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シルク王子の冒険  作者: 水深 彗
01 隻眼の魔導師
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その代わり

「魔物だって? いったい何があったんだ!」

 団員の男が前の窓を開けて、大きな声で尋ねた。

「ああ、マクロ団長! わかりません、先頭の方で、突然魔物が現れたらしいです……!」

 前の馬車に乗っている、小太りの男が不安そうに言葉を続ける。

「馬車に危害は与えていないようですが、毒をもっているかもしれなくて、前に進めないみたいで……!」

 団員の男(……団長だったらしい)は「ヒエッ」と変な声を出し、

「どうするんだ、うちの団員に魔物と戦えるようなやつはいないぞ」

「ですので、副団長とサモが、近くの村に助けを呼びに行きましたわ」

 小太りの男の隣に座っていた、黒髪の美しい女性団員が答える。

 その表情には、焦燥の色がうかがえた。

「けど、もう夜だし、人がいるかどうか……!」

「………」

 団長は顎に手を当てて一瞬考え……そしてすぐ窓を閉め、タキシードを翻した。

「様子を見てくる。君たちはここで待っていて」

 団長はそう言って、そばにおいてあった黒いシルクハットを被ると、馬車の外へ出た。

 パタリと扉が閉じられ……僕はクラウドの肩をつかんだ。

「なんだよ」

「言わなくてもわかるでしょ、君が行かなきゃ!」

「は? なんでオレが?」

 …………え?

 クラウドは、反抗的な目付きで僕を見上げている。

 僕には、クラウドがここから動かない理由がわからなかった。

「なんでって……当たり前じゃないか! 魔物が出てるんだよ! 魔導師が必要なんだ!」

「なんでオレじゃないといけねーんだ」

「だ……だって、君は二級魔ど――」

 そこまで言いかけて、クラウドに手で口をふさがれた。

「んー! んんんー?!」

「チッ……余計なことを……」

 クラウドは、僕にしか聞こえない声の大きさで囁く。

 彼の視線の先を見ると、ハニーと眼鏡の男の子が、こちらの様子を窺っていた。

 ……自分が魔導師だとこの子たちに聞かれたら、闘わなくてはいけなくなるから……ってこと?

 つまりクラウドは、自分が魔導師なのに、

(みんなのために……闘いたくないの?)

「助けを待てばいい。そのうち来るだろ」

 クラウドはそう言ってから、また声を潜めた。

「オレはやらない。――そもそも戦うことを専門にしていない」

「――っ、けど!」

 クラウドの手を無理矢理除ける。

 また抑えられそうになったので、仕方なく声を潜め、早口で続けた。

「二級魔導師なら、魔物とかにも詳しいんでしょ? 君が行ったら、なにか変わるかもしれないじゃないか!」

「なんで変えなくちゃいけないんだよ。どうせ魔導師がくるだろ」

「それまでに、人が襲われたらどうするの?!」

 思わず彼の肩を掴む。

 しかしクラウドは顔色ひとつ変えず、少し間を置いて――言葉を吐き捨てた。

「知らねーよ」

 その目は、氷のように冷たかった。

 言葉も、それ以上に。

「……っ、この薄情者!」

 声を荒らげると、クラウドはなんと笑い出した。

(なんで……笑うの?)

「はあ……もう聞き飽きた、その台詞」

 彼は息をついてから、冷たくニヤリと笑い、

「そんなに言うなら、お前がいけばいいだろ?」

 そう言って、自分のマントに手を入れ、

「ほらよ」

 ひとつの小さな短剣を、床に投げた。

 挑発するようなその態度に、カチンとくる。

 けれど……クラウドとの口喧嘩より、僕は楽団の人の方が、大事だった。

「いいよ、僕が行く! ――この意気地無し!」

 彼の顔も見ず、剣をひっつかむ。


 扉を開け、月明かりの下に、飛び出した。



 柔らかな緑の草の上を走って、走って、

「団長さん!」

 背の高いその背中に、声をかける。

 団長や、その周りにいた数人の団員は驚いたように振り返り、そして険しい顔をした。

 しかし彼らが何か言う前に、僕は言った。

「僕、魔物を倒したことがあります! なんとかできるかも!」

「え!――本当に?」

 嬉しそうに、けれども不安そうに聞いた団長に、僕はできるだけ笑顔で頷く。

「がんばります! 魔物はどこに――」

「おい、まて」

 聞こうとしたとき、言葉を遮られた。

 振り替えると、そこにはクラウドが立っていた。

 平然としている彼が気にくわなくて、僕は冷たく言う。

「何しに来たの? さっきまで知らんぷりしてたくせに」

「そうだな、薄情者でも、どうでもいい」

 クラウドは一歩近づき、僕の腕をつかんだ。

「けどな、『意気地無し』と言われるのは心外だ」

 そして、僕に握られた短剣を、素早く奪い取る。

 顔を上げると、そこにはひとつの緑の瞳が、好戦的に光っていた。

「俺ならすぐ、魔物を黙らせることはできる。――だが、その代わり」

 クラウドは声を潜め――ニヤリと笑った。

「お前にかけられた(まじな)いの話……詳しく教えろ」

「…………!」

 ――あのとき、目を覚ましていたの?

 そう尋ねようとしたときにはすでに、クラウドは僕の隣を離れていた。

「さあ……魔物はどこだ?」

 クラウドは、銀の剣をするりと抜き、楽しげに周囲を見渡す。

 そのときだった。

「クラウディ、君の出る幕ではない」

 馬車と反対側で、老人のようなしゃがれ声が聞こえた。

 見ると、三人の人がこちらへ歩いてきていた。

「シャルロット、サモ――」

 団長は二人の団員を見て、安心したように微笑む。

 そして、隣の人物を怪訝そうに見つめた。

「そんなご老人を連れて、どうしたんだ?」

 三人目のその年老いた背の低い男は、自分の白い髭を撫で、ほほほと笑った。

「大丈夫よ、マクロ」

 シャルロット、と呼ばれた副団長の女性が、静かに答えた。


「この方は、翠の都を守る魔導師――緑の大魔導師様よ」


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