魔導師とは
扉をそっと開けると、そこは外とは違い、豪華な装飾が施された礼拝堂があった。
白を基調とした部屋に、礼拝用の横長の机と椅子が左右対象にいくつも並べられ、その間にある通路には赤の絨毯が敷かれている。
ステンドグラスを通して入ってくる緑と黄色の光が、全体を優しく照らしていた。
目的を忘れ景色に見とれていると、ふいに声をかけられた。
「礼拝にいらしたのですか?」
振り返ると、そこには白い服を着た男の人の姿があった。
(この教会の司祭さんかな)
その人は僕を見つめ、穏やかな声で言った。
「朝のお祈りの時間は終わってしまいましたので、次は午後の三時ですが……」
「いえ、お祈りに来たのではなくて……」
「オレの連れだ。大魔導師に会いに来たんだ」
後ろにいたクラウドがぶっきらぼうに言った。
「ああ……そうでしたか」
その人はちらりとクラウドを見てから、僕に向き直る。
(……あれ?)
その男の人の視線に、少しの違和感を覚える。
「こっちだ。行くぞ」
けれどクラウドに腕をひっぱられて、その場を離れざるを得なくなった。
「あの人、この教会の司祭さん?」
離れの方に続く廊下を歩きながら、そう尋ねると、前にいるクラウドは「ああ」と短く答えた。
彼の背中を見つめながら、首を捻る。
司祭の、クラウドを見る目が少し冷たかったのは、気のせいだろうか?
……いや、冷たいと言うよりも――……。
(まあ、無理ないか……クラウドも素行が悪いし)
そう納得して、クラウドの隣へ移動した。
「大人の人にはちゃんと礼儀を払わなきゃだめだよ」
「何の話だ。……おい、着いたぞ」
もっと先へ行こうとした僕を、クラウドが引き止める。
見ると、その白い廊下の壁に、ひとつのドアがあった。
ドアを開けると、そこには小さな部屋と、一人の小さな老人の姿があった。
「おかえり、クラウディ。そして待っておりましたぞ、少年」
老人は、着ているシンプルな黒のローブとともに、ふかふかの椅子に埋もれたまま、
「では改めて……わしが翠の都を守る『翠の大魔導師』。名はリグじゃ」
老人――リグはそう言って、しわしわの顔を、さらにしわしわにさせた。
「じいさん、これ預かってきたやつ」
クラウドがそう言って、マントの中から一つの細長い包みと、一通の手紙を取り出した。
「ほう、あの気難しい娘が手紙とな?」
リグは包みを机の上に置いてから、嬉しそうに手紙の封を切る。
僕は座らされた長椅子で、その様子を見ていた。
(あの包みの中身は何だろう)
白い布に包まれて、中身が見えない。
あの形だと、お菓子の缶ではないだろうし……。
気になるが、尋ねるのも何だか子供っぽいので、おとなしく部屋を眺めることにした。
リグの部屋は、同じ大魔導師の部屋でも、ルルードの部屋のようにお洒落で綺麗に飾られたものとは違っていた。
まず目に入るのは、壁一面を覆う沢山の水槽だ。
ひとつひとつに種類の違う生き物や植物が入っていて、近くでじっくりと見てみたくなる。
その隣の棚を見ると、毒々しい色をした大きな蛾の標本、かえるが入ったホルマリン、変な色の液体が入ったフラスコ……等々、奇妙なものが無造作に置かれていた。
きっとここは、リグの研究室なのだろう。
そう考察しながらふと前を向くと、リグと目があった。
(あれ?)
と言うより……彼がこちらを、しばらく見ていた?
しかし、リグは何も言わずに僕から目を離し、手紙を元の形に折りたたむと、
「クラウディよ。この手紙、うっかり読んだりはしていないじゃろうな」
「なわけないだろ、興味ねーし。それより……」
クラウドは「やっと読み終わったか」とでも言いたげな表情で、リグを見下ろして、
「オレ、これで『一級試験』受けられるか?」
「一級試験?」
僕は思わず聞き返す。
クラウドは僕を見て、口をへの字に曲げた。
「オレがタダで、わざわざ王都までお使いに行ってたとでも思ったのか?」
「思ってない。絶対ないと思う。けど試験って何?」
そう聞くと、クラウドはまた、わざとらしくため息をついた。
「それでも魔導師になりに来た身かよ」
「べ、別にそういうわけじゃないし……」
「わかった、馬鹿なルークに一回だけ説明してやる」
僕の言い分はそっちのけ、クラウドは偉そうに言葉を続けた。
「まず、『魔導師』になるには、『魔導師認定試験』ってのを受けなきゃならない。それに合格してから、ただの魔力持ち人間――『魔法使い』だったやつが、初めて『魔導師』として認められるんだ」
クラウドは話を続けながら、僕の隣に座る。
「『魔導師認定試験』では、実力が十級から一級まで評価される。もちろん、数字が小さい方が良い……魔導師はその級を上げるために、魔導学校に入学したり、自分より上の級の魔導師に弟子入りして、魔法を学ぶんだ」
「なるほど……そこで力をつけた後、またその試験を受けたら、実力によって級が上がるんだね」
「そうだ。けど一級だけは特別で、『一級試験』って名前の“二次試験”がある。それに合格しねーと、最高級である一級にはなれない」




