映されたもの
☆
バタン、後ろ手にドアを閉じた。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をしながら、その場に座り込む。
(どうしよう……)
僕は床を見つめ、つい先程に起きた出来事を思い出した。
「ウェーデル家の一人娘と婚約なさい」
祖母の出した提案に、僕は耳を疑った。
「そして世継ぎを生むのです。さすればその子は『勇者と王家の血を継ぐ子の子』。それに加え、あの翠の都で評判な侯爵の孫になるのですから、国全体の指揮は上がるでしょう」
「ま、待ってください、何故ウェーデル家……モモとじゃないといけないんですか?」
「聞き返しますが、何故、モモさんとではいけないんです?」
祖母の淡々とした言葉に、二の句を失った。
(そうだ、おばあちゃんは二人が付き合ってることを、きっと知らないんだ……)
それに、アルトとモモは正式に婚約しているわけではない。
アルトの父は僕の父の家臣で、身分は『伯爵』。
ウェーデル『侯爵』は前々から、王子と自分の娘が婚約することを強く望んでいた。
これで祖母が、元国王の妃の座を利用して、父を言いくるめてしまったら――……。
(……僕もアルトも、婚約に逆らうことはできない)
アルトの笑顔を思い出して、胸が痛む。
こんなの、恩を仇で返すのと同じだ。
一体、僕はどうすれば……。
「そこで何をしている?」
突如降ってきた声に、はっとして顔をあげた。
誰もいないと信じ、この会議室に逃げ込んだのだが、そこには先客がいたのだ。
カーテンから漏れる赤い光が、背の高い『彼』を照らす。
「いや、まずは貴様に問いたい」
『彼』はこちらに大股で近づき、僕の手首を強くつかんだ。
「お前は本物のシルク王子か?」
低いその声が、部屋に静かに響く。
目の前で僕を見下ろす瞳は、鋭い紫色をしていた。
彼が、何故ここに?
それに質問の意味もよくわからない。
呆然としていると、彼の背後で声がした。
「アイルス王子……シルク王子に影武者はいませんと、申し上げましたが……」
「ルルード殿、しかし私は、絶対におかしいと……」
「おかしいです」
大魔導師は、いつになくはっきりと言った。
「おかしいですから……今からそれを、確かめるべきなのです」
ルルードの目は夕日の光によって、金色に見えた。
「あの、すみません、何が起こってるのでしょうか。僕は一体どこに連れていかれるのでしょうか」
二人に手を引かれ、廊下であるらしいところを歩きながら訪ねる。
まさかいきなり布を被され、隣国の王子と大魔導師の二人に連れ去られるとは思っていなかった。
「これは誘拐なのでしょうか。だとしたら国を揺るがす大問題なんですけど……」
しかし誰も何も言ってくれない。
そしてそれが止まったかと思うと、突然被せられていた布をとられた。
「あの」
「脱げ」
「は?」
「服を脱げと言ってるんだ」
そう言ってアイルス王子は僕の服のボタンに手をかけた。
「えええ?! あ、アイルス王子、僕が可愛いからってそんな!」
「そのような言い方はやめろ!! 俺にそんな趣味はない!! 貴様に魅力を感じたことはない!!」
「うわひっど。傷付いた」
傷心していると、ルルードが隣に来て尋ねた。
「シルク王子、自分の体に妙なアザがあったりはしませんか……?」
「アザ?」
「はい……それもずっと前からあるような……」
そう言われて、ふと侍女のローズの言葉がよみがえった。
『あら、シルク様、また同じ場所を怪我されたのですか? アザが……』
「……背中にある、かも」
そう呟くと、アイルス王子は頷き、僕の上着を脱がせた。
「こちらに映されてください」
ルルードがそう言って化粧台にかけてあった布を取ると、大きな鏡が現れた。
そこで気がついたが、どうやらここは、かつて王族が使っていた家具を収納している部屋みたいだ。
この部屋は年に一度か二度しか掃除をされないため、足元や家具にはホコリが積もっている。
「これだな、アザというのは」
王子が僕の背中をつつく。
鏡を見ると、確かに拳くらいの赤いアザが首に近いところにあった。
僕自身は痛くなったりもしないので、今まで全く気にしていなかったのだけど。
「これを確認するためにここに連れてきたんですか? もうわかったでしょ、僕は本物のシルクですよ」
アイルス王子から上着を受け取ろうとすると、彼はそれを拒否して、ルルードの方を見た。
彼女は頷くと、何故だか僕の背中に手を伸ばす。
しかし白い手がそのアザに触れた途端、焼けつくような激痛が背中に走った。
「い、いたいっ! 痛い!!」
思わずアイルス王子の後ろに逃げ込む。
じんじんと痛みの余韻を感じながら、涙目でルルードの方を振り返る。
「な、何するんですか?! 何したんですか!!」
しかしルルードは答えず、口を結び深刻な顔をしていた。
「シルク殿、……まずは鏡を見て欲しい」
「え?」
アイルス王子に言われて鏡を見て……そして目を疑った。
さっきまであったはずの、背中の赤いアザが消えていたのだ。
その代わりアザがあった場所には、今まで見たことのないような複雑な紋章が、血のような赤で描かれていた。




