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シルク王子の冒険  作者: 水深 彗
01 隻眼の魔導師
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荷車に揺られて

 ――かたかた。

 王の都を出て、もう一時間が過ぎただろうか。

 翠の都へ続く、補正された平らな道を、馬車は静かに走り続けていた。


「みんな、眠っちゃったね」

 その柔らかな声に振り向くと、僕の後ろで、一人の女の子がこちらを見ていた。

 年は、十歳ほどだろうか。

 女の子は膝を抱えたまま、金色のみつあみを二つ揺らし、音をたてず僕の隣へ移動する。

「あなたは眠らないの?」

 窓から射した青白い月明かりが、女の子の明るい茶色の瞳を照らした。

「うーん、なんか落ち着かなくて……」

 そう答えながら、床に敷かれた厚い絨毯に横になり、意味もなく天井を見つめた。


 僕らが乗った馬車は、隣国の王子を歓迎するために王の都へ来ていた、『シーズ楽団』の所有物だった。

 馬車は全部で五台、そのうちの先頭の四台は、楽団の団員約三十人を乗せて走っている。

 そして、最後尾に位置するこの五台目の荷車は、楽器や楽譜を立てる台などを積むためのものだった。


 荷車は他の四台の馬車とは違い、椅子や机などが置かれておらず、僕らは敷かれた絨毯の上に座っている。

 乗っているのは、さっき出迎えてくれた男の団員が一人と、僕とクラウドに、眼鏡をかけた知らない少年が一人、そしてこのみつあみの女の子だ。

 しかし、団員の男は箱に寄りかかったままイビキをかいているし、眼鏡の少年は毛布にくるまって寝息をたてている。

 一人窓際にいたクラウドも、壁に寄りかかって目を瞑っていた。


 僕と目が合うと、 女の子はニコッと笑った。

「わたし、ハニーっていうんだ。おにいさん、名前はなんていうの?」

「僕? 僕はシル――」 

 名乗りかけて、慌てて口をつぐむ。

 シルク……なんて言ってしまえば、僕が『シルク王子』だとばれてしまうかもしれない。

「えっと……ルーク! ルークだよ」

 とっさに、王の都でよくある名前を答えた。

「そっか、ルークって言うんだね」

 ハニーは膝に頭をのせ、のんびりと言った。

 よかった、僕の受け答えに、特に疑問を感じていないようだ。

「ルークは、何で翠の都へ行くの?」

「翠の大魔導師に用があるんだ」

 どうして、とハニーが尋ねる。

 ……まあ、言っても言いかな。

 僕は上体を起こし、ハニーと視線を合わせた。

「僕、今日までずっと、自分が普通の人間だと思ってたんだ。親は両方魔法使いじゃないし……」

 でも、と言葉を続ける。

「ある人に、僕は魔力を持ってるかもしれないって、言われたんだ。(まじな)いの力で、魔力が封印されてるんだって……」

「じゃあ……ルークは、それを解いてもらうために?」

「…………わかんない」

 窓の外へ視線をはずす。

 本当に魔力を持っていたら……僕は、どうすればいいのだろうか。

 お父さんとお母さんの子でないことは、確定してしまう。

 そうなったら……。

「あっちの目を怪我しているおにいさんは、ルークの兄弟?」

「えっ?」

 思わぬ質問に、考えが止まる。

「だって、似てるから」

「まあ……目と髪の色は同じだよね……」

 つられて窓際にいるクラウドを見る。

 しかし僕は、彼がその色を持っていることに、苛立ち以外の疑念を抱きはじめていた。


 緑の目は、翠の都の住人の多くが持っている。

 僕は祖父がそうだし、婚約の話題で上がっていたモモも翠の都出身だから、緑の目をしていた。


 けれど銀髪は、貴族――王族関係者に多い色だ。

 彼は貴族が嫌いだと言っていたけど……本当は、彼自身も貴族なのでは?

 そういえば、そもそも彼は王の都へ、何をしに来ていたのだろう?

 お互い敵対してばかりで、話しをしようとしていなかったから、わからない……。

「わたしはね……おにいちゃんを探しに来たの」

 ぼんやりしていると、ハニーが独り言のように呟いた。

「おにいちゃん、お友だちと翠の都へ行って、一週間も帰ってこないの。おとうさんは、あんなやつほっとけって、言うんだけど……」

 ハニーは俯き、赤い色のつなぎのズボンを、その白い手でぎゅっと握った。

「元気かな……おにいちゃん」

「…………」

 悲しそうにうつむく幼い少女の横顔を、見つめる。

 僕は情けないことに、次の言葉がなかなか思い浮かばない。

 そして、そのときだった。


 ――ガタン!


 突然、馬車が大きく揺れた。

 不意打ちだったので、舌を噛みそうになる。

 積み上げられた楽器が、がたがたと不穏な音をたてた。

 驚いて窓の外を見ると、今まで流れていた景色が止まっている。

 ハニーと顔を見合わせた。

「止まった?」

「もう着いたのかな」

「いやいや、まだ到着時間には早すぎる」

 横から聞こえた男の声が、僕らの推測を否定する。

 見ると、団員の男が、頭をさすりながら懐中時計を確認していた。

 どうやら馬車が止まったとき、壁に頭をぶつけて目が覚めたらしい。

「ん……どうしたの?」

「なんで止まったんだ?」

 眼鏡の少年も目を覚まし、クラウドは窓の外をて見つめている。

 誰もなにも、答えることができない。

 ……一瞬、静かな夜の景色が戻った、と思えた。

 しかしそのとき、誰かの叫び声が響き渡った。


「魔物が! 魔物がこっちにくる!」


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