真っ赤な魔法陣
「な……何これ」
声が震える。
ルルードさんがこんなことをしたの?
王の都を守る、大魔導師であるはずなのに!
僕の目に気がついたのか、ルルードは「私がつけたものではありません」と首をふった。
「見てください……紋章はもう消えています」
鏡を見ると、確かに紋章は消えて、赤いアザがあるだけだった。
「隠されていた魔術の紋章を、私の魔法で再び浮かび上がらせただけなのです……」
「魔術の、紋章?」
頭に浮かぶのはハテナばかり。
一体、僕の背中になぜ、魔術の紋章が?
「それは……それは何者かが、貴方の魔力を封じようとしたため……」
…………魔力?
それを聞いて、ちょっと笑ってしまった。
「僕に魔力なんてありませんよ。だって僕は、普通の――」
しかし、ルルードはまた、首を横にふった。
「いいえ……貴方は、普通の人間ではありません……」
静かなほこりっぽい部屋に、透き通った彼女の声が響いた。
「シルク王子は、魔法使いです」
(僕が、魔法使い?)
時が、止まってしまったように感じた。
しかしルルードの声は、静かに流れ続ける。
「教会の地下室で、私がシルク王子に触れたとき……強い衝撃波がありました」
そう言われて、昨日見たあの橙色の閃光をぼんやりと思い出した。
「あれは、体内に魔力を溜めた魔法使い同士が接触したとき、誘導された違う属性の魔力が、反発して起こるもの……」
「だから私は、あのときの『シルク王子』を偽物だと思った。何故なら――」
「違う」
アイルス王子の言いかけた言葉を、僕は遮った。
この事柄の重大性に、ついに気がついてしまったから。
アイルス王子はまた口を開こうとしたが、僕は首を横に振ってそれを拒否した。
「違います、僕が……僕が魔法使いのわけ、ありません……!」
言葉がつっかえて、声がかすれる。
――だって、魔法使いのいない家系に、魔力を持った者が生まれるはずはないのだから。
僕の両親も、そのまた両親にも、魔法使いは一人もいない。
だから僕が魔法使いだとしたら……僕は『レインルインの跡取り』でも、『勇者の孫』でもなくなってしまう。
それなら『僕』は、――いったい誰?
「真実はともかく……シルク王子にかけられた魔術は、まだ解けていません……」
ルルードの声が、どこか遠くから聞こえているような気がした。
「紋章が複雑過ぎて、私には解くことができないのです……魔法陣に詳しい『緑の大魔導師』なら、きっと解けるはずですが……」
大魔導師の呟きをぼんやりと聞きながら歩いていると、いつの間にか自室のある塔の入り口に来ていた。
ルルードは僕の肩から手を離し、
「何かあれば、塔にいらしてください……私はいつもそこにいます」
「私は明日、自国に帰るが」
アイルス王子は少し微笑み、けれど真剣な目で僕を見る。
「帰国後も魔法使いの生まれについて、自分なりに調べるつもりだ。……疑って悪かった」
そう言って少し頭を下げる彼に、気にしてないですよ、ありがとうございます、と、僕は言った。
上手く笑えたかどうかは、わからない。
ぱたりと扉を閉めると、急に静寂が訪れる。
冷たい廊下の床に一人、座り込んだ。
――欠けた実力、結婚の進行、さらに浮かんだ出生の疑惑。
どう解決すれば良いのか、わからないことばかりが、ぐるぐると頭を廻る。
いつの間にか、日は沈んでいて。
ふと、
「あ、」
気がついた。
王子なのに、人を守れるほど強くなくて。
王子だから、友の恋人と結婚を強要されて。
王子でないかもしれないのに、王子を名乗っていて。
そんな僕は、
「つまり僕は」
国のために、友のために、
「王子をやめるべきだ」




