授かった道
綺麗に真っ二つになったグラスを見て、さあっと血の気がひく。
冷水を頭から突然被せられたような感覚が走り、かっかしていたのが一気に冷えた。
「うそ…………」
下には絨毯があったはずなのだが、このグラスは薄く、とても壊れやすいものであったみたいだ。
いったい、このグラスの価値は?
もし、大事な儀式で使うものだったら……。
とにかくわかっているのは、僕は自分の国の国宝を一つ、自分の手で台無しにしてしまったということだ。
(……最悪だ)
しかし、もっと最悪なのは……。
「またやりましたね、シルク」
それは、自分と一番相性の合わないこの人に、この失敗を見られたことだ。
僕が怯えながらお婆様の顔を伺うと、お婆様は今までで一番、険しい表情をしていた。
「貴方は今までにも、教会のガラスを割ったり、王妃のドレスを汚したり、とんでもない失敗をしてきましたね」
お婆様は淡々と、静かな声で続けた。
「このような失敗を繰り返すならば、私たちも貴方が王家を継ぐことを考え直さなくてはなりません」
お婆様の言葉が、グサグサと胸に突き刺さる。
「……ごめんなさい」
前々から、自分がたまに変な失敗をしてしまうことは、よく自覚していた。
確かにこんな僕が王様になったら、国がめちゃくちゃになっちゃうかもしれない。
それにアイルス王子にだって、失望されたし。
夢の中の彼にだって、向いてないって言われたし。
……けど。
「けど、僕はこの国でたった一人の王子です」
僕の声が、静かに反響する。
「由緒正しき王族レイン家と、偉大な勇者の血をどちらも継いでいるのは、この僕だけです!」
そう、僕にはこの国唯一の、この絶対的な『肩書き』がある。
だから今までも、今はどんくさくておっちょこちょいな役立たずでも、沢山努力して立派な王様になろうと思えた。
それは、僕のたったひとつの、決して譲れない思いだった。
服を翻し、その場に跪く。
「癇癪を起こしてグラスを割ってしまったことは、本当にごめんなさい。罪は必ず償います。けど――この国は僕に守らせてください!」
その言葉は、部屋に大きく響きわたった。
お互い無言で視線をぶつけた後、僕の熱意に負けたのか、お婆様はため息混じりに呟いた。
「……揺らぎませんね」
それを聞き返す前に、お婆様は言葉を放った。
「わかりました。貴方の考えはよくわかりました」
お婆様はまた、ため息をつくように、
「そう、レイン家の子孫であり、勇者の孫である貴方は、生まれたときから王に値する絶対的な地位を持っています。それだけで貴方に続く臣下は大勢いるでしょう」
そこまで言って、お婆様は僕に起立を命じた。
そして僕が立ち上がったとき、彼女は間髪を入れずにこう言った。
「なら、結婚しましょう」
…………長い沈黙が部屋を包む。
「………………は?」
僕がやっと音に出せた言葉は、この言葉にならない一文字だった。




