欲しいパンに手を伸ばすと、今度は襟を捕まれ、それを阻止された。
「バカ、このッ――いいか!」
クラウドはそう言うと、大きく息を吸って――、
「まず、許可をもらわなきゃ入れない店がどこにある! パン屋に来た客がパン買いに来たことぐらいわかるだろ!! あと、これは売り物だから触ったらダメだ!! これを持って、これで挟んで、こうやって自分のとこにとるんだ!!」
「へー、そうなの?」
渡された板に乗ったメロンパンを眺めていると、クラウドは膝から崩れ落ちた。
どうしたのだろうか、何か病気なのだろうか。
「大丈夫?」
「お前が……ッ! お前がだなッ!!」
クラウドはそう言って、その片目で僕をキッと睨み付けた。
何故ここまで恨まれているのかは、よくわからないけど……クラウドの説明は正しいみたいだ。
「しょうがないな、ここでは君の言う通りにしてあげるよ」
そう言って僕は、彼の真似をして、棚の一番上に置いてあったブドウを、板の上に乗せた。
何故か、僕らを見ていたカウンターのお姉さんが、この上ないくらい怪訝な表情をしていた。
「何でブドウは買っちゃ行けなかったの?」
「だから……あれは売り物じゃなくて、飾りなんだよ……ニセモノだよ……」
「ふーん、だったらそう書いとけばいいのにね」
そう言ってパンをもう一口食べる。
クラウドはテーブルに突っ伏していた。
噴水の水の音だけが、辺りを包む。
静かになって、ふと、思い付いた。
「あのさ、魔法使いのいない家系に、魔法使いが生まれることってあるの?」
リグは、僕が両親の子であるのは本当だ、と言ってくれた。
けれど、僕の両親が魔法使いでないのも、確かだった。
そう思って、二級魔導師である彼に、聞いてみることにしたのだ。
「いや、ない」
クラウドはすぐに否定した。
彼は、テーブルに突っ伏したままの状態で、話を続ける。
「両親が魔法使いなら、子供は確実に魔法使いだ。もしくは、“両親の片親”がどちらも魔法使いのとき……例えば、母方の祖父と、父方の祖母が魔法使いだったりすると、半分の確率で魔法使いが生まれる」
「なるほど……」
でも、後者の可能性もないような気がした。
……本当に、『僕』は何なんだろう?
しかしこればっかりは、クラウドに聞いてもわからないだろうから、別のことを尋ねた。
「君の両親はどっちなの?」
「……知らない」
クラウドは顔を伏せたまま、そっけなく言った。
「オレはみなしごだ」




