優しい目
へー……。
「じゃあクラウドって、結構すごかったんだね」
「は?」
感心して褒めると、クラウドは怪訝そうに僕を見た。
「だって、二次試験を合格できれば、一級になれるところまで来てるってことでしょ?」
「ま、そうだけど……」
「一級魔導師なんて、王都でもそうそういないよ。二級ってそういうことだったんだ、ただ偉そうにしてるわけじゃなかったんだね」
「………………」
真剣にそう話すと、クラウドは何も言わずにふいっと顔を反らした。
……そのまま沈黙。
「何? 照れてるの?」
「てっ、照れてねーし! お前みたいなのに褒められたって嬉しくねーし! ばーか!!」
すぐに暴言が飛んできた。
しかし顔は背けたままで、その子供っぽい仕種が彼に似合わず面白い。
彼は出会ったときから、いつも態度が悪かったり、人を助けようとしなかったり。
だから、根から性格が悪いんだろうな、と思っていたけど……。
(案外、ただ子供なだけなのかも)
そう思っていると、再びこっちに顔を戻したクラウドと目が合った。
「………………」
「………………」
そして僕がニヤニヤしていることに気が付いて、気を悪くしたらしい。
クラウドはこっちを睨み付けながら、急に椅子から立ち上がった。
「もういい、オレは部屋に戻る。どうせじいさんも、試験を受けるには『まだ経験が足りない』、とか言うんだろうし」
「自覚があるのかね、なら話は早い」
リグがそう言うと、クラウドはそのままの目付きで彼の方を見た。
「クラウディ、頼みたいことがある。昼頃、またこの部屋へ来ておくれ」
「……わかった」
クラウドはそれだけ言うと、もう一回僕を睨んでから、踵を返す。
そしてバタンと、乱暴にドアを閉めた。
彼の足音が聞こえなくなって……、
「さて……君は、自分にかかった呪いについて、わしに尋ねに来たのじゃったな?」
リグにそう聞かれて、「はい」と頷く。
この部屋に入ったとき、僕は真っ先にそう言った。
そこから「とりあえず座っていなさい」と言われ、ずっと待たされていたけど……やっとその話になった。
「シルク王子」
「はい。……えっ?」
リグに突然名前を呼ばれて……そして、そのことに目を見開く。
僕は自分の本名や身分を、ここで名乗った覚えはない。
思わず身を乗り出した。
「な、なんで僕が王子だと……」
「この手紙を読んだからじゃ」
リグは綺麗な便箋をひらひらさせながら、優しく笑った。
「これは王の都にいる大魔導師、ルルードが書いたもの。手紙には、シルク王子が魔力を持っている可能性について書かれておった。そして、それを封印されていることも……」
リグは手紙を丁寧に内ポケットにしまうと、再び僕の正面の椅子に埋もれた。
「そして、突如わしのところへ現れた、『自分にかかった呪いについて尋ねたい』という、一人の少年。――容姿からしても、その少年とシルク王子をイコールで結びつけることは容易い」
「……それなら、話は早いです」
僕は立ち上がった。
「僕は、王家の血を継ぐ子ではないかもしれません。それなら王位を継ぐ権利はない。だったら、貴方にその封印を解いてもらって、これからは魔導師として――」
「先に言っておくがシルク殿、そなたは確実にコルク国王とマリー王妃の子じゃ」
そう遮られ、僕は口をつぐんだ。
リグは、優しい緑の目を細め、
「君の顔は、王妃によく似ている。目は国王陛下にそっくりじゃ。二人の子でないわけがない」
「…………」
諭すような彼の言葉に、不思議と体の力が抜けて、再び椅子に腰を下ろした。
そっか……僕はちゃんと、父と母の子供なんだ……。
「……よかった」
父と母の微笑みが、頭の中で蘇る。
僕は、僕の出生を疑われてからずっと、その事が何よりも不安だったのかもしれない……。
急に目頭が熱くなって、慌てて目を隠す。
それから暫く何も話せないでいると、リグの声が聞こえた。
「いやはや早い時間から、よくここまで来てくださった。ところで、朝食はもう召し上がられたかね?」
言われてから、昨日の晩から何も食べていないことに気が付いた。
「封印の話はまた、後でゆっくり話そう。ひとまず、これで好きなパンでも買っておいで」
そう言ってリグは、一つのコインを僕に握らせた。
「何で泣いてんだお前」
「な、泣いてないし」
教会の入り口で、反対方向から来たクラウドとばったり会ってしまい、慌てて目を擦るはめになった。
足を速めて歩いても、クラウドは着いてくる。
「あっ、もしかしてじいさんに、魔術師の才能がないってボロクソ言われたとか?」
「違うよ」
「まあまあ、そんな落ち込むなって」
クラウドはぽんと、僕の肩を叩いた。
余計なお世話だ。
黙って歩いていると、クラウドは言った。
「オレも、いっつも言われてっから」
思わず彼を見た。
「……どういうこと?」
「…………」
クラウドは何も答えない。
けれど、彼のその笑みは、いつもと違って自嘲に見えた。




