大魔導師の弟子
少年は僕を、僕より少しだけ高いその目線から見下ろした。
「貴族なんだろ? ママが心配してるぞ、早く家に帰れよ」
「帰らないよ!そっちこそ、えーっと……帰れば?!」
僕がたどたどしく返すと、彼はちょっと目を見張った。
かと思うと、「ハッ」と嘲るように笑った。
「お前、悪口ド下手だな!」
「う、うるさいっ! とにかく僕は東の関所に行くんだ!」
「は? オレもだ。真似すんなよ」
「真似してなんかないよ。僕は翠の都に行くつもりで……」
「へえ、王立学校の学生が、こんな時間に?」
少年は前で腕を組み、見下したように聞いた。
……しまった。
痛いところをつかれて、返す言葉が見当たらない。
そんな僕を見て、少年の口は弧を描く。
「やっぱり家出か! やーい弱虫!」
「た、確かにそうなっちゃうけど……! 僕はどうしても、翠の大魔導師に頼みたいことがあるんだ!」
そう言うと、少年はすぐに笑みを消し、疑うように僕を見つめた。
「はあ? じいさんに何の用があるってんだ」
「じいさん?」
聞き返すと、少年はわざとらしくため息をついた。
なんだよその態度……やっぱりこの人、ムカつく。
少年は、腕時計を気にしながら、
「翠の大魔導師は、オレの魔術の先生だ。 実の祖父ってわけじゃねーけど、先生と呼ぶのもシャクだから、じいさんって呼んでる」
「魔術の先生? じゃあ、君は……」
僕が言いかけると、彼はこちらを見て、そしてニヤリと笑った。
「そう、オレは翠の大魔導師の一番弟子。二級金色魔導師の、クラウドだ」
クラウドは得意気に、その一つの目で僕を見下ろした。
「なあ、じいさんに何のようがあるんだ?」
「君なんかに言わないよ」
クラウドと一緒に坂を下り、関所を目指す。
僕らは目的地が同じということで、行動を共にすることにした。
しかし、そこに友情があるわけではない。
「だって、僕のことなんでも馬鹿にしてくるじゃないか」
ちょっといじけたふりをして答える。
そもそも、僕は同行したいなんて一言も言ってない。
おそらくクラウドは、嫌いな『貴族』である僕に冷やかしがしたくて、同行しようなんて言い出したのだろう。
そんな推測していると、クラウドはしれっとした顔で、
「馬鹿にしてねーよ。お前が馬鹿なんだろ?」
ほらぁー!
全く、クラウドの教育係の顔を一度見てみたいものだ!
庶民に教育係なんて着かないことを知らない僕は、ムカムカしながらクラウドよりも前を歩いた。
……あまりにしつこいから、自分が王子であることをばらしてしまおうか、と一度は思った。
しかしここで正体を明かしてしまったら、計画が水の泡になってしまう。
それに……自分の立場をそんな風にして、使いたくはない。
「ほら、見ろ、東の関所だ」
クラウドの声に地面から目を離すと、そこには僕の背の二倍もある、茶色いれんがの壁があった。
そして左を見ると、彫刻の施された豪華な門があり、何台もの馬車が止まっている。
おそらく、城から来たものだろう。
「やけに多いな」
「え、知らないの? 昨日と今日は、お城で隣国の王子の歓迎パーティがあったんだよ」
仕返しのため、ちょっと小馬鹿にしたように言ってみた。
すると、クラウドは冷たい目で僕をちらりと見て、
「ああ、知ってた」
そう言って馬車の方へすたすた歩いていった。
……絶対嘘だ!
そう思いながらも、行き先は同じなので、しかたなくクラウドの後に続いた。
そしてふと、近くに真っ白な馬が繋がれた、緑の綺麗な馬車が止まっていることに気がついた。
「待ってクラウド、そっちの馬車より、あっちの方が綺麗だよ」
「ばか、 あれは貴族のもてなし用だ。いくらかかると思ってんだ。どこにそんな金があるんだよ」
クラウドはそう呆れたように言ってから、目の前の古い馬車の戸を叩いた。
「あい、うちに何のご用で?」
あくびをしながら出てきたのは、タキシードを着た、細長い男。
クラウドは彼を見上げ、
「この馬車、翠の都を通るよな? オレたち二人、ついでに荷車に乗せてくれ。金をとるってんなら別にいい」
淡々と、ぶっきらぼうに言った。
……クラウド、その言い方、きつすぎない?
冷や汗を流しながら、僕は男の顔色を伺う。
対する男は一度、クラウドと僕を交互に見て……そしてすぐに、三日月のような笑みを浮かべた。
「ああ、いいよ! ここは子供に優しい“団”だからね。もちろんお代は要らない、今すぐ場所を作ろうじゃないか」
男は、再び扉の方を振り向き、中に居る人へ僕たちが荷車に乗ることを伝えた。
胸をなでおろす僕の隣で、クラウドは何食わぬ顔で時計を見つめていた。




