真っ白な町
「おい――」
――誰かの声がする。
もう起きる時間?
けど、なんだか温かくて心地いい……まだ寝ていたい……。
「んん、メロ……あと五分……」
「起きろっつってんだ!!」
「うわっ!」
耳元でした大声に、一気に眠気が吹っ飛んだ。
僕の部屋――いや、馬車は、朝の光で満ちていた。
横を見ると、ハニーと眼鏡の男の子が、立ってこちらを見ている。
そして……あれ?
「クラウド? なんでそんな近く――」
言いながら、自分が今まで、クラウドに寄りかかり、彼の胸に顔を埋めるようにして眠っていたことに気がついた。
「う……うわああああ!!」
瞬時に、反対側の壁まで後ずさる。
「ば、ばか! ばかッ!!なんで君を抱き枕なんかに!!」
「…………」
クラウドはこちらを見ず、服を整えている。
「…………」
隣の眼鏡の男の子は場の空気を察したらしい、僕らから目をそらし、無意味に何度も眼鏡を拭いている。
「やっぱり、兄弟なんだね」
のんびりとそう言って笑ったハニーのおかげで、場の空気が一段と重くなった。
「…………」
何も言わないクラウドが怖い。
そして、男の子の眼鏡がこの上なくピカピカになる程度の時が過ぎ……クラウドはちらりと僕を見て、ぶっきらぼうに言った。
「ついたぞ。――翠の都だ」
昨夜、馬車で緑の都へ向かっていたとき、突然現れた『ネズミの魔物』。
呼ばれた『翠の大魔導師』は、その魔物を、ひとつの緑の光線でやっつけた。
僕は慌てて彼に駆け寄り、僕の旅の理由を言葉にしかけた。
すると、彼は自分の白い髭をなで、興味深そうに言った。
「ほほう、わしに用があるとな? ならばクラウディと共に、都の教会へ来なされ。待っていますぞ」
そう言って彼は、夜の闇に消えていった。
僕は今から、その偉大な魔導師に会いに行く。
「ここが翠の都……!」
思わず声を漏らし、辺りをくるくる見回した。
この翠の都は、広い平野に位置している。
そのためか、この町では家や店が、まるでチェス盤の目のように規則正しく並んでいた。
しかも、その外装はどれも真っ白で、同じ二階建て……そっくりな景色ばかりで、気を抜いたら迷ってしまいそうだ。
けれど、その真っ白な景色が、空の真っ青と似合っていて、とても美しい。
「はしゃぎすぎだ。一体いくつだお前は」
クラウドの冷めた目に気がついて、慌てて前を向く。
「……十五歳だけど」
「は? オレと同い年かよ。のくせに幼稚だな」
「うるさい! 君だって十五歳にしては、礼儀が足りないと思うけど?」
そう言って挑戦的に見上げると、彼は正面を向いたままなにも言わなかった。
「ずるいよ、すぐ無視して……」
腹立たしいので、別のことを考える。
……そうそう、僕とクラウドの他に、馬車に同乗していた二人の子。
聞いてみると、眼鏡の少年は元々翠の都の出身で、これから家に帰るんだと言っていた。
祖母のために、王の都まで薬を買うおつかいをしていたらしい。
一方ハニーは、兄を探しに都内を散策するのだそう。
小さい子なので、一人なのが少し不安だけど……この町は治安がいいらしいし、大丈夫だと信じたい。
そして僕はクラウドに着いて、都の中心にある教会へ向かっていた。
「それにしても、同じ景色ばかりなのに、よく道がわかるよね」
僕がそう呟くと、クラウドはこちらを振り返り、
「馬鹿、よく見ろ。ドアの色と模様が違うだろ?」
言われたとおり近くの建物を見ると、その家はドアが緑色だ。
金色の文字で『Maryllis』という名字が彫ってある。
「緑のドアは民家、茶色いドアは店、山吹色のドアは公共施設だ」
その隣の家は茶色いドア、『Bar(酒場)』という文字と、紫色の花の絵が彫ってある。
まじまじと見ていると、クラウドに溜め息をつかれた。
「おい、止まるなルーク。置いてくぞ」
「……え?」
聞きなれない名前を呼ばれて、首を捻る。
するとクラウドの方が、不思議そうな顔になった。
「なんだよ、お前ルークじゃないのか?」
言われて、昨夜馬車の中で、ハニーに自分はルークだと名乗っていたことを思い出した。
「うん、そうだよ、僕はルーク」
白々しく肯定してから、ふと、僕も気になっていたことを口にした。
「クラウドも、大魔導師に『クラウディ』って言われてたけど、あれはあだ名なの? 僕もそう呼んだ方がいい?」
そう言うと、クラウドは一度、何かを考えるかのように口を閉じた。
「……いや。そのままでいい」
しかし、何でもないようにそう言って、前を向き直った。
……少しの間が気になる。
けれどその疑問は、
「ほら、ここだ。じいさんの家」
現れた豪華な教会を目にして、僕の頭から消えた。




