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シルク王子の冒険  作者: 水深 彗
05 王子の決心
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旅立ちの夜

「学校は明後日から春休み。王子様は家出のふりして、旅行に出掛ける……。そうするとおばあちゃんは、ウェーデル侯爵に『婚約についての手紙』を書くことができなくなっちゃう。だって、」

 ルリーはそこで僕の方を振り返って、ニヤッといたずらっ子のように笑い、

「王子は、“モモとの婚約を知ったから家出した”……なんて、侯爵に聞かれたら、両家の関係が悪くなるでしょ?」

「…………」

 なるほど、名案だ。

 そうすれば間違いなく、僕とモモの婚約はなくなる……!

「その間に、モモと王子様のお友達は、公式に婚約。そして王子様は春休みが終わる頃、何食わぬ顔で帰ってくる。はい、めでたしめでたし、ってね! 当たりでしょ?」

 彼女はそう言い切って、得意気に僕を見つめた。

 そんなこと、思い付きもしなかった。

 確かに誰も不幸せにならない、とてもいい考えだ。


 ――けれども、“当たり”ではない。

 僕は、『帰ってくる』つもりでは、なかったから。


 ……けど…………。

「正解だよ」

 僕はまた嘘をついた。

「それで、僕に何をさせたいの?」

「あなたね、甘いわ」

 突然のズバッとした言い方に、思わず眉をひそめる。

 ルリーは胸の前で腕を組み、

「旅行って、王の都の外へ行くのよね? それには“城下町”を通らなければいけないでしょ?」

 王の都は、王城と、それを囲うように栄える城下町、この二つを合わせた場所のことを言う。

 だからこの城から王の都の外へ行くには、必ず城下町を通らなけらばならない。

「市民はよほど詳しい人じゃない限り、あなたが正装以外の服を着ていたら、『王子様』だってわかんないと思うの」

 ルリーはそこで、ぴんと人差し指を伸ばし、

「けれど城下町には、用事で来ている城の兵士や使用人がいるかもしれないでしょ。そこが問題よ、いつもの格好で行ったら、確実に気づかれるわ」

「だから……このマントと帽子?」

 渡された服は、茶色のキャスケット帽に、短い緑のマントだった。

「私ね、そのマントを着て、こっそり街の方にもよく出入りしてるの」 

 そう言ったあと、ルリーは困ったように笑って、

「“こっそり”行ってるつもりなんだけど、みんな私だってわかってるのよね。……だから、そのマントと帽子の人が歩いてると、城の人は『ああ、またルリー姫がお忍びで遊んでる』……って思うわけ」

 そう言いながら、ルリーは僕に帽子を被せる。


「つまり――それを着ていれば、誰にも気づかれず、王の都を出られるわ」


 帽子は思いの外、ぴったりだった。



「ローズ」

「あら、シルク様、起きていらしたんですね」

 午後九時、ローズは灯りを持って、僕の部屋に来た。

 ベッドに腰かけている僕に微笑み、

「皆様、心配していらっしゃいましたよ。具合はいかがですか?」

「まあまあかな」

 ローズの言葉に、僕はいつもと変わらない調子で答えるように努めた。

 ……出発は今夜、十二時。

 鞄と服は、寝台の下に置いている。

 そのとき、ふと思い立って、

「ローズ、ここ座ってよ」

 ぽんぽんと、僕の隣を叩く。

「いえ、そんな……」

「いいからいいから」

「は……はい、じゃあ失礼しますね」

 彼女はちょっと緊張した様子で、僕の隣に腰かけた。

「ローズは十二歳の頃、この城に来たよね」

「はい。銀の都から、母と共にこちらへ」

「大丈夫? いじめられたりしてない?」

「いえいえ、皆様優しい方ばかりですよ。シルク様も」

 ローズはふふ、と柔らかく笑う。

「そっか、よかった」

 ……あれ、僕、なんでこんなこと言ってるんだろう。

 ……なんで……?

「シルク様、何故突然そのようなことを?」

「んー……何でもない。話したかっただけ」

 もういいよ、と言って、僕は布団に潜った。

 そうですか、とローズは微笑み、

「お大事になさってくださいね」

「うん、よく寝ておくよ」

「それでは、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 パタリと、扉が閉じられる。

 その気持ちは、僕が他のことでいっぱいじゃなかったら、気づくことができたかもしれない。



 バルコニーから、近くの木につかまり、そのままするすると地面へ降りる。

 城門へ向かって歩きながら、帽子を深くかぶり直す。

 風に、僕の目の色と同じ、緑のマントが揺れた。


「――どこへ行くつもりなの?」

「『翠の都』だよ」

 ローズが部屋に来る前、ルリーに尋ねられたとき、僕はそう答えた。


 このレインルイン王国には、トライアングルのような形の国土に、四つの大きな都市がある。

 内陸側の東の『翠の都』。

 山脈側の北の『銀の都』。

 海岸側の西の『碧の都』。

 そして、国の中央にあるのがこの『王の都』だ。


 翠の都は、『緑の大魔導師』の護る都市。

 金の大魔導師ルルードは、彼なら僕にかかっているらしい魔術を解けると言っていた。

 だから、直接彼に会い、それを尋ねてみるつもりだった。


「けど、街をじっくり見たことはないんだ」

「綺麗な街よ。人も優しいし、町外れの村では養鶏が盛んで、料理が美味しいわ。あと、宝石も採れるの」

 ルリーは答えながら、楽しそうだった。


 振り返ると、夜空に映える、白く美しい城がそこにあった。

 足を進めるたび、その姿は小さくなっていく。


「――じゃあね」


 僕の旅立ちを、月だけが見ていた。

 第一章 終

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